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入試問題の一般化

南海  先の問題の最大値を与える場合の分母になる数はどのようになっているか.

太郎 

\begin{displaymath}
2,\ 3=2+1,\ 7=3\cdot2+1
\end{displaymath}

となっています. 規則性は何かと考えると,それまでの数をかけて1加えるので, 4変数の場合は4番目の分数の分母が $43=7\cdot3\cdot2+1$のとき, 最大になりそうです.

南海  そこで,この問題を次のように一般化した.

定理 1        数列$\{p_n\}$を次式で定義する.

\begin{displaymath}
p_1=2,\ \quad p_{n+1}=p_1p_2\cdots p_n+1
\end{displaymath}

$a_1,\ a_2,\ \cdots,\ a_n$ $a_i<a_{i+1}\ (1\le i \le n-1)$ $\dfrac{1}{a_1}+\dfrac{1}{a_2}+\cdots+\dfrac{1}{a_n}<1$を満たす$n$個の自然数とする.不等式

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{a_1}+\dfrac{1}{a_2}+\cdots+\dfrac{1}{a_n}
\le
\dfrac{1}{p_1}+\dfrac{1}{p_2}+\cdots+\dfrac{1}{p_n}
\end{displaymath}

が成立し,等号は $a_k=p_k\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ n)$のとき,そしてそのときにかぎる. ■


南海  数列$\{p_n\}$シルベスター数列といわれる. Sylvester's sequenceには大きい値の因数分解も載っている.

\begin{eqnarray*}
&& p_1=2,\ p_2=3,\ p_3=7,\ p_4=43,\ p_5=1807,\ p_6=3263443,\ ...
...
&&p_7=10650056950807,\ p_8=113423713055421844361000443,\dots
\end{eqnarray*}

太郎  一気に大きくなるのですね.

南海  そこで,自然数の逆数和で1を超えないものの最大値が, このシルベスターの数列によって与えられると考え, 定理1にまとめたのだ.

この定理はさらに一般化される.最後にそれを証明する.

証明の試み

この証明にいたる過程では,いくつかの試行錯誤があった. 変数の個数を個別に固定すると証明できるのだが, すべての$n$でそれがいえることはなかなか証明できなかった. 試行錯誤のなかでは次のような命題も証明してみた.

命題 1        $A$を自然数の定数とする.自然数$x$$y$が, 条件

\begin{displaymath}
x<y,\ \quad \dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{y}<\dfrac{1}{A}
\end{displaymath}

をみたして変化する.このとき $\dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{y}$は, $x=A+1$$y=A^2+A+1$のとき,最大値

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{A+1}+\dfrac{1}{A^2+A+1}
\end{displaymath}

をとる.

証明      $\dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{y}<\dfrac{1}{A}$のとき $x>A$なので自然数$n$をとって$x=A+n$とおく.

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{y}<\dfrac{1}{A}-\dfrac{1}{A+n}=\dfrac{n}{A(A+n)}
\end{displaymath}

よって $y>\dfrac{A(A+n)}{n}$,つまり$ny>A(A+n)$. これから $ny\ge A(A+n)+1$,つまり $\dfrac{1}{y}\le\dfrac{n}{A(A+n)+1}$. よって

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{y}\le \dfrac{1}{A+n}+\dfrac{n}{A(A+n)+1}
\end{displaymath}

がつねに成立する.

ここで

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{A+n}+\dfrac{n}{A(A+n)+1}\le \dfrac{1}{A+1}+\dfrac{1}{A(A+1)+1}
\end{displaymath} (1)

が成立することを示す.

\begin{eqnarray*}
右辺-左辺
&=&\dfrac{1}{A+1}-\dfrac{1}{A+n}+\dfrac{1}{A(A...
...
&=&\dfrac{(n-1)(A^2+1-n)}{(A+1)(A+n)(A^2+1+A)(A^2+1+nA)}\ge 0
\end{eqnarray*}

であるから,$A^2+1\ge n$のとき不等式(1)は成立する.

