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二つの方法

『円錐曲線試論』にある方法

パスカルの文書を読解し,パスカルの定理とそれから派生するいくつかの命題について日本の高校の数学を大きくは超えない範囲で証明した.その証明をいくとおりにも作った.これによって彼がどのように考えていたのか,およそわかってきた.

しかし,もちろんそこではいろんな問題をそのままにしている.例えば,複比の方法でパスカルの定理を証明した.またそれを円の場合でのみ証明したところもある.円の場合に証明すればよいという根拠は,任意の二次曲線は射影によって円にうつり,直線が共点であるとか,点が共線であるとかいう性質は射影によって不変であるから,円の場合に証明できれば一般の二次曲線でも証明できる,ということであった.

ここに射影幾何がはじまるのであるが,しかし射影によって長さという概念は意味を失う.にもかかわらず,複比という長さの比! を使った.論理的には,円の場合はこれを距離空間におき,それによって複比を用いて証明し,それが射影的な内容で射影によって変わらないことを確認すればよい.円の場合の証明にかぎり,距離で定義される複比を用いたのは,方法としての一貫性に欠ける.

複比を長さという量から独立に定義し,もっと一般的な証明が出来るような体系をつくる.これが19世紀の西洋数学の一つの問題であった.それが実行されるなら,これまで見てきた証明が新しい複比のもとで甦る.それが次章以下の課題である.

そのためには,17世紀のパスカルから19世紀への橋渡しがいる.幾何学的な直観を大切にしながら射影幾何の再構成をなしたのがポンスレである.一方,19世紀から20世紀初頭の射影幾何は,新たな非ユークリッド幾何の発見にも導かれて,公理を立てる方法で射影幾何の再構成を行った.

そのいずれにもつながる考え方が,実はパスカルの中に用意されている.それをこの章の最後に再確認しておこう.

そのために,パスカルはどのように考えていたのか.そこからはじめよう.彼の考え方をそのまま実現しようとするとどのようになるのか,どのような構造のものができるのか.試みに射影幾何を構成してみよう.それが,射影の方法と同次座標の方法である.

パスカルは射影の方法をデザルグから継承し,それを円錐曲線論で展開した.射影の方法とそれを円錐曲線に適用すること自体がデザルグからの示唆であったといわれている.掘りさげれば同じことになるのであるが,『円錐曲線試論』のなかでは射影幾何の方法について二つのことがいわれている.

線束が定める同じ「もの」

一つは束の考え方である.パスカルは「いくつかの直線が1点で交わるか,またはすべてたがいに平行であるとき,これらの直線は同じ束をなす」と定義している.ここには1点を共有する直線の集合と,互いに平行直線な直線の集合を同等に扱う立場がある.

いくつかの直線が1点で交わる線束は逆にその交点を定める.それならば,互いに平行である直線の集合も,何らかの「交点」を定めると言えるのではないか.1点で交わる直線の束も互いに平行な直線の束も,同じ範疇に属する「もの」を定める.それがパスカルの立場であった.

射影で対応する平面図形

もう一つは,二つの平面を一つの空間に置いて,空間内の1点からの射影で一方の平面上の図形が他方の平面上の図形に対応する場合,一方の平面上で「点が共線である」ことと「直線が共点である」こと,あるいはこの二つの基本性質を土台とする諸性質が成り立てば,他方の平面上でも成り立つ.二つの平面の上にある図形の間で同じ性質が成り立つ.このことを方法として認識していた.

これは,いいかえると,空間内の1定点を通る直線の集合が,空間内のいくつかの平面と交わり,そのうちのある平面と直線の集合との交点からなる図形が一定の射影幾何的性質を満たせば,その直線の集合と他の平面との交点の集合もまた,同じ射影幾何的性質もつ.つまり空間の直線の集合が,平面との交点のなす図形の性質を決めるということである.

共通する考え方

この二つに共通する基本的な考え方は,数学的対象の構造を,一定の条件を満たす集合をひとつの「もの」と見なすことによってとらえようとする考え方である.第一の場合は束をなす直線の集合である.第二の場合は,定点を通るある直線の集合を,ある射影幾何的図形と見なす.

これらこれは,抽象するということそのものであり,その後の数学の展開に深く関わる考え方である.それを現代風に準備すれば,まず同値類の考え方である.そこでまず同値関係とそれによる類別について確認し,そのうえで,この二つの立場と方法をもう少しパスカルの発想に従って推し進めてみよう.

同値関係と類別

同値関係

われわれは数学的対象の構成に集合の考え方を用いる.集合を定め,それからさらに類別によって次の段階の集合を定義する.類別の方法が同値関係という考え方である.同じものを一つに見て,その一つ一つの間の関係を調べるという同値と類別の方法は,西洋数学が十九世紀から二十世紀にかけて発見した.これは実数の構成において重要であるが,射影幾何の構成においても重要な方法である.その定義をここに述べる.一定の関係にあるものを同じものと見なし,その見なされたものを数学の対象とすることは,それ自身一つの思想方法,考え方である.


集合とは,「$x$は性質$P$をもつ」のように一定の述語で作られる命題に対し,主語としてそれを真とするもの「すべて」をひとくくりにしたものである.集合の集合を制限なく考えると矛盾が起こることが知られたが,今日では一定の解決と,方向性がわかっている.

集合$A$の要素の間に,成り立つか成り立たないかがつねに確定する関係が定義されているとする.要素$a$$b$の間にこの関係が成り立つことを$a〜b$と表す.その関係が条件:

(i)
$a〜a$
(ii)
$a〜b$なら$b〜a$
(iii)
$a〜b,\ b〜c$なら$a〜c$
をみたすとき,関係「〜」を「同値関係」という.

集合$A$に同値関係が定義されると,それによって集合$A$の要素を互いに同値な要素からなる部分集合に分けることができる.つまり要素$x$と同値な要素からなる部分集合 $\overline{\mathstrut x}$が一意に確定する.それを$\mathstrut x$同値類という. $y\in \overline{\mathstrut x}$なら

\begin{displaymath}
\overline{\mathstrut x}=\overline{\mathstrut y}
\end{displaymath}

となる.なぜなら $z\in \overline{\mathstrut x}$をとると$z〜x$.一方$y〜x$なので,$x〜y$より$z〜y$.つまり $z\in \overline{\mathstrut y}$.逆も言えて等号が成立する.われわれはこのように類別された部分集合を「ひとつのもの」と見なすのである. $\overline{\mathstrut x}$$x$によって代表されるという.上記の考察によって,同じ部分集合に含まれる$x$以外の要素によっても代表され,それらは同等である.

集合$A$をこの同値関係で類別した同値類の集合を$A/〜$と表す.

\begin{displaymath}
A/〜=\left\{\overline{\mathstrut x}\ \vert\ \mathstrut x\in A\ \right\}
\end{displaymath}

である.これを関係「〜」による$A$という.$A/〜$の要素を類であることを明確にするときは $\overline{\mathstrut x}$のように横線を入れて表す.また,$A/〜$の要素 $x$のようにもいう.このときは$x$を含む類という意味である.

一つ一つの同値類はそれ自身集合である.これをひとつのものと見なす.これはまさに括弧にくくる行為である.洋の東西を問わず,一定の抽象化を言葉に持つ文明なら,日本語の「くくる」に応じる表現をもつ.現代の人間として「くくる」という抽象作用を上のように定式化し,パスカルの考え方を再構成しよう.


2014-01-03