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内発的知、理学

   明治以来、日本国の大学は後発資本主義開発型であった。それは、個人が努力することで高等教育を受ける機会を獲得し、その高等教育を媒介にして個人の生活や社会的地位といった利益がもたらされるとともに、それが同時に社会発展であるとされ、そのような個人の努力を集約して資本主義を展開していこうとする社会体制である。このような大学は、非西洋後発資本主義国の大学に共通した特徴である。日本国では明治十年の東京帝国大学の設立、このような大学のあり方は一貫してかわらなかった。

   そこにおける知は外発的であり、内部に必然性を持たない。だが今日、西周にはじまる近代日本の大学の外発的な「知」は解体しつつある。「西洋を紹介する窓口」としての大学はもはや歴史的役割を終えている。日本国の大学は、時代の要求に応えられなくなっている。大学に思想はなく、膨大な情報と技術のみが蓄積されている。小学校低学年から大学にまで及んでいる学力の崩壊は、勉強への動機という主体の側からいえば、百年教育へと人々を動員してきた「立身出世、産業立国」がもはや人を動かす力を失い、それにかわる意義を見いだすことができない結果である。二十一世紀初頭の時期になって大学の根本的な改革が切実なものになっている。しかし,「改革」は根本において「産業立国と立身出世」のためにあった近代日本国の学問のあり方そのものを問題にし、内部から考えることの必然性を打ち立てないかぎり不可能である。

   訳の問題は単なる訳の問題ではない。明治維新のような革命期には、それまでその言葉のうちに蓄積されてきた智慧が、必然的に問題の行く末と方向性を決定する。philosophy をどのように訳すればよいのかという問題のなかに、革命後の日本国をどのように建設するのかという基本問題が凝縮して現れていた。当時の日本語の力では、 philosophy の内容にわけ入ることはできず、日本語の内部に根拠をもつことなく「哲学」をつくりだし、国家の力をもってそれを流布させるしかなかった。そして今、その途が行きづまっている。逆にこれは当時は未解決であった根本問題を解決するべき必然性と条件が生まれていることも意味している。そのゆえに、今日、この問題が現実の課題となっているのである。はじめにたち返って理学を建設しようとすることは、現在の条件の下でこの未解決問題に取り組もうとすることに他ならない。

   『ことわりの学・理学』は過渡的な言い方である。すべてを訓で言えば「ことわりのまなび」である。すべてを音で言えば「理学」である。日本語には、「何々学」を意味するいい方は発達していない。この現実はふまえなければならない。「まなび」を意味の土台とし名辞として固定するため「学」とする。そのうえで、当面は「ことわりの学」、「ことわりの学・理学」、「理学」などを用いる。

   「ことわり」は「こと」と「わり」からなる。「こと」はもっとも基本的な日本語であるが、人間が固有の言葉で世界をつかんだ内容そのものである。ことが音声や文字となって現実化したものが、ことばである。言いかえれば、ことの現実のあり方(現実態)がことばである。ことばは本来は「こと端(バ)」であり、「軒端」が軒の端とさらに軒に近い空間を意味するように、ことと現実とが触れあう領域でのことの顕れを意味する。同時にことばは「ことの端」や「ことの葉」、つまりことが言われたり書かれたりしたものとして「ことの現実態」をあらわす。「こと」は「こと−の−は」として具体化するとき、言葉となるのであり、言葉を意味あるものとしている本質、内容を指し示す。動詞「わる」の行為を表す名詞が「わり」である。「ことわり」は「こと−を−わって現れる−そのことを成り立たせているより深いこと(原理、道理、法則、などに分化する)」であり、「ことをわる」とは「こと」の本質を究明することである。

   人間の考えるという行為を「ことわり」としてとらえるなら、それは西洋語にも通じるものであり、人間のある普遍的なあり方を端的にとらえることができる。

   「ことわり」は簡明にする必要に応じて「理」と漢字で書き表す。「はたらく」や「ひらく」もまた必要に応じて漢字で書き表す。「理学」と書くときは「りがく」と音で読む。ことを割って考えられた内容が「理学」である。

   「ことわりの学」である理学は、ことわりの言葉の世界で、言葉の土台を耕しはじめる。その試行過程を印したもの、それが『理学草稿』である。『構造日本語定義集』と往還しながら「日本語で世界をとらえ直そう」とする。つまり、『理学草稿』で言葉を耕しそれを『定義集』に反映させ、逆にまた『定義集』で定義した言葉をもとに『理学草稿』を進める。このような営みを積みあげる。これを当面の方法とする。