$A^2+1<n$のときは,$A^2+1+A<A+n=x$で,$y>A$も必要なので$y\ge A+1$. よってこのときも,不等式(1)は成立する. したがって,条件を満たすすべての$x$$y$に関して

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{y}\le \dfrac{1}{A+1}+\dfrac{1}{A(A+1)+1}
\end{displaymath}

が成立し,等号は$x=A+1$$y=A(A+1)+1$のとき成立する.

よって本命題が示された. □

これを用いれば,変数の個数が決まっているときは,条件を絞りながら,個別に調べることで,最大値を与える数列を決定することができる. 実際,この命題1と同じ命題,およびその3変数への拡張を用いて,栃木県の先生が,4変数,5変数の場合について考察しておらる.数研通信66号(2010年1月)所収の論文である.

しかし,一般の自然数でつねに定理1が成立することの証明は, 次元が異なる問題になる.

太郎  個別に確認する方法があるということと, 一般的に証明することができるということは,異なることなのですね.

南海  そうなのだ.当初,この命題を用いれば定理1が証明できると考え次のところまで書いた.しかしこの方向ではできなかった.


途中で止まった証明     $\{a_k\}$の項の中に$\{p_k\}$と一致しないものがあるとする. それを小さい方から見て最初に$p_k$と異なるものを$a_l$とする.

$a_l<p_l$と仮定する.$a_l\le p_l-1$なので

\begin{eqnarray*}
&&\dfrac{1}{a_1}+\dfrac{1}{a_2}+\cdots+\dfrac{1}{a_l}\\
&=&...
...{p_l-1}+\dfrac{1}{a_l}\ge 1-\dfrac{1}{p_l-1}+\dfrac{1}{p_l-1}=1
\end{eqnarray*}

となり,条件に反する.よって$a_l>p_l$である.$l\le n-1$とする.

\begin{eqnarray*}
&&\dfrac{1}{a_1}+\dfrac{1}{a_2}+\cdots+\dfrac{1}{a_l}+\dfrac{...
...ac{1}{p_1p_2\cdots p_{l-1}}+\dfrac{1}{a_l}+\dfrac{1}{a_{l+1}}<1
\end{eqnarray*}

つまり

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{a_l}+\dfrac{1}{a_{l+1}}<\dfrac{1}{p_1p_2\cdots p_{l-1}}
\end{displaymath}

である. ここで命題1 $A=p_1p_2\cdots p_{l-1}$で用いる. $\dfrac{1}{a_l}+\dfrac{1}{a_{l+1}}$が最大となるのは

\begin{eqnarray*}
a_l&=&A+1=p_l\\
a_{l+1}&=&A(A+1)+1=p_{l+1}
\end{eqnarray*}

のときである. (中断).


しかし,これから

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{a_l}+\dfrac{1}{a_{l+1}}+\dfrac{1}{a_{l+2}}+\cdots+\dfrac{1}{a_n}
\end{displaymath}

が最大となるとき, $a_l=p_l,\ a_{l+1}=p_{l+1}$であることなどを, 直ちに結論づけることはできない.

太郎  確かに.個別の$n$のときには,その他の場合をすべて調べて,消してゆけばよいですが,しかしそれで一般の場合を示せるかというと,簡単ではないのですね.


南海  困っているときに,教え子で数学科に進んだせきさんから, 定理1を証明している論文「 APPROXIMATING 1 FROM BELOW USING n EGYPTIAN FRACTIONS$n$個のエジプト分数による1の下からの近似) 」(K.SOUNDRARAJAN) を紹介された.ここには一つすばらしい着想がある.

上記論文の証明は,ムーアヘッドの不等式を用いる.この不等式は,数学セミナー2009年2月号,「特集:不等式の世界」で岡山理科大の示野信一先生が「対称式と不等式」と題してムーアヘッドの不等式について書いておられた.それを参考にした.後にまた『不等式』(G.H.ハーディ/J.E.リトルウッド著,細川尋史訳,シュプリンガー社)も手に入れた.ここには詳しく述べられている.ムーアヘッドの不等式はそれ自身たいへんおもしろい不等式である.

この不等式を用いれば,定理1と命題1を統合し,より一般的な形で証明することができる.

そこで,上記論文などを参考にして,高校範囲で証明するために,それぞれ独自に論証を再編した.責任は南海にある.


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Aozora
2013-05-10