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根のある言葉

民のみこと

里のことわり

近代の造語によって、日本語の生きた力が、覆い隠されてしまった。その果てに東大話法がある。そしてついに東電核惨事に至った。であるから、ここからの活路を求めるものは、塗り込められた日本語のいのちを解きはなち,現代に甦らせることを基礎にしなければならない。この観点から、いくつかの言葉を吟味したい。

日本列島の歴史を踏まえ、今日ここに住むものの生き方を考えてゆくためには、天皇に起源があるとの虚構によって奪われた、ながくこの列島弧に住み、その風土とともに育んできたものの見方、考え方を、もういちど取り出し、時代に応じてそれを深めなければならない。そのようなわれわれの人生観やものの見方、考え方を「里のことわり」と言おう。その骨格をなす言葉を,ここで取りあげよう。

さと

「さと(里)」は接頭語の「さ」と「ところ」を表す「と」よりなる。「さ」は「さつき(皐月)」、「さおとめ(早乙女)」、「さなえ(早苗)」、「さみだれ(五月雨)」の「さ」であり、みずみずしいいのちの満ちていることを表す。「と」は「やまと(山の霊威があらわれるところ)」、「みなと(水の霊威があらわれるところ)」のように場を表す。

「さと」はいのちの霊威があらわれるところをいう。つまり、人が生まれ育ち、生活し、いのちをつなぐところの意である。後にそこを出た者は、育った里を、心の拠り所として「ふるさと(古里、故郷)」という。「こと−わり」の意味は、「こと」の意味を考えたうえで次節で定義する。ここでは、里につたえられそこに住むものの生き方、その形そしてその仕組みを表すものとする。

天皇制をのりこえて里のことわりを述べようとすることこそ、真の意味での愛郷主義、パトリオティズムである。われわれの愛郷主義は、資本家の手先となった親米売国のエセ右翼諸君、あるいは天皇主義者の諸君、また排外主義・差別主義の諸君には思いもよらないことである。天皇家の支配以前から今日に続く里のことわりを、自覚して今日によみがえらせて生かす。この立場がなければ、時代を転換することなど不可能である。

里のことわりを慈しみ、それを今に生かす。この心が世の在り方を変えてゆく力であり、この心を欠くならば、何ごとをなさんとしてもそれは根なし草である。

ことを聴くもの

天皇制は、万世一系という虚構と、「みこともち」としての天皇というもう一つの虚構のうえに立っている。万世一系が虚構であることは歴史学の問題であり、それはすでに明確になっている。「みこともち」としての天皇もまた、万世一系と対をなす虚構である。

まことのみことは、里のことわりを生きる民の「こと」である。みことは天上に由来するのではなく、地上に由来する。さらに、「みこと」を「もつ」もの、つまり「こと」を執り行うものは天皇ではなく民百姓のことを実践するすべての者である。「みこと」のおさえ方と、それを受けとるものにおいて、天皇制は虚構のうえに立っている。

近代の中で「こと」を聴きとるのが、実は働くもののうちにおり、民百姓のうちにいるという思想は、内部からの近代思想として可能であった。この方向にもう一つの日本近代を構想することができる。しかし近代思想が西洋近代思想でしかなかった明治以降の日本はそのようには歩まなかった。歴史はいまいちど『民百姓のことこそ「みこと」であり、それを受けとる者もまたその中にいる』というところに立ちかえるときにきている。

人と言葉

このように考える根拠は、次のようなことばと人に関する思索である。「言葉」とは「ことのは」であり、ことを現実にするものが言葉である。

人は言葉によって人となる。言葉はともに働くことともに古い。この二つは、人の二つの側面であり、新しい仕事のあり方が言葉を育て、言葉の深まりが新たな人の関係を生みだしてきた。それぞれの人にはその人をして人としている言葉がある。その言葉は抽象的な言葉一般ではない。必ずそれぞれの具体的な言葉である。その言葉をその人の「固有の言葉」という。人として考えるとき、それは固有の言葉で考えるほかない。

