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物理法則

数学を用いて物理現象を解明する

集合論を基礎に整数の公理によって整数の集合を定義し,それをもとに有理数を構成した.実数の公理を立て,有理数をもとにしてその公理を満たす集合を構成した.実数の連続性,完備性を土台にして,関数の微分と積分を定義し,その基本性質を調べた.その上で,次元を拡大して考え,さらに微分方程式の解の存在証明までおこなった.これはすべて数学の内部でなされた.

このようにして準備された数学は,物理現象を近似してとらえる.とらえられた現象は数学の言葉をもって記述される.いくつかの基本的な物理現象の性質は,物理法則といわれる.これまで準備した数学では,ニュートン力学を記述し,その基本法則から演繹的に,いくつかの物理現象が起こる根拠を解明することができる.

これまで数学として準備してきたことをもとに,ニュートンが万有引力の法則からケプラーの法則を導いた内容を,再構成してみよう.

ニュートンの法則

自然現象をとらえるにも,そこには一つの考え方の枠組が先行して存在する.ニュートンが時代を画したのは,何よりまずそのような枠組を提示したことである.それはニュートンの法則として定式化されている.
第一法則:
慣性の法則.静止または一様な直線運動をする物は, これに力が作用しないかぎり,その状態を保つ.
第二法則:
物体が力の作用を受けるとき,力の向きに, 力の大きさに比例した加速度が生じる.
第三法則:
作用反作用の法則.力を他に及ぼした物体は、 同じ大きさの反対向きの力を及ぼされる.

運動法則の意義

ニュートンの第二法則は数学と物理学を結びつけている.

ベクトル $\overrightarrow{r}$や行列$A$の各成分が変数$t$の関数であるときに, 各成分を$t$で微分したベクトルや行列を $\dfrac{d}{dt}\overrightarrow{r}$ $\dfrac{d}{dt}A$と記す. 各成分を時間の関数とするベクトル $\overrightarrow{r}=(x(t),\ y(t),\ z(t))$を 位置を表すベクトルとする. 各成分を$t$で微分したベクトル $\dfrac{d}{dt}\overrightarrow{r}=(x'(t),\ y'(t),\ z'(t))$を 速度ベクトルという. 同様に,二次微分 $\dfrac{d^2}{dt^2}\overrightarrow{r}$も考えられる. それを加速度ベクトルという.これは数学の範囲にある量である. これがその位置にある質点に働いた力と比例するというのが第二法則である. 「力」は物理量だ. 力もベクトルなのでこれを $\overrightarrow{F}$と記し,比例定数を$m$とすれば, ニュートンの第二法則は,

\begin{displaymath}
m\dfrac{d^2}{dt^2}\overrightarrow{r}=\overrightarrow{F}
\end{displaymath}

となる.これは定数係数の二階線形微分方程式である. この微分法則で定まる定数$m$を質点の質量という. 厳密には慣性質量という. これは物質に固有の量である.

数学的には第一の慣性の法則は第二法則から出る. 第二法則で加わる力 $\overrightarrow{F}$ $\overrightarrow{0}$にすると,加速度が0,つまり速度一定が出る. ではなぜ第一の法則を立てる必要があるのか. それは,第一の法則は,この世界を慣性系としてとらえるということの宣言だからである,慣性系であるから,例えば速度と質量を独立にとらえることが出来る.慣性系でなければそもそも第二法則がそのままでは意味がない. だから第二法則の前提として第一法則があるのであって,逆ではない.

また第一の法則で「一様」といわれる. これは時間の客観的な存在を前提にしてはじめて意味ある言葉である. つまりニュートンの法則にはその前提として絶対空間と絶対時間がある. 第二法則は座標系とは独立した時間の存在をも宣言している.

このように自然現象をとらえる枠組をニュートンは提示した. この枠組でとらえられた物理学がニュートン力学である. このような枠組は, ニュートンが主著『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』(1687年7月5日)で示した.

万有引力の法則

ニュートンはもう一つの基本法則である万有引力の法則を発見した.
二つの物体の間には、互いに逆方向の引力が働き、その力 $\overrightarrow{F}$の大きさは,$G$を万有引力定数、物体の質量は$M,\ m$,物体間の距離を$r$とすると,

\begin{displaymath}
\vert\overrightarrow{F}\vert=\dfrac{GmM}{r^2}
\end{displaymath}

となる.方向は二つの質点を結ぶ線に平行である.
この式から定まる質量$m$$M$のことを重力質量という. これをどのようにして導いたのか. ニュートンは運動の法則を発見するとともに, ケプラーの法則などをもとに万有引力の法則を導き出したといわれている.

ケプラーの法則

惑星が楕円軌道をまわることを最初に発見したのはケプラーだ. それは次のような内容からなる.
第一法則:
惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く.
第二法則:
惑星と太陽とを結ぶ線分の描く面積は単位時間あたり常に一定である.
第三法則:
惑星の公転周期の2乗は軌道の半長径の3乗に比例する.

