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整数の定義

自然数は人間にとって言葉と同じだけ古い. それに対して整数が人間のものになったのははるかに遅い.デカルト(1596−1650)でさえ方程式の負の根を「偽の根」と呼んでいるし,パスカル(1623−1662)は「ゼロから4を引けばゼロであることを理解できない人がいるのを知っている」といっている.0は無であり4を引いてもやはり無と考えられていた.もちろんゼロや負の数を今日のように理解していた人もいたが,負数の理解は簡単でなかった.

ゼロ数,負数の導入とその加法・減法の諸法則の発見は中国が最初である. 『九章算術』 には「(引き算の時)同符号は引き,異符号は加える.正を無入から引いて負とし,負を無入から引いて正とする」との一文がある.「無入」はゼロのことである. 中国で発見された負の数は,インドに渡りそこで広がり,アラビアに伝わり,そして欧州にまで届いたのである.

整数の構成という問題を後で考えることにし, 自然数に0と負整数を加えた集合を整数の集合とし$\mathbb{Z}$で表す.

\begin{displaymath}
\mathbb{Z}=\{\cdots ,\ -3,\ -2,\ -1,\ 0,\ 1,\ 2,\ \cdots \}
\end{displaymath}

である.

$\mathbb{Z}$には二つの演算,加法と乗法が定義されている. それをそれぞれ「+」「$\cdot$」で表す. 「定義されている」ということは, $\mathbb{Z}$の任意の二つの要素$x$$y$に対し, 和$x+y$と積$x\cdot y$が一意に定まり,ふたたび$\mathbb{Z}$に属する,ということを意味する.

このとき加法と乗法について次のことが成り立つ,

I
加法:
(i)
$(x+y)+z=x+(y+z)$
(ii)
$x+y=y+x$
(iii)
すべての$x$に対して$x+0=x$となる要素0が存在する.
(iv)
$x$に対し$x+y=0$となる$y$が存在する.これを$-x$と書く.
II
乗法:
(i)
$(x\cdot y)\cdot z=x\cdot (y\cdot z)$
(ii)
$x\cdot y=y\cdot x$
(iii)
すべての$x$に対して$x\cdot 1=x$となる要素1が存在する.
III
分配法則:
$x\cdot(y+z)=x\cdot y+x\cdot z$

集合$\mathbb{Z}$の各要素を整数という. 実は「整数」の概念は,いま考えている整数よりはるかに広く,代数的整数といわれる世界がある. そのごく一部を後に紹介するが, 広がった概念の整数の世界のなかでは,いま考えている整数を有理整数という. これは「有理数に含まれる整数」という意味である. 区別する必要のないときは単に整数というものとする.

数学では考える対象を集合としてとらえる.あるいはある概念を構成すると,その概念に適応する対象の集合を考える.そのとき,その集合がどのような構造をもっているか,これが基本的な問題意識,探求の方向となる.代数的な対象からなる集合では,そこにどのような演算が定義されうるかによって,いくつかの構造が概念化されている.その基本的のものとして,整数の集合にかかわる群,環,体の定義をここで述べておく.

整数$\mathbb{Z}$は加法に関して可換群である.可換群とは何か.集合 $G$ の元について,演算 $\circ$ が与えられており,次の条件を満たしているとき,集合 $G$ は演算 $\circ$ について, である,という.これらの四条件を 「群の公理」 という.
(i)
$a,\,b \in G$ ならば $a \circ b \in G$ (演算について閉じている)
(ii)
$(a \circ b) \circ c=a \circ (b \circ c)$ (結合法則)
(iii)
任意の $a \in G$ に対して, $a \circ e=e \circ a=a$ となる $e \in G$ が存在する.(単位元の存在)
(iv)
任意の $a \in G$ に対して, $a \circ x=x \circ a=e$ となる $x \in G$ が存在する.(逆元の存在)(この $x$$a^{-1}$ と表わす).

さらに,$a,\ b\in G$に対して $a \circ b=b \circ a$ を満たすとき,可換群 (または アーベル群 )であるという.

整数$\mathbb{Z}$は加法と乗法に関して環である.環とは何か. 集合 $M$ に 二種類の演算 $\circ$$\ast $ が定義されていて, 一方の演算 $\circ$ については可換群であり, 他の演算 $\ast $ については 結合法則 と次の 分配法則

\begin{displaymath}
a \ast (b \circ c)=(a \ast b) \circ (a \ast c) , \,\,
(b \circ c) \ast a =(b \ast a) \circ (c \ast a)
\end{displaymath}

が成り立つとき,集合 $M$ であるという.

負数の積

負数の積がなぜ正の数になるのか.これは量の構造を根拠に意味づけができる. それはそれで大切なことなのであるが,一方$\mathbb{Z}$の環としての演算から示すこともできる.

$\mathbb{Z}$の任意の要素に対して

\begin{displaymath}
(-a)\cdot (-b)=a\cdot b
\end{displaymath}

が成り立つ.

  1. \begin{displaymath}
a=1\cdot a=(0+1)\cdot a=0\cdot a+1\cdot a=0\cdot a+a
\end{displaymath}


    \begin{displaymath}
∴\quad 0\cdot a=0
\end{displaymath}


  2. \begin{displaymath}
0=0\cdot a=\{1+(-1)\}\cdot a=1\cdot a+(-1)\cdot a=
a+(-1)\cdot a
\end{displaymath}


    \begin{displaymath}
∴\quad (-1)\cdot a=-a
\end{displaymath}


  3. \begin{displaymath}
a+(-a)=1\cdot  a+(-1)\cdot  a=\{1+(-1)\}\cdot a=0\cdot a=0
\end{displaymath}


    \begin{displaymath}
∴\quad -(-a)=a
\end{displaymath}

    ところが

    \begin{displaymath}
-(-a)=(-1)\cdot \{(-1)\cdot a\}=\{(-1)\cdot (-1)\}\cdot a
\end{displaymath}

    なので

    \begin{displaymath}
\{(-1)\cdot (-1)\}\cdot a=a
\end{displaymath}

    $a=1$とすると

    \begin{displaymath}
(-1)\cdot (-1)=1
\end{displaymath}

    よってまた

    \begin{displaymath}
(-a)\cdot (-b)=(-1)\cdot a\cdot (-1)\cdot b
=\{(-1)\cdot (-1)\}\cdot a\cdot b=a\cdot b
\end{displaymath}

このように$\mathbb{Z}$は環であるがしかし体ではない.体とは何か.

集合 $K$ が演算 $\circ$$\ast $ に関して環であり, さらに $K$ から演算 $\circ$ の単位元を除いた集合が $\ast $に関して可換群を作るとき,集合 $K$ であるという.

有理数$\mathbb{Q}$では$\circ$を和$+$$\ast $を積$\cdot$にするとき,体になる. これを有理数体という. 有理数体$\mathbb{Q}$は,自然数$\mathbb{Z}$を含む最小の体である. $\mathbb{Q}$は整数$\mathbb{Z}$に成り立つ基本性質に加えて

(iv) 0でない任意の$x$に対して$x\cdot y=1$となる要素$y$が存在する. この$y$$x^{-1}$と表す.
を加えたものである.

このような整数環$\mathbb{Z}$,有理数体$\mathbb{Q}$が実際に存在する,つまり構成できるのか.自然数の集合$\mathbb{N}$の存在を前提に,そこから構成することができなければならない.この問題は最終章でで考える.ここでは$\mathbb{Z}$$\mathbb{Q}$の存在を前提に除法について考察を深めよう.


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