言葉は言葉である以上、世界をどのような基本においてつかむのかを定める言葉を持っている。それが構造語である。構造語は世界を把握する枠組を定める言葉であると同時に、その言葉の仕組みも定める。構造語は発展する。しかし取り替えはできない。個々の言葉は、言葉の体系のなかに位置をもち、その相互の位置関係によって、内に考え外に伝えることが実現される。

人の営みは言葉に意味を加え、こうして言葉は耕される。人の新しい営みは言葉の新しい意味をきり拓く。言葉は個別の人の営みを協働する人の営みに普遍化する。この相互の関係の構造が、一人一人の人の生きる場である。この場を離れては、いかなる世の営みも空しい。この場いおいてなら、いかなる人の営みも、切実であるかぎり、豊かであり、またそれこそが人の営みである。

このように再定義された人を人と言う。近代日本では言葉に根ざした論理を育てることがなされなかった。このような人のあり方をおさえることによって、現代日本の人と言葉のあり方に、大きな問題点を見出し、これをのりこえることが、日本語圏の言葉の真の意味での近代には不可欠である。

ものとこと

もの

ここで、新たな時代の礎となることを願い、民のみことを語る言葉、そのなかで柱となる言葉をあらためてとりだす。「みこと」の「こと」を明らかにするためには、それと対になる言葉である「もの」から考えなければならない。

日本語で最も基本となる言葉は「もの」である。「もの」はタミル語に起源をもつ。「もの」という言葉は日常あふれている。しかし「ものづくり」、「それが人生というもの」「もののけ姫」の「もの」がなぜ同じものであるのか、あらたまって考えることは少ない。またそれが大切な言葉として学校教育で教えられることもない。

ものとは、定め、きまりにはじまる。ここから意味が深まり、定めやきまりの根拠として、人が見ることができるものを「もの」という。さらに思いを寄せる対象としてとらえることができるすべてのものをいう。見たり思ったりするその視線にあるものが、「もの」としてとらえられる。

「もの」を「もの」としてとらえるのは、まず「見る」働き、あるいは「思う」働きである。そして見たもののことを言葉で切り取る、つまり考える。逆にこの認知作用が成立するものすべてが「もの」である。これが第一義である。

生起し消滅するすべてのことは、不変の存在である「もの」が担っている。諸々のことが生起する土台にある「もの」は、人の力の外にあり人が変えることはできない。ここから既定の事実、避けがたいさだめ、さまざまの規範など、を表す。しかしまた「もの」は人に対して無関係に存在するのではなく、逆に人との関係においてつかまれ、人をひきつけるとともに、ひきつけてはなさない力のある存在である。これが第二義である。

「もの」は、物と心を切り離す二元論の「物」とは異なり、「思い」や「こころ」と切り離されていない。それどころか「もの」はそのものへの「思い」を引き起こし、見る者のいのちに関わる力があるものとしてとらえられる。つまり「もの」は人に働きかける。もの自体が人が恐怖し畏怖する対象となる。 鬼や悪霊など、明確にはわからないがしかし人に働きかけるものを表す。

「ものがたり」は「もの−かた−る」で、「かた」つまり「形」がさだまり「型」に定式化されたことを述べる「語り」に、「もの」が接頭語としてつくことで、「世の原理・法則を知らしめるためにのべる」ことを意味する。沖縄語では「ムンガタイ」で昔話を言うが、これは「物語」そのものである。一方「ことのかたりごと」(古事記「八千矛神の歌」「天語歌《あまがたりうた》の結び)は一回的な歴史的な事件についての語りを言う。

世界のすべては「もの」である。ものほど深く大きいものはない。この単純な事実を土台にする。この世界は「もの」からできている。森羅万象、すべてはものである。これが世界である。まずこれを明確にしよう。この世界は「もの」そのものである。人もまたものの一つの形である。人はこのものを両手で受けとめ、思いをよせ、じっと見、そしてそのもののことを考える。ものに語りかけ、ものの変化を促し、ゆたかな実りをものから受けとる。ものがすべての根本である。