この辺りの歴史的事実, あるいは慣性質量と重力質量などについては『数学対話』「惑星は楕円軌道を描く」を見てほしい.

ケプラーは三つの法則をいちどに発見したのではない. まず面積速度が一定であることを発見した. そこから,天体の運行には何らかの法則があることを知り,その内容をさらに追求した. そしてついに,惑星の軌道を楕円と仮定すると, 観測結果を説明できることが分かった.

例 8.1   地球がほぼ円軌道をまわるとして,万有引力の法則を導き出す. 円軌道であれば,面積速度一定というケプラーの法則は等速円運動を意味する. その半径を$r$,周期を$T$とすると位置ベクトル $\overrightarrow{r}$
\begin{displaymath}
\overrightarrow{r}=r\left(\cos \dfrac{2\pi}{T}t,\ \sin \dfrac{2\pi}{T}t\right)
\end{displaymath}

と時間の三角関数で表される.2回微分して加速度は
\begin{displaymath}
\dfrac{d^2}{dt^2}\overrightarrow{r}=r\left(\dfrac{2\pi}{T}\...
...
\left(-\cos \dfrac{2\pi}{T}t,\ -\sin \dfrac{2\pi}{T}t\right)
\end{displaymath}

ケプラーの第3法則から $T^2\propto r^3$であるから中心に向かう加速度の大きさが $\dfrac{1}{r^2}$に比例することがわかる. つまり惑星が太陽に引かれる力が $\dfrac{1}{r^2}$に比例する.

ニュートンは,月をその軌道に保つのに必要な力と地表面上の重力を比較してみた. その結果,きわめてよい近似で満足な結果が得られた. こうしてニュートンはケプラーの法則から万有引力の法則を導き出した. がそれに留まらず,ニュートンの法則と万有引力の法則のもとでは, ケプラーの法則が導き出されることを示した.

微分法則と積分法則

万有引力の法則は運動している物体の時間に関する変化率を含む法則であり, その意味で局所的である. それに対してケプラーの法則は軌道全体にわたる大域的なものだ.

次のような例でも,物理法則の表現が局所的なものと大域的なものの二通りあることがわかる. このように法則を数学的に把握することは, 歴史的には,ガリレオの研究がはじまりである.

例 8.2       ガリレオは落体の運動を研究して,自由落下する物体の速度は落下開始からの 時間に比倒することを見つけた.これは
\begin{displaymath}
\dfrac{dx}{dt}=gt
\end{displaymath}

と表される.これは一階微分方程式である. そして,このように速度が時間に比例する運動においては, 物体が時間$t$のうちに距離$x$だけ落下するとすれば $x(t)=\dfrac{g}{2}t^2$となることを得た. 彼は条件$x(0)=0$のもとでこれを満たす関数$x(t)$を求めた.

力学の発展によって,これはさらに落下する物体の加速度が一定であるととらえられた.

\begin{displaymath}
\dfrac{d^2x}{dt^2}=g
\end{displaymath}

という二階微分方程式である. ガリレオの解は条件 $x(0)=0,\ x'(0)=0$で解かれた.

例 8.3       放射性物質が単位時間に崩壊する量は,現在量に比例する. 時刻$x$における放射性物質の量$y$$y=\varphi(x)$とすれば, この現象は次のように表される.
\begin{displaymath}
\dfrac{dy}{dx}=-ky
\end{displaymath}

$x=0$のとき$y=a$であるとすれば,$x$時における物質量$y$$x$のどのような関数になるか.
\begin{displaymath}
y=ae^{-kx}
\end{displaymath}

となる.実際代入すればわかる. 第一式は微分方程式である.第二式は量を時間の関数で表す関数式である.

自然界の同じ法則が,一つは微分の形で,一つは具体的な関数の形で表された. 微分方程式で表された法則を微分法則という. これは局所的な法則が一定の範囲で成り立つことを表している. それに対して,それを解いて得られた$y=ae^{-kx}$は各時刻における物質量を明示的に表している. このように表された法則を積分法則という.このような命名はアインシュタインによる. 例8.1よりはもちろん精密にしなければならないが, ニュートンの法則の下でケプラーの法則という積分法則から 万有引力の法則という微分法則が導き出される.

逆に,万有引力の法則が成り立つならケプラーの法則が成り立つことが示される. 「太陽と惑星の間に距離の二乗に反比例する引力が働く」という微分法則が成り立つとき, これを満たす関数を位置関数決定することによって, 「ケプラーの三法則」という積分法則を満たすことが示される. ニュートンはこの間題を解決し,彼の主著「プリンキピア」(1687)でその解法を公表した. その過程で,微分法,積分法が開始された. このように解析学は微分方程式を解いて自然現象を解明するところからはじまった. これは本質的に微分方程式を解いて,積分法則を導くことであり, 実質的にニュートンがはじめておこなったことである. この過程を,これまで準備したことをもとに追体験することが最後の目的である.


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2014-05-23