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確率空間の積

教科書では「独立な試行の確率」の冒頭に, 「1個のさいころを投げる試行と,1枚の硬貨を投げる試行において,互いにその結果に影響を及ぼさない. これらの試行は独立であるという」などと書かれている.

しかし,これもまた,事象の独立を経てはじめてその意味が明確になることなのである. それは,別個の試行で定まる確率空間の積ということである.

100円硬貨と10円硬貨を投げる試行を考える. われわれはすでに,100円硬貨を投げる試行の標本空間は,要素は2個,表と裏. 10円硬貨を投げる試行の標本空間も,要素は2個,表と裏. それを$x$軸と$y$軸にとるように$(表,裏)$の組で考えた.

2つの集合の要素の組の全体の集合を,それらの集合の積という. これをもとにすれば,確率空間の積が考えられ,そこではじめてそれぞれの試行が独立であることをとらえることができる. それを考えてみよう.


2つの確率空間$(U_1,\ p_1)$$(U_2,\ p_2)$があり, $p_1$$p_2$はそれぞれ$U_1$$U_2$の事象だけで定まり, たがいに$U_2$$U_1$の事象とは無関係であるとする. つまり,$U_1$$u$が起こったとき, $U_2$ではその何れもが,$p_2$で定まる確率で起こりうる, $U_2$$U_1$でも同様ということである.

\begin{eqnarray*}
U_1&=&\{u_1,\ u_2,\ \cdots,\ u_s\}\\
U_2&=&\{v_1,\ v_2,\ \cdots,\ v_t\}
\end{eqnarray*}

とする. $u=u_1,\ u_2,\ \cdots,\ u_s$ $v=v_1,\ v_2,\ \cdots,\ v_t$に対して 確率$p_1(u)$$p_2(v)$が定まっている. 新たな標本空間$U$

\begin{displaymath}
U=\{(u,\ v)\ \vert\ u\in U_1,\ v\in U_2\}
\end{displaymath}

で定め,この標本空間に確率$q$

\begin{displaymath}
q\{(u,\ v)\}=p_1(u)\cdot p_2(v)
\end{displaymath}

で定める.これが$U$の確率になっていることはすぐに検証できる. 集合$U$$(U_1,\ U_2)$のように書こう. 同様に$U_1,\ U_2$のそれぞれの部分集合$A,\ B$に対して, $U=(U_1,\ U_2)$の部分集合

\begin{displaymath}
\{(u,\ v)\ \vert\ u\in A,\ v\in B\}
\end{displaymath}

$(A,\ B)$のように書こう. この$U$のなかで部分集合

\begin{displaymath}
(A,\ U_2)=\{(u,\ v)\ \vert\ u\in A,\ v\in U_2\}
\end{displaymath}

を考える. $p_1$$p_2$はそれぞれ$U_1$$U_2$の事象だけで定まり, たがいに$U_2$$U_1$の事象とは無関係であるとの仮定から, $A$に対してすべての$v\in U_2$ に対して,$(A,\ v)\in U$である. つまり, $(A,\ U_2)\subset U$である. この結果,もとの試行$U_1$の事象$A$$U$に埋め込むことができる. 同様に$U_2$の事象$B$に対して$(U_1,\ B)$で,$B$$U$に埋め込む.

$p_1$$p_2$はそれぞれ$U_1$$U_2$の事象だけで定まり, たがいに$U_2$$U_1$の事象とは無関係であるとの仮定が, 埋め込みができることと同値である.


任意の$U_1$の事象$A$$U_2$の事象$B$に対して, このようにして埋め込まれた$U$の事象$(A,\ U_2)$$(U_1,\ B)$は互いに独立である.

証明

\begin{displaymath}
(A,\ U_2)\cap (U_1,\ B)=(A,\ B)
\end{displaymath}

なので

\begin{eqnarray*}
q\{(A,\ U_2)\}&=&
\sum_{u \in A,\ v \in U_2} p_1(u)p_2(v)
=...
...\\
&=&\left\{\sum_{u \in A} p_1(u)\right\}p_2(B)=p_1(A)p_2(B)
\end{eqnarray*}

より

\begin{displaymath}
q\{(A,\ U_2)\cap (U_1,\ B)\}=q\{(A,\ U_2)\}q\{(U_1,\ B)\}
\end{displaymath}

が任意の$A$$B$について成立する. つまり,$U$の事象$(A,\ U_2)$$(U_1,\ B)$は互いに独立である.


これによって

  1. $p_1$$p_2$はそれぞれ$U_1$$U_2$の事象だけで定る.
  2. 埋め込みが可能である.
  3. $A$$B$の埋め込まれた事象が独立である.
が順次成り立った. また,先の教科書の記述は,2つの試行による2つの標本空間の 積において,埋め込まれたそれぞれの事象が独立であることを示している, と解釈できる.

注意 2        標本空間$U$での確率を

\begin{displaymath}
q\{(u,\ v)\}=p_1(A)\cdot p_2(B)
\end{displaymath}

で定め,その後で$U$の性質を調べた. しかし,これは根元事象の確率が必ずしも等しくない場合を含めて考えるためである.

$U_1$の根元事象の確率が相等しく,$U_2$の根元事象の確率も相等しく, かつ,2つの標本空間$U_1$$U_2$の積集合に,事象$A$$B$$(A,\ U_2)$$(U_1,\ B)$の形で埋め込めることができるとする.

それぞれの事象の$U_1$$U_2$での確率は, $\dfrac{n(A)}{n(U_1)}$ $\dfrac{n(B)}{n(U_2)}$である. そして,

\begin{displaymath}
n(A,\ B)=n(A)n(B),\ n(U)=n(U_1)n(U_2)
\end{displaymath}

なので,

\begin{displaymath}
\dfrac{n(A,\ B)}{n(U)}=\dfrac{n(A)}{n(U_1)}\cdot\dfrac{n(B)}{n(U_2)}
\end{displaymath}

が成り立つ.

よって標本空間$U$での事象$(A,\ B)$の確率は

\begin{displaymath}
p_1(A)p_2(B)
\end{displaymath}

となり,また$A$$B$$U$に埋め込んだ事象が互いに独立であることも,自明である.

逆にいうと,先の$U$の確率$q$の定義は自然なものである.

標本空間2個の積は,$n$個の積にそのまま一般化される.



Aozora 2017-09-13