ものは存在し、たがいに響きあっている。これが事実である。世界はそれしかない。そのなかで、人とものとは豊かに交流しあい、語らいあう、これが世界の輝きである。この深く広いものを日本語は「もの」という一つの言葉でとらえる。この意義を吟味し、ここに蓄えられた先人の智慧に注目しよう。

ものは確かにある。見たり思ったりすることができるものが「もの」である。すべてものは人と係わり、人と係わる一切がものである。ものとは思いをよせる方にあるすべてのものをいう。「もの」を「もの」としてとらえるのは、まず「見る」働き、あるいは「思う」働きである。そして見たものを言葉に切り取り名づける。逆にこの認知の営みが成立するすべてのものが「もの」である。思うことによってものとして切り取られ名づけられてものが成立する。これがものである。

ものはそれ自体で存在している。人がものに思いをよせ、もののことを考えるのはなぜ可能か。それはそこに、ものが確かにに存在しているからである。それがものである。そのものは、諸々のことが生起する土台にあり、人の力の外にあり、存在をなくすることはできない。ものはもの自身の力で動いている。であるがゆえに、人がものを思うのは、実はものにひきつけられてはじめて起こる。ものは人をつかむ。ひきつけてはなさない力のある存在である。

人もものである。人もまたもののちからで生きる。ものを思い、もののことを考え、ことの内容を聞きとる。それはものが人にはたらきかけることであり、人はものからのはたらきかけを受け、人生を変え、そしてものを動かす。人あってのもの、ものあっての人である。ものは人と無縁に存在するのではない。切実な働きかけと真剣な受けとめ、そして決断、こうして、人は無限に向上する。これが人生である。

こと

「もの」と対になる言葉が「こと」である。

「こと」もまたタミル語に起源をもち、「かた(型)」と同根である。無秩序であったものが意味をもって一つにまとまること、これが「こと」の原義である。「くち(口)」とも同根。「くち(口)」の古形は「くつ」である。「くつわ(轡)〔くつ(口)わ(輪)〕の意」に残っている。「くつ」は、「くう(食う)」と「つくる(作る)」が統合された言葉で、言葉を言うことである。ことばになることによって、無秩序なものがまとまる。沖縄語で「くち」は言葉の意味である。言葉を言うとによって「こと」が成立する。あるいは逆に言葉の根拠が「こと」である。

言葉の行為を成り立たせている根拠である。いわれた「こと(言)」といわれる「こと(事)」のさらに根底にあって、それらを成り立たせている、つまり世界を意味あるものにしている働きや法則や理法をもっとも一般的にいう言葉である。

「こと」は日本語でもっとも基本になる言葉で、その意味は深く大きい。人にとってこの世界は、動き、生き、響きあい、輝き、生まれ死に、興り滅びしている。それを人は「こと」のはたらきとしてつかむ。「こと」は、人が自らの諸活動と自らが生きる場所に生起する内容をつかもうとするとき、のべられる言葉である。

「こと」そのものは言葉にならない。山の光景にわれを忘れ、職人が制作に没頭し、全精神を傾けて仕事に打ち込んでいるとき、人は「こと」のうちにある。そしてわれにかえり反省が生まれる。そのとき体験した「こと」を言葉にする。把握するという行為は、生きた事実から命名された概念への転化であり、直接の出会いから概念としての把握へ転化する。事実としての存在が本質としての存在に転化する。

つまり「こと」は、「こと(の)は(端、葉)」としての「言葉」に現実化する。「こと」それ自体は、「言葉」ではない。「言葉」は「こと」の現実の形であって「こと」そのものではない。「こと」は「言葉」が成立する土台であり、「言葉」につかまれる以前の本質を指し示す(指し示そうとする)言葉である。

