書庫

草の根の数学の協働の場

  私は,数学のテキストやプリントをすべて,いわゆるテフ(TeX)形式で書いてきた.TeXに関する一連のソフトは,テキストファイル上に TeX 形式で書いた数式などを含む文書を,そのままで一定の画像ファイルや PDF ファイルに変換するソフトである.もともとは英語圏で作られたものであるが,それをもとに作られた LaTeX が,他の言語の文字もおくことができるので,日本語に数式を混在させた文章をもとに簡単に作ることができる.
  このように,TeX での文書を蓄積しはじめた頃,ウェブ上にさまざまのものが置かれる時代となっていった.そこで,TeXで書いた高校数学を掘り下げたものをウェブ上に置けないかと考えた.
  そのときに,TeX 文書を html 文書に変換する latex2html に出会った.これは,数式部分だけを GIF または PNG の画像データにして,地の日本語文のなかにはり込み,html ファイルを作るものだ.こちらで定義した LaTeX のマクロも解釈してくれる Linux 上のソフトである.こちらのパソコンを区切って,日本語に対応している Vine Linux も置き,この上で html 制作のための変換を行った.こうして,1999年初秋になってウェブ上でホームページ『青空学園数学科』の制作と管理運営をはじめた.
  さらに,2016年の途中に MathJax に出会った.各 html ファイルの冒頭に必要なことを記しておけば,ネット環境にあるところでは,MathJax をウェブページコンテンツと一緒にダウンロードし,ページ中の数式マークアップを走査し,数式を組版する.したがって,MathJax は読者のシステム上にソフトウェアや追加フォントをインストールする必要はない.これはモバイルデバイスを含む JavaScript に対応したあらゆるブラウザでの動作を可能にする.
  青空学園数学科のそれぞれの制作物は,すべて PDF ファイルにもなっている.PDF ファイルそのものは Tex ファイルから直ちに作ることができる.そしてそれは各制作物の冒頭のベージにリンクが貼られ,そこから入手できる.html ファイルで概略をつかみ,必要なら PDF ファイルでじっくり読むことができる.
  2000年の頃から,Tex の元原稿,html ファイル,PDF ファイルなどを CDR に焼いて実費で配布することをはじめた.これまでにおよそ300人から申し込みがあり,送った.申し込みメールではいろいろ激励の言葉もいただいた.
   
  青空学園数学科は基本的に次のような内容で構成されている.
   
  高校数学の方法
  高校数学の考え方を系統的にまとめる.それはすなわち高校数学の方法論である.高校数学では方法論が意識化されることは乏しい.それで,方法論を体系化し,問題を前にして方法を考えることが定着することを目指した.そしてそれを次の章立てで行っている.
   
  ○問題を解く:数学の問題/問題の形式/解ける根拠/解答の条件
   問題を解くとはどのようなことであるのか,それを再確認する.
 
○糸口をつかむ:記号の導入/条件と結論の分析/関係の図示/個別と一般
   どのようにして解を見いだすのか,その糸口をつかむために問題をどのように分析するのか,それを考える.
 
○論証の推進:場合分け/必要と十分/数学的帰納法/間接証明と背理法
   何を点検しながら論述を進めるのか,論述が正しいか否かをどのように点検するのかを考える.
 
○構造の分析:図形とは何か/不変な関係/帰納的定義/存在の証明
   問題を組み立てている構造をつかむことで,体系的理解を深める.
   
  この方法論にしたがって,現実の具体的な数学的現象や入試問題を掘り下げ,そこから一般化し普遍的な構造を見出してゆく場として,幾つかの枠組みを立ててきた.
   
  問題研究
  次のようにいくつかの切り口から,問題にいかに向きあうかを示して来た.
  問題研究:入試問題の良問を紹介し,それを深めることを続けてきた.
  別解研究:一つの問題に対して次のようなことを追求しようと呼びかけ実践してきた.
  \begin{enumerate} \item[1)] 与えられた条件をよく考え, まず,かならずこうやればできるはずだという方法を追求する. まずは少々下手でもかならずできる普遍的な方法を考える. \item[2)] そして一般的に解くことを試みる. まず問題を一般化してみる. 変数の個数を $n$ にする等だ. あるいは条件の一部をはずしてみる.一般化しても成立しそうだと見当をつけたら可能なかぎり一般的な場合にも通用する方法を考える. \item[3)] そのうえで別解を試みる.よりよい道具はないか.発想を変えた別の方法はないか.問題のとらえ方を転換できないかなどを考える.それ自体が問題をより深くとらえることである. \end{enumerate}
  新作/原型問題:歴史的に有名な問題の紹介,入試問題の一般化などを荒削りなまま適宜載せてきた.これらは問題の原型で高校生のための演習問題としては整っていない.しかしそれだけに考えるおもしろさがあることを示してきた.
   
  数学対話
  高校数学とその地続きな周辺を探索し,大学初年級のあたりまで足を運ぶ.具体的な問題から始めてそれを一般化し,体系化してつかむ.勉強したことをサイトにあげ,自らもそれを客観的にとらえる一助とした.
   
