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幾何学において

パスカルやデザルグにはじまる射影幾何から,ポンスレを中心とする19世紀の射影幾何,そして20世紀に再び19世紀の代数幾何と結びついた道を考えると,そこには,パスカルに生まれた幾何学の精神が大きく展開したことを確認することができる.パスカルの『円錐曲線試論』の中に萌芽のようにあり,その後の数学の展開のなかで基本的な方法となったことを,まとめよう.

一つに括ったものの集合を考える

パスカルは,数学の対象を,ある性質をもつものを一つに括り,そのようにして括られたもの集合を考えるということをはじめた.『円錐曲線試論』の中では,二つのことが見出される.第一は,平面上の定点を通る直線の集合や互いに平行な直線の集合を,一つの束をなすと見なすことである.第二は,3次元空間内のある定点を通る直線の集合を,2次元の射影幾何的図形と見なすことである.

ここには,人間が考えるということの歴史において一つの飛躍がある.この二つに共通する基本的な考え方は,一定の条件を満たす集合を一つの「もの」と見なすことによって,それを数学的対象としてとらえようとする考え方である.

これらこれは,抽象するということそのものであり,その後の数学の展開に深く関わる考え方である.それを現代風にいえば,基礎となる集合のなかでの同値類の考え方である.そして,互いに同値なものを,ひとつの「もの」と見なすのである.この考え方がすでにパスカルのなかに見られる.

動くなかで動かないものを見出す

すでに,クラインのエルランゲンの目録で述べたように,数学展開のの原動力は,動くなかで動かないものを見出すと言うことであり,変換群の元のうち,一定のものを固定する部分群を考えるということであった.

これは,射影変換によって不変な性質を研究するというパスカルのうちに,すでに萌芽としてあり,それが19世紀になって,クラインによって射影変換群の部分群と,その部分群によって動かない性質という考え方に発展した.

その後,多様体になると,変換群そのものが恒等変換以外には存在しないことが,一般的になる.しかし「動くなかで動かないものを見出す」ということは,局所的な変換群の研究における指導原理となった.

命題が命題である根拠を探究する

このような内容を,『円錐曲線論試論』から読み取ることができる.さらにパスカルの生涯をたどると,真空は存在するのかということに関する「トリチュルリの実験」の一連の論争が,重要である.それは,例えば『パスカルとその時代』[35]に詳しく述べられている.

ここでその内容を述べることはできないが,彼の論争方法は一貫して,相手の言明の根拠を問うということであった.これはここで指摘するにとどめたい.

無限大をとらえる

パスカルはその後,賭け事をする人から次のような質問を受け,確率論に進む.フェルマ(Pierre de Fermat,1601〜1665)との間で交わされた往復書簡には,高校生が勉強する確率のほとんどすべてが出てくる.

例 6.2.1   今,A と B が互いに32円ずつ出して勝負している.互いの実力は同じである. 1回勝つと1点もらえて,先に3点獲得した方が優勝し賭金64円をもらう. A が2点獲得しBが1点獲得しているときに,やむを得ない事情で勝負を中止しなければならなくなった. 64円をどのように分配すべきか.

確率論を研究する過程で,パスカルは今日の数学的帰納法を定式化する.無限個ある任意の自然数で成立する命題を,有限の立場で証明する.それが数学的帰納法であるが,それをはじめて定式化したのがパスカルであった.

無限小をとらえる

さらに,その早すぎた晩年,パスカルは今日で言うサイクロイドの弧長を求まることなど,近代解析学の課題を,彼自身の方法で研究している.ニュートン,ライプニッツ,オイラーなどによって確立されたいわゆる無限小解析とは異なる.しかし,得ている結論は,正しくまた独自である.
2014-01-03