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訳文

翻訳における留意点

日本語訳は『パスカル全集 第一巻』[36]に収められている.これを参考にした.いくつか留意事項を記す.
  1. 定義Iでいくつかの直線が同じ点を通るか互いに平行であることを, 「同じ秩序にある(ordre)」や「同じ纏まりにある(ordonnannce)」と定義している. ordonnannce はデザルグに由来する言葉である. 次に,その状態にある直線の集合を,それを名詞化した言葉で表している. 日本語では「線秩序」や「線纏まり」ということであるが,あまり熟していない. 指示される状態がいずれも「線の束」とも表現しうるので, 「同じ秩序にある」を「同じ束をなす」と訳し, 名詞化した言葉の方は一つの単語にして「線束」と訳した.
  2. 円錐曲線に対して表題では conique が使われている. 一方,定義IIで「円錐の切断(section de Còne)という語で」云々とあり, section de Còne で円錐曲線を表している. 文中 conique が使われることはほとんどなく, section de Còne が多用されている. これは円錐曲線を円錐の切断としてとらえようとするパスカルの意志である. それを踏まえたうえで,訳においてはこれらをともに円錐曲線と訳した.
  3. パスカルは定義のIIIで,直(droite)という語で直線(ligne droite)を 意味するとしている.そしてこれ以降このように用いている. 確かにフランス語では「ligne droite AB」とするより 「droite AB」の方が明快であり, 形容詞「droite」を名詞化して用いても意味を取り違えることはない. しかし日本語では「直」といっても意味が通じないし, フランス語で二語を要することがらが「直線」という一単語で表せるので, この定義IIIも訳した上で,その後も訳では「直線」を用いた.
  4. パスカルは今なら「線分の長さ」というところも「直線」を用いている. この部分は意味を取り違えることはないので直線のままにしておいた.
  5. パスカルは1点を共有する「2線分AB,ACの長さの積」を 「直線AB,ACによる長方形」と表している. これは「直線AB」でその長さも表しているのと同様に 「長方形」でその面積を指示している. つまり「AB,ACを二辺とする長方形の面積」である. この部分は内容を明確にするため「辺AB,ACの積」と訳した. これについてはさらに検討し,今後表現を変えるかも知れない.
  6. パスカルの原文は,たとえば4もフランス語数詞で書いている. 翻訳にあたっては,直線や点の個数など数学的対象の個数を表すときは アラビア数字にそろえた.
  7. 原文の図1はいくつもの内容が一つの図に重ねられ, 補題を述べるにあたってパスカルは図1を四回用いている. これは試論を紙一枚に収めるための工夫であったのだろうが, たいへん分かりづらい. それで,ルネ・タトン(Runé Taton)の上記論文にならい, それぞれの補題に図1の中の必要なところだけを取り出した補助図を, 叙述にあわせて加えた. それが図4以降のもので,括弧内で指示した.
  8. 比や比の合成というところでは, 読みやすくするために対応する分数式を行を変えて書き加えた.
  9. パスカルは最初に三つの命題を「Lemme」として掲げ, その後,そこから導かれるいくつかの性質を述べている. 今日では,最初の三命題が定理(基本定理)であって, それに続く命題は「系」と言われることが多い. ここでは「Lemme」を補題と訳したが,少し今日と意味が違うかも知れない.
  10. 補題に続いていくつかの性質が述べられる. これには番号がつけられていない. これらについては冒頭括弧内に「(命題I)」のように番号をつけた. (命題II)は二つのことがらが述べられてるがこれは分けない. これらの番号はギリシア数字で表した. 逆に本文の定理や命題はアラビア数字で表した.

円錐曲線試論

定    義    I

いくつかの直線が同じ点で交わるか,またはすべてたがいに平行であるとき,これらの直線は同じ束をなす,あるいは同じ纏まりにあるといい,これらの直線の集まりを線束という.

定    義    II

円錐の切断という言葉は,円周,楕円,双曲線,放物線,または,角をなす2直線を意味する.なぜなら,円錐を底面に平行に切るか,頂点を通って切るか,あるいは楕円,双曲線,放物線を生成する三種の仕方で切ることによって,円錐曲面上に円,角をなす2直線,あるいは楕円,双曲線,放物線が作られるからである.

定    義    III

単に直(droite)という語で直線(ligne droite)を意味する.

補    題    I
M,S,Qで定まる平面上で,点Mから2直線MK,MVを,また点Sから2直線SK,SVを引く.点Kを直線MK,SKの交点,点Vを直線MV,SVの交点,点Aを直線MK,SVの交点,点$\mu$を直線MV,SKの交点とする.

4点A,K,$\mu$,Vのうちの2点でMやSとあわせた3点が同一直線上にないもの,例えばK,Vをとり,その2点を通る円を描き,それが直線MV,MK,SV,SKを切る点をO,P,Q,Nとすれば,直線MS,NO,PQは,同じ束をなす.

補    題    II

空間内のいくつかの平面が同一直線を通っている.これを他の平面によって切るなら,これらの平面の切断線は,同じ束をなす.


図1(図5)    これら二つの補題と,それから導かれるいくつかの結果から,次のことが示される.補題Iと同じ仮説のもとに,点K,Vを通る任意の円錐曲線が直線MK,MV,SK,SV を点P,O,N,Q において切るならば,直線MS,NO,PQは,同じ束をなす.これを第三の補題とする.

これら三補題とそこから導かれるいくつかの結果をもとに,完全な円錐曲線論を表す予定である.そこで,直径や通径,接線のすべての性質,ある条件をみたす円錐曲線が切断面上に乗っている円錐の構成,いくつかの点を通る円錐曲線の作図,等を扱う.