   この試みは内容において中江兆民の理学を受け継ぎ、「人民たるもの少(すこし)く考えることを知れ」との中江兆民のこころざしと提起を正面から受けとめるものであると確信する。

   現代世界の非人間性を、人間の主体的側面から考えるなら、それは、人間を人間として成立させている固有の言葉の価値と意味の喪失である。現代日本語の問題は、明治以来の近代化、つまり資本主義化の結果であり、近代化をこのような形で受けとめた日本語を固有の言葉とするものの主体性の問題である。これが、西洋近代それ自身におよぶ近代そのものの本質なのか、西洋近代に由來する知と固有の実感が分裂して並存する日本語世界のことなのか、それもまた考えるべき問題で、その構造の解明はなされていない。

   理学はことわりの学として、言葉にこめられた智慧を掘り起こし、現代の協同労働の実践、つまりは現代という時代の求めによって豊かにし、学としてまとめることである。智慧をまとめあげ、現在の問題によって豊かにし、次代に引き継ぐ、これが理学である。理学は、根本において人がいかに生きるかの智慧に他ならない。生きるための智慧の結晶であり、すべての学問の土台である。したがってそれは、「学」に自己目的化された「学のための学」ではなく「生きるための学」である。現代日本国の大学の「学問」はいくつかの例外を除いて自己目的化された「学のための学」でしかないといえる。「理学」のめざすところは、この現実の変革である。

第一、
近代日本語の黎明期に「理学」をとろうとした先人のこころざしを継承し、日本語の理に立脚して考えた少数者の営みを深め、「ことわりの学」として「理学」を復興する。それは、人間と世界をあらためて固有の言葉としての日本語でとらえ直すことにまでたち返らないかぎり不可能である。「ことわりの学」として「理学」を復興することは、人間と世界を、自らを人間としている固有の言葉でとらえ直すことであり、そのことは日本語を固有の言葉とするものが、今日だれの目にも明らかなこの現代の荒廃の中から再び立ちあがって、考え生きていくうえでの土台を築くことである。
第二、
言葉に蓄えられた「生きる智慧の結晶」として理学を復興する。西洋の「学」はギリシア時代に労働を奴隷に任せた貴族の「知」として成立した。生きる現実からの遊離は、キリストの神の前の真理として「真理」それ自身を自己目的化することによって正当化された。この「労働」と「知」の分裂は形を変えて生き続けている。「生きる智慧の結晶」として理学を復興することは、この二分法から自由になって、協同して働くことにおいて生きることと考えることを統一し、智慧を磨いていくことに他ならない。理学は、学問と智慧の対立を乗り越える。
第三、
固有性を深く耕して徹底し、固有性を突き抜けた生きた普遍性をめざす。言葉のなかに蓄えられてきた智慧は、それが直接の生産を土台にする生きた人間の智慧であるかぎり、十分に掘り起こされたならば必ず通じあえる。人間はわかりあえる。西欧文明が押しつけた疑似の普遍性ではなく、固有性が解放された人間の生き生きとした普遍性は可能である。固有性が互いを認めあって共存するところ(場)としての普遍性は可能である。しかし、それを現実の世界で実現していくためには、膨大な努力の蓄積と、現実のちからが不可欠である。

   以上は日本語だけの課題ではない。それぞれの言葉を固有の言葉とするものが目的意識をもって言葉のなかに蓄えられてきた智慧を掘り起こし、現代に甦らせ、これからの言葉の土台とすること、これが必要である。それはまた、西洋語自体を相対化することである。新しい段階の「学」のあり方の問題である。このときに大切なことは、実際に明治初期に試みられ、その後捨てられた中にあった可能性を掘り起こし、継承することである。

   この百年間、それでも大学では多くの知的な営みが積みあげられてきた。日本国の大学が歴史的役割を終えているということは、その営みを清算するということではない。新しい枠組みのなかで継承すべきを継承するということである。その基準をうち立てることである。それ追求することはまた、閉塞し行きづまった今日の日本語の知的世界を打破するうえで、いささかの意味あることである。

   二十一世紀を迎えた今日、日本国は完全に閉塞しつつある。これは必ず大きな崩壊に向かう。しかし、破壊なくして建設なし。多くの困難が伴っても、徹底的に破壊される方がいい。たとえ困難でも前途のある道を歩むことができる。破壊のなかから建設されるべきものは、固有性と普遍性が統一された人間の生きる場である。ことわりの学・理学は、この時代に、個別の日本語を深く耕すことをとおして、それをめざす。今は、そのための考え方の準備である。


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