「もの」の世界に意味を見いだし、これを一つの「こと」としてつかむ。このとき、「こと」として「つかむ」「私」が確立する。また、「こととしてつかむ」ときに、意味を成立させる「とき」が生まれる。「時」の成立である。「こと」としてつかまれた内容は、人には「時間的に経過する一連の出来事」として意識される。そのように統括してつかむ作用が人の認知行為である。

「こと」は漢語の影響を受けて「言」と「事」に分化して用いられるようになる。日本語の根底には「事」は「言」を与えられてはじめて「事」として存在するという考え方がある。したがってこの分化が意識されても、意味は相互に転化しうる。

日本語では「もの」と「こと」は厳格に区別され、言葉の構造の骨格を形づくる。最も基本的な構造日本語が「こと」と「もの」である。次の例で「もの」と「こと」を入れ替えると明らかに意味をなさない。

◇まあ、人のいることいること。 ◇出がけに不意の客がきたものですから。 ◇人生はむなしいもの。 ◇なんとばかげたことをしでかしたものだ。 ◇教えてくれないんだもの。 ◇きれいな花だこと。

「もの」と「こと」は取り違えることなく使われる。意味をいちいち判断して使うのではなく、発話者の意図と言葉が一体になっているから「もの」「こと」は正しく使われる。日本語の構造と言葉の意識が一体になっている。「もの」の一連の世界を一つの「こと」としてつかむのは人の認知作用の根幹である。日本語に「こと」という言葉が生まれたのは、考えてみれば不思議である。言葉というもののはたらきそのものを言葉にした言葉が「こと」である。

「こと」は事実の発見の意識を表現し、「もの」は個人の力の及ばないものの存在を表現している。「もの」が世界を「見る」ことによって切りとられるのに対して、「こと」は世界に耳を傾け「きく(聞く、聴く)」ことによって言葉としてつかまれる。

「こと」は日本語でもっとも意味の深い言葉である。「こと」という言葉があるがゆえに、「こと」そのものとは何か、と考えることを人に促す。それは結局この世界の生きた存在そのものであり、「こと」は人に対して、世界と直接触れることを促す。「こと」は言葉が途絶える境まで人を連れていく。

「こと」を紡ぎだし今日に活かしているなかに、人の、あるいは世界の、あるいは命の、深い智慧がある。「こと」を西欧近代の「学」でとらえることはできない。「こと」を「学」の対象とするときそれはもはや「こと」ではない。「こと」の現実態としての「言葉」を「学」の対象とするとき、言葉の最も肝心な「こと」が捨象される。

「もの」と「こと」、およびそれらを対象にする頭の働きである「思う」と「考える」は、それぞれ対をなし、これはまったく異なる意味である。われわれは祖先から、ものとことの区別を大切にしてきた。それが縄文文明と弥生文明の混成と熟成の上に、人々が得た生きる形であった。

ものの集まりに意味を見いだし一つの「こと」としてつかむ力が人にはある。その力が人を人に定めている。人が「もの」を相互に関連する意味あるもののあつまりとしてつかむとき、そのつかんだ内容を「こと」と言う。話者と世界の関わりを、話者が統一してつかんだとき、それが「こと」である。人にとってこの世界は、動き、生き、響きあい、輝き、生まれ死に、興り滅びしている。それを人は「こと」としてつかむ。

山の光景にわれを忘れ、職人が制作に没頭し、全精神を傾けて仕事に打ち込んでいるとき、人は「こと」のうちにある。そしてわれにかえり反省が生まれる。そのとき体験した「こと」を言葉にする。こととしてつかむ行為は、ものの生きた事実から、名づけられた言葉への転化であり、ものとの直接の出会いから、人の考え方、つまり概念としての把握へ転化する。これが経験である。事実としての存在が本質としての存在に転化する。「こと(の)は(端、葉)」としての「言葉」に現実化する。

