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複素数係数の方程式

史織  次の方程式を解いているとき,先生が6次方程式には必ず6個の根 roots があるので 見落とさないようにしなさい,といわれました.
\begin{displaymath}
X^6-\sqrt{2}X^3+1=0
\end{displaymath}

次数だけの根があることは

(1+2i)x2+(2+i)x-3(1+i)=0


のように係数が虚数でも成り立つのですね.

南海  そうだ.ただし,6次方程式に6個の根があることが重要なのではない. 基本的なことは,複素数を係数にもつ方程式の根は複素数のなかに存在する,ということだ.

史織  一つの根$\alpha$があれば,因数定理によって方程式が $(x-\alpha)Q(x)$と因数分解できる. $Q(x)$$x$の多項式なので,$Q(x)$をまた因数分解して,次々に分解していけばよいのですね.

6次方程式に6個あることは,少なくとも一つの根が存在することの結果なのですね.

南海  $f(x)$を複素数係数の$n$次多項式とする.

$f(x)=0$のように$多項式=0$と置いて得られる方程式を代数方程式と呼ぼう.

$n$次の代数方程式には必ず根があること,その結果として$n$個の根があることを, 実際に方程式を解くことなく保証する.これがいわゆる代数学の基本定理だ.

史織  しかしどのような根拠によって,このようなことが示されるのでしょうか.

南海  証明方法は実はいくつかある. いちばん一般的な方法は,実数の連続性といわれる性質と複素数の極形式 に 存在の根拠を求めるものだ.

それだけではもちろん何のことかわからないだろうから, 代数学の基本定理と実数,複素数の基本について最初から少しずつ考えてみよう.

代数方程式に一つの根$\alpha_1$が存在すれば因数定理によって

\begin{displaymath}
f(x)=(x-\alpha_1)Q(x)\quad \cdots\maru{1}
\end{displaymath}

と因数分解される.$Q(x)$にも同様の操作をし,これを繰り返すことで次の定理が得られる.
定理 1
     を複素数係数の$n$ 次多項式とする. このとき,方程式 $f(x)=0$ は重複度を含めてちょうど$n$個の複素数根 $\,\, \alpha_1 \, \alpha_2 \, \cdots \, \alpha_n$ をもつ.すなわち,
\begin{displaymath}
f(x)=a_n(x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_n)\quad \cdots\maru{2}
\end{displaymath}

と一次式の積に因数分解できる.

史織  この定理の証明は厳密には数学的帰納法ですね.

$n=1$のとき.$f(x)=ax+b$とすると,方程式は$ax+b=0$$n=1$より$a\ne 0$なので, $x=-\dfrac{b}{a}$という根がただ一つ存在する.

$n-1$次で成立するとする.$\maru{1}$の両辺の次数と最高次の係数を比較して $Q(x)$$n-1$次式で,$x^{n-1}$の項の係数は$a_n$であることがわかる. 数学的帰納法の仮定から$Q(x)=0$は重複度を含めてちょうど$n-1$個の複素数根 をもつ.これを $\alpha_2 \, \cdots \, \alpha_n$とすると,

\begin{displaymath}
Q(x)=a_n(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_n)
\end{displaymath}

と因数分解される.ゆえに式$\maru{2}$が示された.

南海  さて,「複素数は本当に存在するのか」で次のように書いた.

「代数学の基本定理」は代数方程式を解くことに関しては複素数より大きい世界は要らない, ということを意味している.これまではそうではなかった. $2x+3=0$ は,係数は整数だが,その根は整数でなく有理数だし, $x^2-2=0$ なら根は無理数だ.実数の世界まで広げなければ根がない. このように,これまでは係数が属する世界より外の広い世界を考えなければ 根がないということが起こったが, 複素数係数の代数方程式のすべて根は複素数の中に存在するので, 代数方程式を解くということでは,これより広い数の世界は要らないのだ. このことを「複素数は代数的に閉じている」という.その意味で複素数は十分に広い世界なのだ.】

これはここではもう少し正確に述べなければならない.

自然数から整数,整数から有理数,実数から複素数への世界の広がりは, 根が存在するように代数的に広げていくことで実現される.しかし,実数は 有理数に有理数係数の代数方程式の実数の根を付け加えた数の集合より大きいのだ.

有理数係数の代数方程式の根になる数を代数的数と呼ぶ. 代数的数は複素数の範囲で考える.$i$も代数的数だ,代数的でない実数を超越数という. 実数は代数的な実数の集合より大きい集合なのだ.円周率$\pi$や自然対数の底$e$は 超越数であって代数的数ではない.

史織  証明は難しいのですか.

南海  現在でも,超越性が示されている実数はほんの僅かであり, 与えられた数が超越数であるかどうかを調べるのはたいへん難しい.

史織  $\pi$が無理数であることの証明は,2003年の大阪大学後期の試験問題にありました.

南海  そう.$e$$\pi$が無理数であることの証明は高校範囲でできる.

$e$が無理数であることの証明を例題にしておこう.(1)〜(3)は入試問題.(4)(5)はその応用だ.

