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多項式の除法

体を係数とする多項式の環

実数を係数とする多項式全体を考える. このような実数係数の多項式の集合を,変数を明示して$\mathbb{R}[x]$と表そう. 以下のことは$\mathbb{R}[x]$で考えても,有理数係数にかぎって$\mathbb{Q}[x]$で考えても, また複素数で考え$\mathbb{C}[x]$としても同じことである. そこで,体$K$を有理数体$\mathbb{Q}$, 実数体$\mathbb{R}$,複素数体$\mathbb{C}$のいずれかを表すものとし, これからは体$K$に係数をもつ多項式の集合$K[x]$を考えることにする.

整数係数で考えるときはまた別の問題であることには注意したい.

$x$ の多項式$f(x)$に対して$\deg f(x)$でその次数を表すとする. $f(x)$の大きさをその次数$\deg f(x)$とすると, この大きさに対して除法の定理が成り立つ.

定理 37 (多項式の除法の定理)
     多項式 $f(x),\ g(x) (\deg g(x) \ge 1)$ とする.このとき,

\begin{displaymath}
f(x)=g(x) \cdot q(x)+r(x)\ , \ \deg r(x) < \deg g(x)
\end{displaymath}

となる多項式 $q(x),\ r(x)$ がただ一組,存在する. ■

証明      $\deg f(x) < \deg g(x)$ ならば $q(x)=0,\, r(x)=f(x)$ でよい.

$\deg f(x) \ge \deg g(x)$ のとき, $\deg f(x) =n,\,\, \deg g(x)=m$ とする. $f(x)$$g(x)$$n,\,m$ 次の項をそれぞれ $a_0x^n,\, bx^m$ とする.

\begin{displaymath}
f_1(x)=f(x)-\dfrac{a_0}{b}x^{n-m}g(x)
\end{displaymath}

と定めれば, $\deg f_1(x) < \deg f(x)$ である. $f_1(x)$$g(x)$ について同様の操作を繰り返す. $f_k(x)$ の次数が $n_k$ で最高次数の係数が $a_k$ とすれば

\begin{displaymath}
f_{k+1}(x)=f_k(x)-\dfrac{a_k}{b}x^{n_k-m}g(x)
\end{displaymath}

$l$回の操作の後, $\deg f_l(x) < \deg g(x)$ となったとき,

\begin{displaymath}
f_l(x)=r(x),\,\,q(x)=\sum_{k=0}^{l-1}\dfrac{a_k}{b}x^{n_k-m}
\end{displaymath}

とする.この $f_1(x)$ に対し

\begin{eqnarray*}
f(x)&=&g(x)\dfrac{a_0}{b}x^{n-m} +f_1(x)\\
&=&g(x)\dfrac{a_...
...ac{a_1}{b}x^{n_1-m} +f_2(x)\\
&&\cdots\\
&=&g(x)q(x)+f_l(x)
\end{eqnarray*}

となるので,定理の等式を満たす.

これが一組しかないことを示す.二組あったとする.

\begin{eqnarray*}
f(x) &=& g(x) \cdot q_1(x)+r_1(x) \\
&=& g(x) \cdot q_2(x)+r_2(x)
\end{eqnarray*}

すると,
\begin{displaymath}
g(x) \cdot \{ q_1(x)-q_2(x) \} =r_2(x)-r_1(x)
\end{displaymath} (4.1)

となる. ここでもし $q_1(x)-q_2(x)\ne 0$なら $\deg(r_2(x)-r_1(x)) \ge \deg g(x)$ である.

ところが一方, $\deg r_1(x) < \deg g(x),\ \deg r_2(x) < \deg g(x) $ だから, $\deg(r_2(x)-r_1(x)) < \deg g(x)$.これは矛盾.

ゆえに等式(4.1)が成立するのは, $q_1(x)\ =\ q_2(x)$ のときのみである. このとき, $r_1(x)\ =\ r_2(x)$ となる.□

多項式の約数・倍数

整数の場合と同じように, 多項式$f(x)$が多項式$g(x)$の倍数であるとは, $f(x)=q(x)g(x)$を満たす多項式$q(x)$が存在することと定義する.