ことそのものは言葉にならない。ことそのものは、有為転変する世界をこととしてつかむ行為の土台であり、その前提である。人はこれを神としてとらえてきた。「みこと(御言)」は神の言葉であった。今われわれはこれを「こと」そのものでつかむ。ことは直接に知るものであり、名づけるものではない。「こと」が、ものからものへ、あるいはものから人へとどけられ、新しいものが「なる」。

ことわり

こと(言)をわる(割る)ことにより明らかとなること。こと−を−わって人が知った−そのもののこと。ことをわって開かれたより深いこと。これがことわりである。

「こと」は、生々流転する世界を一つのまとまりで切り取りつかむ作用によって得られる内容そのものであり、したがって「ことわり」は、つかんだ「ものの道理」、ものに内在する道理を意味する。ものは人の意のままにはならない存在であるがゆえに、ことわりは人の力では支配し動かすことのできない条理、すじ道、も意味する。

ことを割ることは人が生きてゆくことそのものである。生きてゆくことはいずれにせよ一つ一つの困難と向きあっていくことである。「もの」としてとらえられた人生の厳格さを聴きとり、それを自己の生き方に表す、それが「ことを割る」ことでである。人生とはことわりの人生だということもまた、人生の厳格さである。

世界はいきいきと輝き運動を続けている。人もまたこの世界のなかでいっとき輝きそして生を終えてものにかえる。そのいっときを「いのちある」ときという。いのちあるとき、それを生きるという。人が生きる内実は、「こと」の内に入って「こと」をつかみ、人生を動かしていくことである。この営みを「ことをわる」という。人生とは「ことをわる」営みそのものである。

里はことをわるところであり、ことわりの智恵をつたえるところでもある。

いきといのち

「いき」は「おき」の母音交換形。「おき」は「おく(起く)」の根拠である。ものがおきるのがいきのはたらき。ものがおきるのはそれが生きているからである。

「いのち」の根源を「いき」という。これが「生き」と「息」に分かれた。「生きる」は「いき」がはたらく状態に「いる」ことである。いのちとは、ものともののことと、さらにものがことにしたがってはたらくいきが一つになる場である。いのちをいのちとするこの根元的な働きがいきである。

いのちの「い」は食べ物。「の」の動作形は「ぬ」で大地(「な」)からものを得ること。つまり「いぬ」は生きるうえでの糧を得ることであり、その行為がなされる場であり、またその行為の主も表す。このように[in]は「いね(稲)」、「いのち(命)」、「いのり(祈り)」などに共通の不変部。「ち」は「霊(ち)」とも書かれ、手の行為を起こさせる大元を示している。

ものが糧を得て生成発展することが、生きるということであり、このときそのもののことを「いきもの」という。いきることの根拠としてのはたらき、それがいのちである。

いのちはものの一つの存在形式。「もの」が「いき」により「いきもの」となる。そのことを「いのち」という。「もの」が「いき」を根幹にして「もの−こと−いき」の三位一体構造において存在するとき、この存在を「いのち」という。生きものを生きものたらしめる根源的な力。

「いのち」は近代にいたり再発見される。ものを生産し価値を生み出す労働の源泉としての「いのち」である。近代になって再発見された「いのち」を普通は「生命」という。そして「ひと」もまた再発見され、それが「人」である。

「いのちある」というその「いのち」そのものはことばにならない。世界が、動き、生き、響きあい、輝き、生まれ死に、興り滅びしている。それはいのちの発現である。人がいのちあるのもまたいのちの発現である。人が生まれ、そして帰っていく大元であり、人にさちを贈る大元でもある。

いのちは深い。いのちの発現は、つねに、ことをわるはたらきという形でおこなわれる。それが人の存在の基本構造である。

人のいのちがはたらくとき、そのところで、ことは言葉となる。いのちは、ときであり、世界の輝きであり、世界の意味である。ものはたがいにことわりをやりとりしている。つまり、ともにはたらく場において「ことわりあう」。「語りあい」、「語らい」である。ものが語らう、これが世界である。ものが語らい響きあうとき、そのことそのものとしてことわりはひらかれる。