例 1.1.1   $e$を自然対数の底とし, 自然数$n$に対して関数$f_n(x)$を次のように定義する.
\begin{displaymath}
f_n(x)=x^ne^{-x},\ F_n(x)=\int_0^xf_n(t)\,dt
\end{displaymath}

このとき次の問いに答えよ.
  1. $0\le x \le 1$のとき, $0\le f_n(x) \le \dfrac{1}{e}$が成り立つことを示せ.
  2. $\displaystyle \lim_{n \to \infty}\dfrac{F_n(1)}{n!}=0$を示せ.
  3. $e=1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!}+\cdots$を示せ.
  4. 任意の自然数$n$に対し,次の不等式を示せ.
    \begin{displaymath}
0<n!\left\{e-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} \right) \right\}
<1
\end{displaymath}

  5. $e$が無理数であることを示せ.

史織 

  1. $f_n(x)=x^ne^{-x}$なので
    \begin{displaymath}
{f_n(x)}'=nx^{n-1}e^{-x}-x^ne^{-x}=(n-x)x^{n-1}e^{-x}
\end{displaymath}

    $n$は自然数なので$0\le x \le 1$のとき ${f_n(x)}'\ge 0$となり,$f_n(x)$は この区間で単調増加である. $f_n(0)=0,\ f_n(1)=\dfrac{1}{e}$であるから
    \begin{displaymath}
0\le f_n(x) \le \dfrac{1}{e}
\end{displaymath}

  2. (1)から
    \begin{displaymath}
0 \le \int_0^1f_n(t)\,dt \le \int_0^1\dfrac{1}{e}\,dt
\end{displaymath}

    これから $0\le F_n(1)\le \dfrac{1}{e}$.つまり $0 \le \dfrac{F_n(1)}{n!}\le \dfrac{1}{e\cdot n!}$
    \begin{displaymath}
∴\quad \lim_{n \to \infty}\dfrac{F_n(1)}{n!}=0
\end{displaymath}

  3. $\displaystyle F_n(1)=\int_0^1t^ne^{-t}\,dt$なので
    \begin{eqnarray*}
F_n(1)&=&\left[-t^ne^{-t} \right]_0^1+n\int_0^1t^{n-1}e^{-t}\,dt\\
&=&-\dfrac{1}{e}+nF_{n-1}(1)
\end{eqnarray*}

    これから
    \begin{displaymath}
\dfrac{F_n(1)}{n!}-\dfrac{F_{n-1}(1)}{(n-1)!}=-\dfrac{1}{e\cdot n!}
\end{displaymath}

    よって
    \begin{displaymath}
\dfrac{F_n(1)}{n!}-\dfrac{F_0(1)}{0!}=-\dfrac{1}{e}\sum_{k=1}^n\dfrac{1}{k!}
\end{displaymath}

    ここで

    \begin{displaymath}
F_0(1)=\int_0^1e^{-t}\,dt=1-\dfrac{1}{e}
\end{displaymath}

    したがって
    \begin{eqnarray*}
\dfrac{F_n(1)}{n!}&=&1-\dfrac{1}{e}-\dfrac{1}{e}\sum_{k=1}^n\...
...ft(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} \right)
\end{eqnarray*}

    (2)から $\displaystyle \lim_{n \to \infty}\dfrac{F_n(1)}{n!}=0$なので

    \begin{displaymath}
1-\lim_{n \to \infty}
\dfrac{1}{e}\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} \right)
=0
\end{displaymath}

    つまり
    \begin{displaymath}
e=1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!}+\cdots
\end{displaymath}

  4. (3)から $0<n!\left\{e-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} \right) \right\}$ は明らかである. 次に
    \begin{displaymath}
n!\left\{e-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\df...
...!} \right) \right\}\\
=n!\sum_{k=n+1}^{\infty}\dfrac{1}{k!}
\end{displaymath}

    である.ここで$j$を自然数とすると
    \begin{displaymath}
\dfrac{n!}{(n+j)!}=\dfrac{1}{(n+1)(n+2)\cdots(n+j)}\le \dfrac{1}{2^j}
\end{displaymath}

    なので
    \begin{displaymath}
n!\sum_{k=n+1}^{\infty}\dfrac{1}{k!}\le \sum_{j=1}^{\infty}\dfrac{1}{2^j}
<1
\end{displaymath}

    したがって
    \begin{displaymath}
0<n!\left\{e-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} \right) \right\}
<1
\end{displaymath}

  5. 背理法で示す.$e$が有理数であるとし $e=\dfrac{p}{q}$とおく.$n=q$のとき
    \begin{displaymath}
0<q!\left\{\dfrac{p}{q}
-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{q!} \right)\right\}<1
\end{displaymath}

    が成り立つが, $q!\left\{\dfrac{p}{q}
-\left(1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}{q!} \right)\right\}$ は整数なので,これは矛盾である.よって$e$は無理数である.

1744年,オイラーはこの練習問題のようにして$e$の無理数性を示した. さらに,1873年,エルミートは$e$が超越数であることを証明した. これに対して,$\pi$が無理数であることを示したのはランベルト(1761年)であり, 最終的にリンデマンが$\pi$が超越数であること証明した(1882年). リンデマンはエルミートの方法を発展させ,$\pi$の超越性を示した.


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