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あわれ

あわれ(あはれ)[aware]

◯ものが人にはたらきかけておこす深くいかんともしがたいこころのさま([af])、その状態にある[are]こと。[afare]から変化。

※タミル語<avalam>起源。原義は、自分のことについての苦悩、心の痛み。また、人への共感から生まれる不憫の情。

◆人のちからで変えられないものに人がとらえられ、いかんともしがたい感情のうちにあること。惹きつける力が強いとき、そこに起こる感情。「かなし」はまず話者の側の行いが先行する。それに対して「あわれ」はものの方から人に働きかけて起こる感情である。

※「もののあわれ」が紀貫之の『土佐日記』ある。ものによっておこる感情とそれを起こしたものとを一まとまりにつかむ言葉である。「もの」は何か具体的なことそのものではなく、どうしようもない運命や出来事、人のちからをこえた「もの」である。人がそういう大きな力の下で生きていることをしることを、「もののあわれをしる」という。「もののあわれをしらない」と組んで用いられる例が源氏物語に多い。「もののあわれをしる」人であることがその人の熟成を示すことであった。

▼ものに共感する気持ち。 ◇正倉院文書落書「春雨の安波礼(アハレ)」

▽囃子ことば ◇『催馬楽』我が駒「いで我が駒早く行きこせ待乳山安波礼(アハレ)」 ◇『万葉集』一〇五〇「あなあはれ布当(ふたぎ)の原、あな尊(たふと)大宮どころ」 ◇『万葉集』四〇八九「めづらしく鳴くほととぎす聞くごとに、心つごきてうち嘆き安波礼(アハレ)の鳥と云はぬ時なし」 ◇『源氏物語』桐壺「御子もいとあはれなる句を作り給えるを、限りなう愛でたてまつりて」 ◇『枕草子』一「からすの寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり」 ◇『栄花物語』鳥辺野「よろづにあはれなるたびの御祈をせさせ給へば」 ◇『枕草子』二〇八「霊山は釈迦仏の御住家(すみか)なるがあはれなるなり」 ◇『源氏物語』橋姫「俗聖とか、この若き人々のつけたなる。あはれなることなり」

▼ものを見る者がものにひきこまれてもつ、悲嘆、悲哀、かわいそう、気の毒といった感情。

◇『古事記』中・歌謡「やつめさす出雲建が佩ける太刀 黒葛(つづら)さは巻きさ身無しに阿波礼(アハレ)」 ◇『万葉集』四一五「家ならば妹が手まかむ草枕旅にこやせるこの旅人あわれ」 ◇『竹取物語』「見れば、世間心細く、哀に侍る」 ◇『源氏物語』帚木「あはれ進みぬれば、やがて尼になりぬかし」 ◇『源氏物語』帚木「人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、あはれとも、うちひとりごたるに」 ◇『源氏物語』桐壺「まだ大殿籠らせ給はざりけると、あはれに見たてまつる」 ◇『土佐日記』「昔しばしありしところのなくひにぞあなる。あはれといひて」

◇『吾輩は猫である』夏目漱石「憐れな声が糸のように浮いてくる」