◯「かく」はもののおもてに、何かの意図のもとに、他のものをこすりつけ、食いこませたり削ったりすること。またその結果得られた状態。
◆この言葉は次のように分化した。この二語は現在では分化しているので、見出しを分ける。
物を他の物に食いこませたり、固定したりして、そこに重みのあるものをぶら下げること。その他動詞が「かく(掛く)」、現代では「かける(掛ける)」。自動詞が「かかる(掛かる)」。かけるところに何をかけるか、で多くの意味が派生した。それ以下で◆で示す。
先のとがった物で物の表面を削るようにこすること。またその類似の行為。このときは「かく(掻く)」を宛てる。土器に図形を入れるためにその表面を爪や道具でひっかいて食いこませること。そこから、筆で紙に墨を置き、その形で字を表すことへと展開した。このときは「かく(書く、描く)」を宛てる。
※タミル語<kokki>由来。
▲ かける(掛ける、懸ける、架ける):他動詞
◆ものにものをかける。
▼あるものを、他のもの、場所、人などにひっかけてさえとめる。 ▽つりさげる。 ◇「帽子を(帽子掛けに)かける」 ◇「軸をかける」 ◇『古事記』下・歌謡「斎杙(いくひ)には鏡を加気(カケ)」 ◇『源氏物語』宿木「この寝殿はまだあらはにて、簾もかけず」」
▽竿秤(さおばかり)にぶら下げるところから、はかりにのせる。目方をはかる。 ◇「はかりにかける」 ◇『古今六帖』三四四一「かけつればちぢのこがねも数知りぬなぞわがこひのあふはかりなき」
▽鍵や錠、金具でとめる。 ◇「鍵をかける」 ◇『狭衣物語』二「夜居の僧参りて妻戸あららかにかけつる音すれば」 ◇『方丈記』「土居を組み、うちおほひを葺きて、継目ごとにかけがねをかけたり」
▽馬や牛を、車につなぐ。 ◇『蜻蛉日記』上「すこし引き出でて、牛かくるほどに見通せば、ありつるところに帰りて、見おこせて」 ◇『大鏡』四「輪つよき御車に、いちもちの御車牛かけて」
▽からだや物の端の部分を他の物の上にのせたり、側面にもたせたりする。つかむように触れること。 ◇「腰をかける」 ◇「肩に手をかける」 ◇『蜻蛉日記』下「すだれに手をかくれば」
▽高い所につるしたり、とりつけたりする。掲げる。また、掲げて人に見せる。 ◇「看板をかける」 ◇『枕草子』一六四「風はやきに帆かけたる舟」 ◇『平家物語』八「主従三人が頸をば、備中国鷺が森にぞかけたりける」
▽(鍋など上からつるしたところから)煮たきをするために、火の上に置く。 ◇「こんろに鍋をかける」
▼覆うように物事にかぶせる。また、他に支配的な影響を及ぼす。 ▽物の表面に覆いかぶせる。 ◇「土(砂)をかける」 ◇「塩をかける」 ◇『源氏物語』夕霧「草はの露をかごとにてなほぬれぎぬをかけむとや思ふ」 ◇『平家物語』大原御幸「御寝所とおぼしくて、竹の御さをに麻の御衣、紙の御衾なんどかけてられたり」
▽湯、水などを浴びせる。また、(自動詞のように用いて)雨や波が物の上にかかる。 ◇「醤油をかける」 ◇『枕草子』三〇六「船に浪のかけたるさまなど」 ◇『日葡辞書「ミヅヲcaquru(カクル)」
▼事物を一方から他方へ渡す。また、作用を一方から他方へ向ける、または及ぼす。
▽(両端を支えて)間に渡す。糸、なわなどを張り渡す。橋、電線などを架設する。 ◇「橋をかける」「眼鏡をかける」 ◇『古今集』三〇三「山がはに風のかけたるしがらみは」
▽他の物の回りに巻きつける。 ◇『万葉集』九〇四「白たへのたすきを可気(カケ)」 ◇『平家物語』一二「頸に縄をかけてからめ」
◆ものにことをかける。
▼人に何かのことをかける。
▽神仏や人やものに、希望、生命などのことを託する。あてにしてまかせる。「願をかける」 ◇『東大寺諷誦文平安初期点』「渋き菓、苦き菜(くさびら)を採(つ)みて危命を係(カケ)」 ◇『平家物語』三「官加階にのぞみをかけ」