多項式の場合も割り算ができ, $f(x)$$g(x)$に対して,$f(x)$$g(x)$で割った商と余りが一意に確定することから,

$f(x)$$g(x)$の倍数であることは, $f(x)$$g(x)$で割った余りが0であることと同値である.

因数分解は

\begin{displaymath}
x^2+3x+2=(x+1)(x+2)=\{3(x+1)\}\left\{\dfrac{1}{3}(x+2) \right\}=\cdots
\end{displaymath}

のように,定数倍を除いて確定する. 約数や倍数,因数分解は,定数倍の違いを除いて決まる.

$K[x]$の中で,0でない定数は逆数もまた多項式であるから, $K[x]$では0でない定数が単数になる.

定義 5
0および定数でない多項式$f(x)$は少なくとも0でない定数と $(0でない定数)\times f(x)$を約数にもつ. これら約数以外の約数を真の約数という. 真の約数をもたない多項式を 既約 という.■

既約かどうかは,定数倍しても変わらない.

\begin{displaymath}
x+1,\ 3(x+1),\ -\sqrt{2}(x+1)
\end{displaymath}

はすべて既約である. 既約な多項式というのは,整数環の素数と同じ役割を果たす.

ここで注意. 既約かどうかは,係数をどこで考えるかによって異なる.

例 4.2.1   $f(x)=x^4-4$ となる.

既約かどうかは係数をどこにとるかで変わる. 以下では係数体$K$は固定されているものとする.

最小公倍数・最大公約数

さらに整数のときと同様に,公約数,公倍数が定義される. 整数では$\pm 1$倍を除いて考えるところを, 多項式では0でない定数倍を除いて考えることにすれば,まったく同じである.

公約数や公倍数は整数の場合と同じである. 2つの多項式$f(x)$$g(x)$に対し,その最大公約数とは, $f(x)$$g(x)$の公約数のなかで次数が最も大きいものをいう. 最大公約数が定数のとき,$f(x)$$g(x)$互いに素であるという.

最小公倍数とは,$f(x)$$g(x)$の公倍数のなかで, 次数が最も小さいものをいう. 簡単のために,$a(x)$$b(x)$などで多項式を表すことにする.

定理 38
(1)
二つ以上の多項式の公倍数は,最小公倍数の倍数である.
(2)
二つ以上の整数の公約数は,最大公約数の約数である.
(3)
$a(x),\ b(x)$ の最小公倍数を $l(x)$ , 最大公約数を $d(x)$ とすれば $a(x)b(x)=d(x)l(x)$
(4)
$a(x),\ b(x)$ が互いに素で, 他の整数 $c(x)$$b(x)$ との積 $b(x)c(x)$$a(x)$ で 割りきれるなら,実は $c(x)$$a(x)$ で割りきれる.■

整数の場合の証明が,ほんの一部の手直しでそのまま使える. ここでは(1)を示す.

証明      $a(x),\ b(x),\ c(x),\ \cdots$ の最小公倍数を $l(x)$ とし, $m(x)$ を任意の公倍数とする. $m(x)$$l(x)$ で割った商を $q(x)$ ,余りを $r(x)$ とすると

\begin{displaymath}
m(x)=q(x)l(x)+r(x),\ \quad \deg r(x))<\deg l(x)
\end{displaymath}

となる. $l(x)$$m(x)$$a(x)$ の倍数であるから $l(x)=a(x)l(x)',\ m(x)=a(x)m(x)'$ とおくと

\begin{displaymath}
r(x)=m(x)-q(x)l(x)=a(x)\{m'(x)-q(x)l'(x)\}
\end{displaymath}

より, $r(x)$$a(x)$ の倍数である. 同様に $b(x),\ c(x),\ \cdots$の倍数でもあり, $r(x)$ $a(x),\ b(x),\ c(x),\ \cdots$ の公倍数となる. ところが $l(x)$ は次数が最小の公倍数であったから, もし $r(x)$ が0でないとすると, $l(x)$ より次数が小さい公倍数がある ことになり, $l(x)$ の次数の最小性に反する.

\begin{displaymath}
∴\quad r(x)=0
\end{displaymath}

つまり $m(x)$$l(x)$ の倍数である.□


この定理の証明においても, 「除法の定理」が基本定理として用いられてることがわかる.