その中で,普通なされているよりもより一般的にとり扱ういくつかの性質をここに述べる. 例えば次のことである.

(命題I)    図1(図6)    平面MSQ,円錐曲線PKVにおいて,点P,K,Q,Vでこの曲線に交わる直線AK,AVをとる.これら4点のうち点Aと同じ直線上にない2点,例えばK,V,および円錐曲線上の2点N,Oをとり,4直線KN,KO,VN,VOが直線AV,APを切る点をS,T,L,Mとする.このとき,直線PMの直線MAに対する比と,直線ASの直線SQに対する比との合成比は,直線PLの直線LAに対する比と,直線ATの直線TQに対する比とを合成したものに一致する.

 

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{PM}}{\mathrm{MA}}\cdot\dfrac{\mathrm{AS}}{\m...
...mathrm{PL}}{\mathrm{LA}}\cdot\dfrac{\mathrm{AT}}{\mathrm{TQ}}
\end{displaymath}

また次のことも示される.

(命題II)    図1(図7)     3直線DE,DG,DHがあり,直線AP,ARがこの3直線を切る点をF,G,H,C,$\gamma$,Bとする.直線DC上に点Eをとる.辺EFとFGの積の辺ECとC$\gamma$の積に対する比と直線A$\gamma$の直線AGに対する比の合成比は,辺EFとFHの積の辺ECとCBの積に対する比と直線ABの直線AHに対する比の合成比は等しい.これはまた,辺FEとFDの積と辺CEとCDの積の比にも等しい.


\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{EF}\cdot\mathrm{FG}}{\mathrm{EC}\cdot\mathrm...
...rac{\mathrm{FE}\cdot\mathrm{FD}}{\mathrm{CE}\cdot\mathrm{CD}}
\end{displaymath}

したがって,点E,Dを通る一つの円錐曲線が直線AH,ABを点P,K,R,$\psi$で切るならば,辺EFとFGの積と辺ECとC$\gamma$の積の比と直線A$\gamma$の直線AGに対する比との合成は,辺FKとFPの積と辺CRのC$\psi$の積と辺ARとA$\psi$の積と辺AKとAPの積の比を合成したものに一致する.


\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{EF}\cdot\mathrm{FG}}{\mathrm{EC}\cdot\mathrm...
...{\mathrm{AR}\cdot\mathrm{A}\psi}{\mathrm{AK}\cdot\mathrm{AP}}
\end{displaymath}

また次のことが成りたつ.


(命題III)    図3     4直線AC,AF,EH,ELが点N,P,M,Oで交わり,一つの円錐曲線がこれらの直線を点C,B,F,D,H,G,L,Kで切るなら,辺MCと辺MBの積の辺PF,PDの積に対する比と,辺ADと辺AFの積の辺AB,ACの積に対する比の合成は,辺MLと辺MKの積の辺PH,PGの積に対する比と,辺EHと辺EGの積の辺EK,ELの積に対する比の合成と一致する.

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{MC}\cdot \mathrm{MB}}{\mathrm{PF}\cdot \math...
...c{\mathrm{EH}\cdot \mathrm{EG}}{\mathrm{EK}\cdot \mathrm{EL}}
\end{displaymath}


また次のことが成りたつ.これを最初に発見したのはリヨンの人デザルグ氏である.氏は当代の大人物で,数学,とりわけ円錐曲線論に熟達されており,その著作は多くないとはいえ,そこから学ぼうとする人は,熟達の証をたくさん認めた.実は,私がこの分野で発見した僅かのことも,氏の著作に啓発されてのことであって,氏が軸三角形を用いないで円錐曲線を扱ったことについては,できるかぎり氏の方法に倣おうと努めた.ところで,すべての円錐曲線を一般的に扱おうとするとき,問題となる驚くべき性質とは次のようなことである.

(命題IV)    平面MSQ上に円錐曲線PQVがあり,その周上に4点K,N,O,Vをとって,同じ点は2直線しか通らないように直線KN,KO,VN,VOを引く.他の一直線によって円錐曲線の周を点R,$\psi$で切る.このとき辺ZR,Z$\psi$の積の辺yR,y$\psi$の積に対する比は,辺$\delta$Rと$\delta\psi$の積の辺xRとx$\psi$の積に対する比に等しい.

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{ZR}\cdot \mathrm{Z}\psi}{\mathrm{yR}\cdot \m...
... \mathrm{R}\cdot \delta\psi}{\mathrm{xR}\cdot \mathrm{x}\psi}
\end{displaymath}

また次のことが成りたつ.

(命題V)    図2    平面上にCを中心とする双曲線,楕円あるいは円AGEがある.直線ABが点Aでこの円錐曲線に接している.直径CAを引き,直線ABを,その平方が図の矩形の四分の一になるようにとる.またCBを引く.直線ABに平行な任意の直線,例えばDEを引く.円錐曲線をEで,直線AC,CBを点D,Fで切る.円錐曲線AGEが楕円あるいは円なら,直線DE,DFの平方の和は直線ABの平方に等しい.双曲線の場合には,同じ直線DE,DFの平方の差が直線ABの平方に等しい.

またいくつか他の問題も扱う.例えば与えられた1点から与えられた円錐曲線に接線を引くこと.

与えられた角をなす共役直径を見出すこと.

与えられた角をなし,かつ与えられた比を有する二つの直径を見出すこと.


以上の他にも多くの問題や定理,またそこから導かれる多くの結論を得ている.しかし私は経験も浅く能力も乏しいので,先学が検討の労をとって下さるまで,この先に進むことは控えたい.検討された後,続ける意義があると認められたなら,神がことを運ぶ力を与えたまうかぎり,研究を推し進めるつもりである.

パリにて,1640年


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2014-01-03