▽医者に診察や治療を頼む。 ◇「医者にかける」 ◇『滑・浮世風呂』二「功者な噂だからかけて見たが」
▽あることが人に及び、影響を与える。あるものに支配的な影響を及ぼす。 ◇「麻酔をかける」 ◇「催眠術をかける」 ◇『宇津保物語』俊蔭「いささかなる法をつくりかけつ」
▽情愛、恩恵などを他に及ぼす。また、目下の者に祝儀を与える。 ◇「情(哀れみ)をかける」 ◇『源氏物語』柏木「咎めきこえさせたまわむ人目をも、今は心やすく思しなりて、かひなきあはれをだにも絶えずかけさせたまへ」 ◇『落窪物語』一「我に露あはれをかけば」
▽好ましくないこと、負担となることなどを与える。 ◇「苦労(迷惑・損害)をかける」 ◇「税(負担)をかける」 ◇『源氏物語』蜻蛉「露のあだなをわれにかけめや」 ◇『日葡辞書』「ハヂヲcaquru(カクル)」
▽(刀、きば、ひづめなどで)傷つけたり殺したりする。 ◇「子供を自らの手にかける」 ◇『平家物語』七「源氏の馬のひづめにかけじとて」
▼量に数をかける。
▽掛け算をする。 ◇「三に五を掛ける」
▽数量、力、重みなどをあわせ加える。 ◇「圧力をかける」 ◇『浄・冥途の飛脚』中「手金とては家屋敷家財かけて十五貫目」
▽費用、時間、人手などを集めて用いる。 ◇「時間と金をかけて作る」
▽(建物、船、山などに)火をつける。 ◇『平家物語』四「白河の在家に火をかけて焼きあげば」
▼ものに作用を及ぼす。
▽物の上に道具などを覆って作用を及ぼす。 ◇「かんな(雑巾)をかける」
▽ある作用を相手に向ける。心をそれに向ける。めざす。 ◇『万葉集』九九八「阿波の山懸(かけ)て漕ぐ舟」 ◇『源氏物語』賢木「月のすむ雲井をかけてしたふとも」 ◇「ことばをかける」 ◇「心をかける」 ◇「電話をかける」 ◇『古今集』二五四「思ひはかけじうつろふ物を」
▽とがった物や、囲み込むような物で捕えて、自由に動けないようにする。特に、獣、鳥、魚などを、わな、網、針などで捕える。 ◇「大物をかける」 ◇『石山寺本金剛般若経集験記平安初期点』「皆獄に繋(カケ)られて惶り懼く」 ◇『平家物語』一一「右衛門督を熊手にかけてひきあげ奉る」
▽仕組んだ計画にはめこむ。 ◇「策略(罠)にかける」 ◇「暗示にかける」 ◇『大乗掌珍論承和嘉祥点』「他を誣(かこ)ち罔(カケ)て言はく」 ◇『随・独寝』下「惣じて、女郎と女郎云合て文をとりやりして、客をかくる事あり」
▼他の物とつながりをもたせる。 ▽ことばに出して言う。ことばに表わして関連づける。 ◇『万葉集』三三六二(或本歌)「忘れゆく君が名可気(カケ)て吾をねし泣くる」 ◇『万葉集』三七八七「妹が名に懸けるたる桜花咲かば 常にや恋ひむいや毎年(としのは)に」 ◇『方丈記』「ことばにかけて言ひ出づる人だになし」
▽関係づけて言う。かこつける。 ◇『古今集』仮名序「さざれ石にたとへ、筑波山にかけて君をねがひ」
▽他の物と比べる。 ◇『伊勢物語』二三「筒井つの井筒にかけしまろがたけ」
◆ことにものをかける。
▼何かのことに金などをかける。
▽勝負事などで、負けた者が勝った者に金品などを払うことを約束する。また、問題を解いた者、くじに当たった者、勝った者、ある要求をみたした者などに賞を出す。 ◇「賞金をかける」 ◇『宇津保物語』内侍督「なにをかくべからん。まさより、むすめ一人かけん」
▽代償あるいは保証としてさし出す。 ◇「命(首)をかけて誓う」 ◇『大和物語』八四「よろづのことをかけてちかひけれど」
▽一定期間の後に代金をもらう約束で、物を売る。 ◇『咄・醒睡笑』四「やがて返弁に及びなん、この度はかけられよ」
▽契約して金銭を払う。 ◇「保険をかける」
◆ことにことをかける。