ものの内部の語らい、もののあいだの語らい、この語らいこそが内部からことを明らかにする。語らうことによってものはより高くまた広いところに立つ。問題自身のなかから解決の道を見いだすことができる。人もまた、語らいによって、独りよがりな思いこみから解放される。語らいこそ世界を動かすちからである。

人が生きてはたらくことは、ものとひととのことわりあいそのものであり、世界との語らいである。人がこの世界で一定のあいだ生きること自体、ことわりである。いのちあるものとしての人は世界からものを受けとり生きる。それがはたらくということである。直接のもののやりとり、つまり直接生産のはたらきこそ、いのちの根元的なはたらきであり、その場でこそもっともいのちが響きあい輝く。人と人はことをわりあい力をあわせてはたらく。つまり、人は語らい協同してはたらく、つまり協働することで人になる。

田をかえす

たみ

「たみ(民)」の言葉こそが本当の「こと」である。つまり「まこと(真言)」である。その根拠は「民」が働く人であり、実際に自然と交わる人であり、人が存在する形そのものだからである。民[tami]は万葉集にも出る古い言葉であるが、 「田−人(臣)」「た−おみ」から来ているのではないかと考えられる。田で働くものをいう言葉である。

「田」とは何か。「た」は「たから(宝)」、「たかい(高い)」、「たかい(貴い)」などとともに、「たか」を共通にする。「たか」は「得難い立派な」を意味した。「田んぼ」は泥田、水田を指す。紀元前九〜十世紀の頃、タミル人が日本列島にもちこんだ技術である。稲作そのものは縄文時代から行われていた。タミル人がもちこんだのは技術としての水田耕作である。栽培されたいなそのものは在来種であったかも知れない。水田でない耕作地は「はた(畑)]というが、後に「田」は乾田も意味するようになった。

「たがやす(耕す)」は、「もの」のできる「場」である「田」を「返す」ことによって、ものがなるようにすること。「たかへす」が古形、「田を返す」から来る。作物を作るために田畑を掘り起こし、すき返して土を柔らかにする。

人の営みとは、場を耕すことによってものが成るようにする、ことである。人は「もの」を直接には作らない。「田」を返すことによって豊に「なる」ようにする。「耕す・人」と「場の・田」とそして「そこになる・もの」の三者の相互関係が労働、ひいては人の営みの基本的な型である。民とは「耕す人」である。

民は問う人でもある。

自己とは何か。世界とは要するに何なのか。いのちとは何かか。自己のいのち、いのちの深まり。ひとりひとりのいのちと、大いなるいのちは、どのようにつながるのか。問いをかかえて、人はどう生きるか。人生の意味はどこにあるのか。人は自己のために生きるのか。人のために生きるのか。

まず問うことである。問える人になることである。問うことが人としての自立の一歩である。現在を転じることは出来るのか。不安、有限、死、世界の無意味を越える道はあるのか。そもそもなぜ越えねばならないのか。さらにまた、この輝きの覆われた世界の現実を転換することは可能なのか。

人がかかえてきた存在の不安と、今日の世界の閉塞とは、どのようにつながっているのか。あるいは別々のことなのか。宗教の経験、社会主義の経験はいかに生かされうるのか。問いがあることは転換が求められていることではないのか。必要性は可能性の根拠ではないのか。あたらしい智慧、あたらしい枠組みは可能なのか。

また、民はまた聴く人でもある。

人が生きていくのは、実に難しい。多くの悔恨と苦しみをかかえていかなければならない。それが人生というものである。人の歴史はこのような苦しみの連続であった。いつの世も、一部の人にのみ都合よく大多数の人には苦しみの連続であった。また、なぜ自分にこんな理不尽なことが起こるのか。何か悪いことをしたというのか。こんなこともまた、つねにあり得る。