因数分解

多項式$f(x)$を既約な多項式の積に分解して,

\begin{displaymath}
f(x)={p_1(x)}^{e_1}{p_2(x)}^{e_2}\cdots{p_m(x)}^{e_m}
\end{displaymath}

の形にしたものを(その体における)素因数分解という.

$p_1(x),\ p_2(x),\ \cdots,\ p_m(x)$は異なる既約な多項式, $e_1,\ e_2,\ \cdots,\ e_m$は正の整数である.

このとき整数と同様に次の定理が成り立つ.

定理 39
     多項式は既約な多項式の積として, 定数倍と順序を除けばただ一通りに表すことができる. ■

多項式の場合も素因数分解の一意性という. 基本的な定理である.


整数の因数分解の一意性の証明にならって, 多項式の場合についても,除法を用いないツェルメロの方法による別証明をしてみよう.

因数分解の一意性の別証明      相異なる因数分解をもつ多項式が存在するとする. 異なる因数分解をもつ多項式の集合を考える. この集合に属する次数が最小の多項式を$f(x)$とする. 次数の集合は自然数の部分集合なので,最小値が存在する. $f(x)$は相異なる2つの因数分解をもつ.それを

\begin{eqnarray*}
f(x)=p_1(x)p_2(x)\cdots p_r(x)&&(\deg p_1(x)\le \cdots \le \d...
...(x)q_2(x)\cdots q_s(x)&&(\deg q_1(x)\le \cdots \le \deg q_s(x))
\end{eqnarray*}

とする.ここに $p_1(x),\ \cdots,\ p_r(x),\ q_1(x),\ \cdots,\ q_s(x)$ は既約である.これが異なる因数分解ということは $r\ne s$か,または$r=s$で異なる$p_i(x)$$q_i(x)$が存在するか, のいずれかである. ただし,ここで因数が異なるとは,どのような定数を一方に乗じても $p_i(x)$$q_j(x)$は一致しないことをいう.

また, $p_1(x),\ \cdots,\ p_r(x)$のいずれも $q_1(x),\ \cdots,\ q_s(x)$のいずれとも異なる. なぜなら,もし$p_i(x)=q_j(x)$なら, これを約せば$f(x)$より小さい次数で,異なる因数分解をもつ多項式が得られ, $f(x)$がそのような多項式のなかで次数最小であることに反する.

$\deg p_1(x)<\deg q_1(x)$とする. $n=\deg q_1(x)-\deg p_1(x)$とすると, 適当な定数$a$

\begin{displaymath}
\deg\{q_1(x)-ax^n p_1(x)\}<\deg q_1(x)
\end{displaymath}

となるようにとる.

ここで多項式$g(x)$

\begin{eqnarray*}
g(x)&=&f(x)-ax^n p_1(x)q_2(x)\cdots q_s(x)\\
&=&\{q_1(x)-ax^n p_1(x)\}q_2 \cdots q_s
\end{eqnarray*}

で定める. $\deg g(x)<\deg f(x)$である.

この$g(x)$の因数分解における因数 $q_1(x)-ax^n p_1(x)$$p_1(x)$の倍数ではない. なぜならもし$p_1(x)$の倍数なら$q_1(x)$$p_1(x)$の倍数となり, 互いに異なる既約な多項式であることに反する. よってこの因数分解に$p_1(x)$は現れない.

一方$g(x)$

\begin{eqnarray*}
g(x)&=&f(x)-ax^n p_1(x)q_2(x) \cdots q_s(x)\\
&=&p_1(x)\{p_2(x) \cdots p_r(x)-ax^nq_2(x) \cdots q_s(x)\}
\end{eqnarray*}

でもある. この$g(x)$の因数分解には,因数$p_1(x)$が現れている.

よって$g(x)$の2つの因数分解は相異なる因数分解である.

$\deg g(x)<\deg f(x)$なので, $f(x)$が異なる2つの因数分解をもつ次数最小の多項式であることと矛盾した. したがって異なる2つの因数分解をもつ多項式は存在しない.□


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