▼ある場、ある物、人などのうちにあることをとり入れる。 ▽心や耳目にとめる。 ◇「心にかける」 ◇「歯牙にもかけない」 ◇『万葉集』四四八〇「かしこきや天(あめ)のみかどを可気(カケ)つれば」 ◇『平家物語』四「目にかけたる敵(かたき)を討たずして」
▽権威のあるものや、大切なものをひきあいに出して約束する。 ◇『源氏物語』玉鬘「松浦なる鏡の神をかけてちかはむ」
▽問題になるものとして裁判、会議などに持ち出す。また、材料を機械などで処理する。 ◇「裁判(会議)にかける」 ◇「ミシンにかける」
▽ある場所、時期から他の場所、時期までに及ぼす。また、ある時期の初めに至らせる。 ◇「春から夏にかけて咲く」 ◇「東山通から河原町通りにかけての丸太町通りの古本屋」 ◇『源氏物語』総角「来し方を思いいづるもはかなきを行く末かけてなにたのむらん」 ◇『古今集』五「梅が枝に来ゐる鶯春かけてなけどもいまだ雪は降りつつ」
▽ひとりで二つ以上の働きや役目をする。兼ねる。 ◇『伊勢物語』六九「国の守(かみ)、いつきの宮のかみかけたる」
▽(「罫(け)かく」の形で)碁盤の目や行間の線などを引く。 ◇『源氏物語』鈴虫「けかけたる金の筋よりも、隅つきの上に輝くさまなども、いとめづらかなりける」
▽張りめぐらしたり、組み立てたりして作る。 ◇「巣をかける」 ◇「わなをかける」
▽芝居、演芸、見世物などを興行する。また、ある出し物を上演する。 ◇「舞台にかける」
▽機械、道具などにある働きをさせる。 ◇「レコードをかける」 ◇「エンジンをかける」
▽ある語句の働きを、他の語句に及ぼす。また、掛け詞を用いる。 ◇『古今集』四六八「『は』をはじめ、『る』をはてにて、『ながめ』をかけて時の歌よめ」
▽(多く「…にかけては」「…にかけると」の形で用いる)関する。関係のある事柄となる。 ◇「速さにかけては劣らない」 ◇『滑・浮世床』初「そこにかけちゃアしらくらなし」
▲(補助動詞)他の動詞の連用形に付けて補助的に用いる。 ▽上の動詞の表わす動作や作用を、ある物に向ける意を表わす。 ◇「話しかける」 ◇「吹きかける」 ◇『竹取物語』「家の人どもに物をだに言はんとて、言ひかくれども、ことともせず」
▽上の動詞の表わす動作や作用を、始めそうになる。また、始めてその途中である意を表わす。 ◇「書きかける」 ◇「読みかける」
▲ かかる(掛かる、懸かる、架かる):自動詞
◆ものにものがかかる。
▼ある場所、ある物、人などについて事物や人が支えとめられる。 ▽ある場所に物の一部がついて垂れさがる。 ◇「帽子(服)がかかっている」 ◇『源氏物語』藤裏葉「横たわれる松の、小高きほどにはあらぬに、かかれる花のさま、世の常ならず、おもしろし」 ◇『古今集』七七三「今しはとわびにし物をささがにの衣にかかりわれをたのむる」
▽倒れないように物や人に支えられる。もたれる。すがる。よりかかる。 ◇『蜻蛉日記』上「心ちいと重くなりまさりて、車さしよせて乗らんとて、かきおこされて、人にかかりてものす」 ◇『源氏物語』行幸「御脇息にかかりて、弱げなれど」
▽世話になる。助けてくれるものとして頼みにする。たよる。 ◇「子にかかる」 ◇『大和物語』一四二「女親(めおや)はうせ給ひにけり。継母の手にかかりていますかりければ」
▽医者に診察、治療をしてもらう。 ◇『仮・竹斎』下「へたの医師にかかりつつ」
▽船がいかりをおろしてまたは岸につながれてとまる。停泊する。 ◇『今昔物語』二六・一〇「船〈略〉懸(かかり)たる方にも无(なき)澳(おき)に出にければ」
▽開かないように、鍵や錠でとめられる。 ◇「鍵がかかる」
▽(竿秤(さおばかり)にぶら下がるというところから)はかりにのせられる。また、物の重さがはかりの目盛りに現われる。「重過ぎてはかりにかからない」 ◇『日葡辞書』「ヒャクメcacatta(カカッタ)」
▽鳥がとまる。 ◇『日葡辞書』「タカガキニcacaru(カカル)」
