距離という以上,それは負でない実数値が定まり, また点と点の距離が 点と点の距離に等しく, さらにであることは と同値でなければならないだろう.
しかしこれだけで距離とすると,実はいろいろな距離ができすぎる. つまり余りに広い定義は,数学の定義としては意味がないのだ. もう少し,これこそ距離だ,といえるように距離を特徴づけなければならない.
そのために,われわれの日頃使っている距離について調べておかねばならない.
2点 と 原点に対して, が成立しているとする. つまりどの3点も同一直線上にないとする.
美樹 これらの間の関係って,三角形の成立条件ですか.
南海 そうだ.そこでまず三角形の成立条件とは何か.
美樹
3つの正数を3辺の長さとする三角形が存在するための
必要十分条件は,不等式
南海
不等式はに注目すれば
美樹 はい.まず必要条件を示します. 平面に があり, とする.
が原点になるように平行移動し,
他の2点の座標が
であるとする.
このとき
との大小は,その2乗である との大小と一致します.
また との大小は,その2乗である との大小と一致します.
そこでの両辺を2乗して差をとる.
これがともに正であることは
そこで右辺から左辺を引くと
十分条件を示す.
を満たす3正数がある. を3辺とする三角形が存在することは, 次のように図形的に示される.
つまり,長さの線分をとる. 点を中心に半径の円と, 点を中心に半径の円をかく.
は,この2円の中心間の距離cが, 半径の和よりも小さく, 半径の差の絶対値よりも大きいことを意味している.
よってこの2円は交わる. 交点をとすれば, となり, 3辺がの が存在した.
これで定理2が示された.□
南海 十分条件の証明は図形に頼った. それも証明にはなっているのだが, 円が交わる条件を無前提に使っている.
美樹 使わずにできるのですか.
南海 図形に頼らない十分条件の証明も試みてみよう. 三角関数を念頭においたものだが,三角関数は使わない.
を満たす3正数がある. このとき,を原点とし, とする.
点
を
条件は各辺が負でないので
これから
美樹
あとは
作り方から は明らかです.
よってを3辺とする三角形が存在した. □
美樹 なるほど.条件を満たす点を実際に構成するのですね.
南海 もちろんこのようにを定めたのは, としたとき, が念頭にあり,それをヒントにしているが, 見つかってしまえば,三角関数とは独立に,定理が示せている.
三角性の成立条件の不等式のことを三角不等式ともいう.
美樹 三角不等式は, 三平方の定理で特徴づけられる距離から導かれる結果なのですね.
南海 そう. ただし,今度は距離という概念を定義しようとすると, 三角不等式を距離が満たすべき性質の一つとしなければ, 意味のある定義にはならない.
3点が同一直線上にある場合を含めると,
2点
の間の距離というものは,
次の性質をもっている.
平面上の任意の3点
に関して
ここでこれをふまえて集合の「距離」という概念を定義しよう.
定義 1
距離の公理 集合の上に 2変数実数値の写像 が定義されていて、 の任意の要素に対して, が距離の公理とよばれる次の性質を全て満たすなら, は上の距離であるという.
美樹
すると
2点
に対して
このも距離なのですね.
でもこの距離は,を斜辺とする
直角三角形
において
南海 そうなんだ. だから逆にいうと,三平方の定理は, 普通の距離,ユークリッドの距離を特徴づけるものなのだ.