一方、人はその本性として「人としてよく生きたい」と願う。価値ある人生を実現したいと考える。しかしまた、「自分は何の価値もなく、いてもいなくてもいい人だ」と思いこみ、引きこもったりあるいは自死したりする人がいる。これは大変難しいことであるのだが、他の縁ある人から見て、なくてはならないその人の意義というのは、じつは己を空しくして人のために尽くそうとするなかでしか実現しない。「自分は価値のない人だ」と考えることのなかには、未だ自己への執着がある。

大いなること

人が考えるということは、結局はいかに生きるかを考えることだ。人は、自らの仕事として何かをしようとする。何をなすべきかを知らんがために考える。考えたことを次に伝えていく。今日が転換を準備するときであることはまちがいない。ならばやはりこれしかないではないか。言葉によって言葉の限界にいたり、越えよ。無限の向上、ここに人生がある。

人の存在は、大いなるいのちとしての大海に現れたひとりひとりのいのちのとしてのさざ波のような面がある。縁によって起こり、また消えまた起こる。しかしこのさざ波はかぎりなく貴い。さざ波の一つ一つがかぎりなく貴いのはそれが大海のさざ波だからである。大海のいのちの事実であるがゆえに貴いのではないか。

問いを立てること自体は、世界を言葉でつかもうとすることであるかもしれない。分節はあくまで切り取ってつかむためのものであり、切り取るという営為によってつかめることは本体の影にすぎないかもしれない。分節される以前のこの大いなることを直接につかむことが出来るのか。その道への問いかけをつねに考えていなければならない。分節することは、この大海をいろんな側面から見ることなのではないのか。大海を自覚すること、あるいはこの大海を分節することなくそのまま飲むこと、その道があるのかないのか。

この大海をいまは「大いなること」といおう。すべてはこの大いなることのうちにある。生も死もすべてはこのことそのものである。ここに心を落ち着けよ。それはかぎりなく懐かしい。このような智が人には備わっている、といえるか。

新石器革命のときから、人はこの大いなることを忘れ、このことから離れた日々を送ってきた。しかしまた一万年の変化転移を生み出してきたのもこのことである。このことを無意識に閉じこめ日々を過ごしてきた。そして階級が生まれ、社会が生まれ、資本主義が生まれ、そしてそれは今日行き詰まっている。

このこと、それは悲であり、いのちであり、一つである。人は懐かしさとして、このことに向きあってきた。このこととわれらを結ぶのが悲の風である。このことからあふれ出た仏教は、現実に存在するやつねにこの世を支える俗に堕してきた。

今、言葉に出来ることは少ない。だが、この大いなることのうちにあって、分節しつつ大いなることを指し示す、そのような言葉を生み出してゆきたい。近代の壁を越える道はここにはじまるのではないか。

さち

人はいのちとして働き、ものと語らい、ものから生きる糧(かて)としての「さち」を受けとる。「海の幸」「山の幸」の「さち」であり、世界が人に贈るもののことである。「さち」もまた三つの側面をもつ。

「さち(矢、幸)」は「サツ(矢)」の転。矢という道具のもつ獲物を捕る威力、霊力。幸

日本語はタミル語に由来する言葉が多いのであるが、「さち」はそれより古く、おそらく縄文時代からあった言葉ではないか。この言葉を生かすことで、現代の生産というものを少しことなる観点から見ることができるのではないか。

人はものと係わり、もののことをわり、世界から生きる糧を得る。それが人のいのちのはたらきである。糧を得るそのちからが「さち」である。人々は心を一つにして一心不乱に働き、さちの力をその身に得る。田畑、山野、海原、工場、商店、学校等のあらゆる場において、耕す。そのとき世界は人々に豊かなものを贈り届ける。さちは何よりちからであり、働きである。

「さち」は、そのちからによって得られた糧そのものでもある。海の幸、山の幸、自然のめぐみ、このような直接贈られたものも「さち」なら、すべての作られたものもまた「さち」である。人がことをわり、そして贈られたすべてのものが「さち」である。命そのものとしてのたま(魂)が、見えないところにこもり、新しいものが現れるように、蚕が蛹から孵るように、稲穂が実るように、それまではなかったものが現れる。耕すことによっていのちがこもり、はじめてさちは「なる」。