  基礎分野: 量と数/自然数と数学的帰納法/実数とは何か/数列の極限とeの定義/複素数の構成/方程式と恒等式/関数と数列/座標の方法/ 計量ということ/定積分の定義/確率論の基礎/命題と条件/対角線論法と不完全性定理/ラムゼー型定理
   
  代数分野: 三次方程式/四次方程式/ラグランジュの試み/1の17乗根/スツルムの定理/原始多項式/チェビシェフの多項式/整式の整数論/終結式と不変式/一次変換を見る/線型代数の考え方/ (数列):二項間漸化式/三項間漸化式と行列の累乗/カタラン数/ムーアヘッドの不等式とその応用/単位分数のエジプト分数による下からの近似
   
  幾何分野: フェルマ点/シュタイナー楕円/包絡線/根軸/九点円の不思議/反転と円環問題/デカルトの円定理と一般化/重心座標/特別な四面体/線型幾何と四面体/十二点球と一般化/円錐曲線・二次曲線/パスカルの定理/パップスの定理/デザルグの定理/ポンスレの定理
   
  解析分野: 生成関数の方法/微分方程式とは/相加相乗平均の不等式/凸関数と不等式/オイラーの公式/縮閉線/ 代数学の基本定理/円周率を表す/ζ(2l)を関・ベルヌーイ数で表す/素数の分布/光線の包絡線/懸垂線と双曲線/惑星は楕円軌道を描く/最速降下曲線
   
  さらに,これらをふまえて体系化してゆく実践として,次のものが制作中である.
   
  数論初歩   高校数学とのつながりをつねに視野に入れつつ,有理整数範囲の古典数論世界に遊ぶ.
   
  数論の基礎:自然数/整数/約数と倍数/一次不定方程式/素数
  剰余類:合同式/オイラーの関数/1のn乗根/フェルマの小定理/原始根と指数
  相互法則:平方剰余/平方剰余の相互法則/いくつかの別証明
  除法のできる環:ユークリッド整域/多項式環/ガウス整数環
  連分数:一次不定方程式と連分数/二次行列と実数の連分数展開/連分数と格子
  ペル方程式:解集合の構造と解の存在/連分数による解の構成題
  素数分布:素数の分布とは/素数が無数にあることの別証明/素数分布の探求/素数定理
  存在と構成:自然数の構成/整数と有理数の構成 
 
   
  解析基礎
  高校微分積分の全体構造がわかるように再構成する.
   
  解析学の歴史/高校の解析学/人間を育てる
  集合と公理:集合の概念/対応と写像/集合と公理/整数の公理
  実数の構成:連続の公理/数列の方法/切断の方法/二論は同等
  関数の概念:無限級数/連続関数/一様連続/初等関数
  微分の方法:微分可能/微分計算/関数解析/高次微分/級数展開
  積分の方法:積分可能/基本定理/積分計算/広義積分/古典測度
  次元の拡大:多次元空間/不動点定理/陰関数定理/微分と幾何/多次元積分
  微分方程式:解の存在定理/二階線形型
  惑星の運動:物理法則/運動方程式/面積速度/楕円軌道
 
   
  幾何学の精神
  パスカルの『円錐曲線試論』の読解と射影幾何の公理的構成を行う.
   
  円錐曲線試論:本文/訳文/読解/証明の試み/パスカルの方法
  射影幾何:射影幾何の公理/射影幾何の構造/射影変換と複比
  二次曲面の定義:パスカルの定理
  幾何の展開:ポンスレの定理/非ユークリッド幾何/代数幾何へ
   
  読書会
  青空学園数学科では,メーリングリストを活用して,読書会も行ってきた.メーリングリストとは,登録者全員にメールが送られるものである.本読書会の全メールと,投稿された画像ファルを圧縮ファイルで残している.
   
  ■『数論読書会』は2005/1〜2008/3で一通り読み終えている.
   (1)『ガロア理論』(J.ロットマン著,関口次郎訳,Springer-Verlag 東京)
   (2)『代数幾何入門』(上野健爾著,岩波書店)
   (3)『数論I Fermatの夢と類体論』(加藤和也,黒川信重,斎藤毅著,岩波書店)
  ■『曲線と曲面の微分幾何』(小林昭七著,裳華房)は2003/5〜2004/5で読了した.
  ■『群の発見』(原田耕一郎著,岩波書店)は2002/6〜2003/5で読了した.
  ■『解析概論』(高木貞治著,岩波書店)は2000/6〜2002/3で読了した.
   
  このようにやってきて,もう20数年が過ぎた.ここ数年,ネット上には数学を解説したブログや動画チャンネルが増えているようだ.すべてを見ることはできていないが,しっかりと理解できるように分かりやすく解説しているサイトも少なくないようである.
  しかし,一つの話題ごとの解説が多く,体系的な解説がなされていても,教科書のままの説明であったり,せまい範囲に限定された説明であることが多い.それは始めてから数年であれば仕方ないことであるが,優秀な若い人らが制作物を更新しその内容が向上することを心から望む.
  青空学園数学科でも,更新を怠らず,体系も深めてきた.具体的な問題からはじめて,対話形式で問題を深め,一定の深まりを得て,体系的記述にすすむという方法で一貫してきた.
  当面,青空学園数学科が存在する意義はあると思う.高校数学を体系的に学びたい若い人や,生涯学習の一環として体系的に学びたくても,優れた先生や書物に出会う機会に恵まれない人もいることだろう.あるいは,名の知られた書物を手に入れても一人で読むのは難しいという人もいるだろう.そういう状況は,青空学園をはじめた20数年前も,数学サイトが増えた最近も,あまり変わっていないと思われる.
  ネット空間は,都市や地方などの隔てなく開かれている.青空学園数学科を,まさに「草の根数学の協働の場」として,いのちあるかぎり続けてゆきたい.