それを、党派を離れた1993年から数年かけて、この時代に考えたことをもとに、少しは内容を掘りさげたものである。論説としては素人の覚え書きに過ぎない。
教員、党派専従、企業活動、いずれもがそれぞれのときに、若いときからの問題意識を追求する場であり、同時に生活の方法だった。党派の一員であるときも、この自己は失うことなく自分の考えを耕し続けてきた。本当の共産主義者とは、自分で考えるものだとの確信はあった。
とはいえ、ここにあるのは未熟で未整理な思索の跡でしかない。人に語る文章ではない。思いが先走り地についた研究はほとんどない。自分の考えをまとまるためのものであり、論は飛躍し説得力は乏しい。その内容もまた、今となっては乗りこえられているところが多い。そのうえで、自分自身の足跡として、ここに掲げる。(2006,1.11、同年10,22、2007.10.1 追記)