【文明(ぶんめい)】
■人はみな、互いにつながりたすけあい、力をあわせて耕して、実りを受けとる。そのありさまは時代とともに変転する。それを特徴づけるのは、人間がこの世界からさちを受けとるその方法である。それを技術という。技術の形式によって画された世のあり方を文明という。
生物は生命を維持し、個体を再生産することで生命である。人間は一定の範囲の人が互いに協力して、協同の力で自然に働きかけることで、人間を再生産する。その人間諸関係が生産関係である。文明とは、技術の発展段階によって特徴づけられる生産関係の総体である。文明の歴史は基本的に技術の段階で画される。
人は火を自らのものにした。人間が社会を形成する生物となるうえに、火と言葉の獲得は決定的であった。火の獲得は、人をして協同して自然からさちを得る生命とし、この協同の労働が言葉の源となった。まさに、人にとって火は根元的なエネルギーであり、言葉は本質的な方法である。人間は、火という根元的なエネルギーを獲得し、言葉という方法を獲得することによって、はじめて人間となった。火と言葉の獲得は人をして人間たらしめる本質的なものであり、文明の始まりであった。
人間が自然から生命の糧をえる方法は基本的に技術の水準に規定される。物質的生産と人間の維持再生産としての生活の方法は一定の段階の生産関係のなかで変化し発展し、新たな技術の段階の必要にあわせて、新たな生産関係が創造されていく。
◆文明において人間を組織し、実際にその文明のなかでの人間生活を実現する形式が文化である。同じ文明のもとで、いくつもの文化があり得る。文明には普遍性があり、文化には固有性がある。
文明は静止的なものではない。またどの水準で区分するかもまた、諸説あり得る。例えば、新石器文明、青銅器文明、鉄器文明。現代もまた大きくは鉄器文明のもとにある。さらに細分して、石炭・石油文明、原子力文明、情報化文明などの特徴づけが可能である。
世界の交通手段が限定的であった段階では、文明もまたいくつか併存してきた。二十一世紀となった時点で、西洋に端を発する文明が世界を覆った。西洋文明は普遍化し、地球を覆う一つの文明となることで、人間の文明となった。
この文明は原子力の制御と情報化技術によって特徴づけられる。その文明の基本的な方法は数学である。数学は現代文明の方法である。実際、現代の文明では、あらゆるところで数学が基本的な方法として用いられている。情報機器、交通手段、建造物、すべて数学なしには設計もできず建設もできず、運転もできない。つまり存在しえない。また、あらゆる経済活動は数をもとにおこなわれ、数学なしに生産活動を組織することはできない。
現代文明はあらゆるものを形式化しさらに数字化してつかみ動かそうとする基本的な傾向をもっている。人間がこういうものだと認識した、つまり言葉で分節したあらゆるものに番号を振ろう(コード化しよう)とする。同時に現代文明は原子力を制御しようとする文明である。情報技術と原子力の制御は相対性理論と量子力学に基礎を置いている。
それがいいことであるとか人間性に反するとかいう議論以前に事実である。世界を数学化してつかもうとする基本的な方向性を現代文明は持っている。この基本における仕方こそ、文明の方法としての数学である。数学を基礎として現代文明は成り立っている。
1996年に米ハーバード大学のハンチントン教授が出した本『文明の衝突』では、欧米(西欧)文明が衰退し、中華(中国)文明などが台頭して欧米をしのぐとか、米中戦争が起こりうるといったシナリオが書かれている。この本は、欧米文明、中華文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明(インド)、ロシア(東方正教会)文明、ラテンアメリカ文明、日本文明など、今日の世界にいくつもの文明があるように書かれている。
しかしそれは正しくない。文明とは技術が規定する人間社会の有り様であり、今日の世界では西洋にはじまる文明が全世界を覆っている。第一次世界大戦まで、世界には複数の文明があった。コロンブスに始まるスペイン帝国は、マヤ、アステカといった中南米の文明を侵略して滅ぼした。欧州で産業革命が始まるまで、中国は欧州よりずっと豊かで、中国には欧州にない高度な技術やシステムが存在していた。当時の中国は「中華文明」であった。産業革命で欧州が強くなり豊かになった英国が、アヘン戦争で中国を破って植民地化し、第一次大戦でオスマントルコを滅ぼしたことにより、世界の文明は西洋文明に単一化された。これは避けがたい事実であり、今日むしろこの西洋文明において近代日本や現代中国はそれをより一般化し普遍化した。
文明は英語では civilization と肯定的におさえられる。しかしわれわれの文明観からすればそれは肯定も否定もない現実の歴史段階である。そしてその文明のもとにおける人間の生きる型が文化である。文明は単一化した。この文明のもとで人間がどのように生きてゆくのかという問題は文化の問題である。人間はつねに、ある文明のもとで生きている。そこで生きるうえでの具体的な形を与えるのが文化である。文化は歴史的に形成された固有性をもっている。文化は一定の広がりをもつ。文化をどの段階でとらえるかによってその広がりも変わる。