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神秘六角形

図形の実験

幾何学はまず図形の科学としてはじまる.いくつもの図を描いていろいろと実験することが大切である.そのうえで,個々の現象の証明から,さらにその証明を支える根拠,そしてより大きな枠組の構築,その場での新たな問題の発見,と進んでゆく.このように学を展開してゆくこと自体が幾何学の精神ではないか.その意味でいろいろと実験することは幾何学のはじまりである.パスカルの定理の証明の前に,パスカルの定理を前提としながら,いくつか図を描いていこう.われわれもまた,神秘六角形の神秘さに触れようではないか.定理を証明してゆく,あるいは理論の組み立てていくその原動力は,何よりこの神秘さに触れることである.

パスカル線

パスカルは,補題IIを根拠にして,共線や共点であることを円の場合に示すことで,それが任意の円錐曲線で成立することを示した.よって実際に神秘三角形を描いてみるときは,円でやってみればよい.

また,3直線が平行な場合も1点で交わる場合も同じように考えることができることを,線束の概念でくくることで示している.このような幾何を実際に見出すことは今後の課題である.それはおさえたうえで,この立場から考える例は,六角形の頂点が一般の位置にある,つまり2頂点を結ぶ直線はいずれも平行でないとしてよい.

このような場合についていろいろな例を作ることが大切である.そこで,円周上に左回りに6点A,B,C,D,E,F があるとしよう.パスカルの定理によって,

$\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{E}\mathrm{F}\mathrm{D}$
で定まる3直線の交点は共線をなす.パスカルの定理を前提にすれば,型 $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{E}\mathrm{F}\mathrm{D}$は一つの直線を表す.この直線をパスカル線という.

まずパスカル線は何本あるか.記号 $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{E}\mathrm{F}\mathrm{D}$で,上下の入れかえと $\displaystyle \mathrm{A}\atop\displaystyle \mathrm{E}$ $\displaystyle \mathrm{B}\atop\displaystyle \mathrm{F}$ $\displaystyle \mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{D}$の並べ替えは同じ3交点になるので,パスカル線は

\begin{displaymath}
\dfrac{6!}{2\cdot 3!}=60\quad (本)
\end{displaymath}

ある.これはまた,Aの位置を固定し他の5点を並べ,Aの横に並ぶ2点の入れかえは同じものになるということから,

\begin{displaymath}
\dfrac{5!}{2}=60\quad (本)
\end{displaymath}

とも考えられる.さらにまたこの式は,回転と対称で重ならない6点の並べ方の総数,いわゆる環順列の場合の数そのものでもある.

いちどはこれをすべて描いてみたいものだ.その上で次のサイトには,点を動かしたときのパスカル線の変化を実際に見ることができる.制作者に感謝して紹介する.

  1. Pascal's Theorem: What is it?Pascal in Ellipse
  2. 円のパスカルの定理楕円のパスカルの定理

パスカル線の相互関係

そのうちのいくつかを描いてみる.例えば 次の型のパスカル線を引いてみよう.
$\maru{1}:
{\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \m...
...mathrm{E}\mathrm{F}\mathrm{A}\atop\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{C}\mathrm{B}}$


これから見えてくることは,3本のパスカル線$\maru{1}$$\maru{2}$$\maru{3}$は共線ではないか,また3本のパスカル線$\maru{1}$$\maru{4}$$\maru{5}$も共点ではないかということである.実はこれが成りたつ.

  1. $\maru{1}$$\maru{2}$$\maru{3}$のように,この記号で,上の3点を固定し, 下の3点を順次ずらした3本のパスカル線は共点である. これをシュタイナーの定理という. この共点$\mathrm{S}$をシュタイナー点という.
  2. $\maru{1}$$\maru{4}$$\maru{5}$のように,この記号で, 全体を右回りに動かした3本のパスカル線は共点である. これをキルクマンの定理という. この共点$\mathrm{K}$をキルクマン点という.

これらについては,ウエブサイト Pascal Lines: Steiner and Kirkman Theorems で実験できる.またその証明は参考文献『幾何学大辞典6』の「附録」にある.ここには,その他のさらなる相互関係も紹介されている.これらはパスカルの論文からおよそ二百年後,十九世紀中葉に大いに研究され,ほぼそのすべてが解明されたのである.これらがパスカルの定理からその応用として導かれる.

退化六角形

六角形の頂点AとBを結び,その上で点Bを点Aに近づけると,直線ABは点Aでの接線になる.これは接線の定義そのものである.

このような連続的な変化に対して,点BがAにいくら近づいても異なる点であるかぎりパスカル線は存在するので,点Bを点Aに近づけるとパスカル線も動くが,接線になったときも3交点は共線である.これを同様に $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{E}\mathrm{A}\mathrm{D}$と記す.これは円周上に5点A,B,C,D,Eをとり,AAを結ぶときは点Aでの接線をとるものとすることを意味する.

次に,円周上に4点A,B,C,Dがあり,そのうち2本を接線とする場合を考える.次のようにパスカル線が一致する場合などが起こる.この場合パスカル線は何本あるか.4点のうちどの2点で接線を引くかは ${}_4 \mathrm{C}_2=6$通り.例えばそれをAとBとする.CとDの使い方は次の3通りである.

$\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{B}\mathrm{A}\mathrm{D}}$ ,     $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{A}\mathrm{B}}$ ,     $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{D}\mathrm{A}\mathrm{B}}$
したっがてパスカル線は18本描ける.


このうち, $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{B}\mathrm{A}\mathrm{D}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{B}\mathrm{D}\mathrm{C}}$の2本のパスカル線は2点 $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{D}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}}\atop\displaystyle{\mathrm{D}\mathrm{C}}$を共有し,したがって一致する(下図$\maru{1}$).

もう一例. $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{B}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{A}\mathrm{D}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{D}\mathrm{B}}$の2本のパスカル線は2点 $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{D}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{D}\mathrm{B}}$を共有し,したがって一致する.(下図$\maru{2}$)このように一致するパスカル線が2本ずつあり,合計6本のパスカル線は2本ずつ重なって3本になる.

一方,
$\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{A}\mathrm{B}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{D}\mathrm{B}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{B}\mathrm{C}\mathrm{A}}$ $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{D}}\atop\displaystyle{\mathrm{D}\mathrm{B}\mathrm{C}}$
の4本のパスカル線は1点 $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{D}\mathrm{B}}$を共有する共点である.このように1点を共有するパスカル線が3組あり,この型は合計12本である.

あわせて18本あり,これが2点で接線を引く場合である.

3点A,B,Cにおいて3接線を引く場合は,パスカル線は $\displaystyle{\mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}}\atop\displaystyle{\mathrm{C}\mathrm{A}\mathrm{B}}$の1本しかない.

命題1に関して

命題1の証明は,六角形に関する次の事実とデザルグの定理から示される.ここにも神秘六角形がある.円に内接する六角形PQVONKをとる.PKとVQの交点をAとする.KO,KNのAVとの交点をT,Sとし,VN,VOのAKとの交点をL,Mとする.このとき3直線PQ,LT,MSは束をなす.

自分でいろいろな図を書いてその神秘さにふれることを心から勧める.


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2014-01-03