「さち」を受けとる働き、それが人が世界に生きてあることの姿であり、世界の輝き、世界の響きあいそのものである。人はこのさちを、協同して働くことによって受けとる。さちを得て生きること、これが人がこの世界で生きることそのものであり、その実現は人の人たるゆえんの実現である。さちを受けとるとき、人は幸いである。それが人のいのちの輝きである。「幸い」とは、ものが成るはたらきが頂点に達し、内から外に形を開き、いのちのはたらきが盛んな様そのものである。

働くことは耕すことである。耕すのはなにも田や畑だけではない。職人がたくみに工芸するのも、旋盤工が職人技を見せるのも、自動制御の流れ作業のなかにおいても、やはりそこには耕す作業がある。人に教える仕事もまた、耕すことである。耕せば耕すだけ、必ずさちは人のものとなる。働くよろこびであり、生き甲斐である。さちはこのように本来、人に幸いをもたらす。

さちを奪う資本

ところが資本主義はそうではない。それはさちという言葉がとらえた人のあり方をおしつぶす。今日の世界の事実は、人は働いても「さち」を自らの手にすることはできず、働くことと人の「幸い」は切り離されている。

人が得た「さち」はそのまま人のものになるのではない。今日の世界は、人が働いて得る「さち」を奪い、同時に豊かにさちを生みだす環境を破壊する。奪われたさちは集められ富となる。富を得るものはますます富み、奪われるものはますます奪われ、奪いつくされる。そうすることでますます富を偏在させる。

人の働く力は、人が生まれ出たものの世界から人に贈られた力である。この力が今日の社会では労働力という一つの商品になっている。今日の資本主義の世界ではすべてが商品であり、商品でないものはない。労働力も商品である。この商品は、働くものが今日の社会で働らくものとしての自己と家族が命をつなげるだけの貨幣と交換される。労働力がものから受けとるさち、つまり労働が生みだす価値はそれよりもはるかに大きいのにも係わらず、かろうじて生きるだけの対価しか得ることはできない。それを超えるものはこの労働力を買い入れた資本家のものとなる。

富は再び生産を組織するために使われるとき「資本」となる。さちは人から奪われ別に蓄えられ「資本」として再び働きの場に戻る。しかしこのとき、その働きは最早人の働きではなく、さちを奪うための生産組織のなかに組み込まれた働きである。働く人にはその人が生きるだけのものが「貨幣」として与えられる。それよりもはるかに豊かなさちを生みだしたのに、それは人を豊かにしない。

資本主義のもとにあるのは「さち」を受けとる力としての「労働力」である。「労働力」は売り買いされる。その人がかろうじて生きるだけの価格でなされる。人は、それよりはるかに豊かな「さち」を受けとるのにそれは資本に横取りされる。

こうして、さちを人から奪い、「資本」を増やすことを第一とする制度、それが資本主義である。資本主義は協同して働く人を個別に切り離す。切り離して「さち」を奪う。本来、協同してははたらきさちを受けとることは世界の輝きであり、人が人であるあかしであった。しかし、資本主義のもとでこの輝きは覆われている。職があればあったで働くことは苦しみであり、職を失えば失ったでたちまち路頭に迷う。人が資本のための資源とされる。これが現代の労働の真実の姿である。

今日世界は、さちを奪い資本を増殖させますます肥え太る世界と、さちを奪われますますやせ細る世界とに、完全に二分された。さちを奪い資本として蓄えることを実現する基礎は、遠く新石器革命にさかのぼる。そのとき、さちを奪い操って増やす側の人と、さちを生みだす働きに従いながら、それを奪われる側の人との分裂がはじまった。資本の源もまたさちである。さちを奪われた人はさちを生みだし得ない。資本は根本的な矛盾に陥る。資本のあり方はもはやこのままではあり得ないところに至っている。


Aozora
2017-09-24