▽高い所に掲げられる。日や月が空にあることにもいう。 ◇「月が空に懸かる」 ◇『大鏡』二「よろづのやしろに額のかかりたるに」
▽(鍋など上からつるしたところから)煮たきするために、火の上に置かれる。 ◇「鍋のかかったこんろ」
▼事物が他の物にかぶさる。また、ある影響が及ぶ。 ▽おおいかぶさる。また、おおうようになびく。 ◇「道に落葉がかかる」 ◇「ケチャップのかかったオムレツ」 ◇『万葉集』三三二五「つのさはふ石村(いはれ)の山に白たへに懸れる雲はわが大君かも」
▽雨、雪、涙などが落ちてきてあたる。また、水や泥がはねたりしてあたる。 ◇「つばきがかかる」 ◇『大和物語』一六八「蓑も何も涙のかかりたるところは」
▽神が乗り移る。憑(つ)く。 ◇『日本書紀』仲哀八年九月(熱田本訓)「特に神有(まし)て、皇后に託(カカリ)て誨(をしへ)まつりて曰く」
◆ものにことがかかる。
▼ある場所やある物、人などの範囲に事物がとり入れられる。また、それをめぐって論じたり争ったりするものとして持ち出される。
▽人の心や目などにとまる。 ◇「気(心)にかかる」 ◇『万葉集』八〇二「眼交(まなかひ)にもとな可可利(カカリ)て安眠(やすい)し寝(な)さぬ」
▽あるものの支配的な影響が及ぶ。 ◇「催眠術にかかる」
▽情愛、恩恵などが及ぶ。 ◇『風雅物語』一八一一「佐保川の深き恵みのかかりける世に」
◆ことにものがかかる。
▽とがったもの、巻きつくようなものなどにひっかかる。特に、獣、鳥、魚などが、わな、網、針などにとらえられる。 ◇「雑魚がかかる」 ◇『伊勢物語』六三「むばらからたちにかかりて、家に来てうちふせり」
▽仕組んだ計画にはまる。 ◇「策略(罠)にかかる」 ◇「暗示にかかる」
▽(「手にかかる」の形で)傷つけられたり、殺されたりする。 ◇『平家物語』一一「わが身は女なりとも、かたきの手にはかかるまじ」
▽話題や議題として出される。 ◇『日葡辞書「ヒトノクチ、または、コトバニcacaru(カカル)」
▽賞品、賞金などが出される。 ◇「賞金のかかったお尋ね者を捕える」
▽代償あるいは保証とする。 ◇「ことの成否に首(命)がかかる」
▽金銭を支払う契約がなされる。 ◇「死んだ男には多額の保険がかかっていた」
▽強制する力、重み、また色あいなどが加わる。 ◇「税金がかかる」 ◇「圧力(責任)がかかる」 ◇『俳・奥の細道「痩骨の肩にかかれる物先(まづ)くるしむ」
▽費用、時間、人手などが入用である。必要である。 ◇「時間と金がかかる仕事だ」 ◇『滑・浮世風呂』二「第一まア手がかからねへで、貧乏人には能(いい)利方だ」
▽好ましくないこと、病気、災害、刑罰、迷惑などが身に及ぶ。ふりかかる。 ◇「迷惑(損害)がかかる」「嫌疑がかかる」 ◇『大唐西域記巻十二平安中期点「我か子疾に嬰(カカレ)り」
◆ことにことがかかる。
▼ときやところが、及ぶ。 ◇『万葉集』八〇二「何処より 来りしものそ 眼交(まなかひ)に もと懸り」 ◇『源氏物語』若菜下「よく咲きこぼれたる藤の花の、夏にかかりてかたはらに並ぶ花なき朝ぼらけの心地ぞしたまへる」 ◇『枕草子』二三「『これが末いかに』と問はせたまふに、すべて、よるひるに心かかりておぼゆるもあるが」
▽能楽で、謡曲が拍子に合わない部分から合う部分へ移る。拍子に乗る。現在では、主に謡(うたい)や囃子(はやし)が勢いづいて力を強めたり、テンポを速めたりするのにいう。 ◇『風姿花伝』一「此年の比よりは、はや、やうやう声も調子にかかり、能も心づく比なれば」
▽音曲と所作とがうまく合う。 ◇『難波土産』発端「惣して浄るりは人形にかかるを第一とすれば」
▲(補助動詞)しかける。
◇「やっととりかかれる」
◇『平家物語』四「平等
院の問の内へひき退きて、敵おそいかかりければ」