next up previous 次:「わかって,にっこり」が授業の原点 上: susemi0606 前: 青空学園数学科

読書会の楽しみ

2000年5月に『解析概論』(高木貞治著,岩波書店)の読書会をはじめることにしました.数学をもう一度勉強したいと思いながら,その機会がなく,そのままになっている人は決して少なくないはずだ,そんな人と何か本を読むことが共有できれば,と考えました.

どのような方法をとるか.当時,インターネットが普及しはじめ,メーリングリストが利用できるようになっていました.各自がメールアドレスを登録すれば,サーバーに送ったメールが登録者全員に配送される,それだけの仕組みです.

数学関係の掲示板などで呼びかけ,本誌の「数セミ掲示板」にも載せてもらいました.10人も集まればはじめようと考えていました.しかし反響は予想以上で,2000年のうちに70人,その後,毎年新しい人が参加し,現在は400人を超える人が登録しています.

 

『解析概論』を読む

こうして『解析概論』読書会ははじまりました.『解析概論』の第1章は「基本的な概念」で,それを補うものが附録Iの「無理数論」です.これを同時に読むことからはじめました.「無理数論」は,実数を切断によって構成しながら,積を収束数列を用いて定義し,それが「得策」であるとしています.議論のはじまりはこのことに関したKさんの投稿でした.

これで俄然,議論が盛り上がりました.定義の内容に対する疑問や意見,このような定義を考えること自体に対する議論などが飛び交い,議論が錯綜してきたので,途中でまとめを入れました.

実際にKさんの定義を実行して,報告もしました.

また,いわゆる「アルキメデスの原則」は『解析概論』では歴史に従いアルキメデスの求積法のところに書かれています.私は,実数論を議論するなら最初に議論すべきと考えたので,次の問題を提起しました.

これに対してもいろいろな議論が続き,しばらくおいてGさんからつぎの返答がありました.

一応これで議論は落ちつきました.解析の準備として実数の構造を学ぶはずだったのが,「実数論の構造」に深入りして議論がやや難解になりました.進行役として,解決したことと未解決のことを確認しつつ2章に進み,計算にも力を入れるようにしました.こうしたやりとりを重ねながら章末問題をすべて解いていったのです.2000年6月から2002年3月にかけ何とか読み通しました.

これらの記録はすべて現在もウェブ内で公開されています.興味をもたれた方は登録のうえご覧ください.この読書会は,「終わった議論をいつ蒸し返してもよい」ということでやってきています.新たに読まれた方からの疑問・反論・誤りの指摘,大いに歓迎です.

最近になっても「学生時代,何回もつまづいて,あきらめてしまった.人生の終わりに近づき,一歩でも前進したくて『解析概論』に挑戦します」と自己紹介をして登録する人がいます.まことに『解析概論』は日本の数学書の古典だと認識を新たにしました.

それからの歩み

『解析概論』の次に何か読みたい,解析の後なので代数がいいという意見が多く,『群の発見』(原田耕一郎著,岩波書店)に進みました.その次は幾何,『曲線と曲面の微分幾何』(小林昭七著,裳華房).それぞれ1年をかけて読みました.『解析概論』以来ずっとこの読書会のメンバーであるMさんは,この間の歩みをふり返って次のように言っておられます.

ここに,数学の専門家でない社会人にとっての,数学書を読む意義と楽しみがあります.

『曲線と曲面の微分幾何』を読む頃は仕事のほうが忙しくなり,時間を割くことができなくなりました.私は当分休みたいと思い,次の呼びかけがなかなかできませんでした.しかし,読書会を中断すると何か落ち着かない.ここは原点にかえって,自分が読みたい本を読もう.その頃, 『数論I――Fermat の夢と類体論』(加藤和也,黒川信重,斎藤毅著,岩波書店)が出版されました.青空学園数学科には『数論初歩』というタイトルで有理整数論の入門を用意しています.それ以外の準備として,『ガロア理論』(J.ロットマン著,関口次郎訳,シュプリンガー・フェアラーク東京),『代数幾何入門』(上野健爾著,岩波書店)を読み,続いて『数論I』を読もうと提案しました.2005年の1月,半年ほど休んだ後のことです.

2006年に入り,いよいよ『数論I』に進みました.この段階になると,さすがに投稿者は多くありません.草の根のささやかな取り組みですが,楽しみながら,ゆっくりと進んでいきます.あちこちにいろいろな読書会ができて,互いに助けあえればいいと思います.