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べき集合の濃度

南海  ここで二つの集合$A$$B$に対し,集合$A$から集合$B$への写像の集合をべき集合といい

\begin{displaymath}
B^A
\end{displaymath}

と書く.

これは次の例で考えれば,自然な記号だ.$A=\{0,\ 1\}$ $B=\{0,\ 1,\ 2,\ \cdots,\ n\ \}$なら,$A$から$B$への写像は0と1の行き先を決めれば決まるので,その組合せだけあり,個数は$n^2$個ある.

有限集合の場合,$A$から$B$への写像の集合は,集合$B$を集合$A$の分だけ組合わせただけあり,その個数は $\left\vert B \right\vert^{\vert A\vert}$個ある.

これをもとに,べき集合を上のように定義した.

したがって,実数の実数べき集合$R^R$とは,実数から実数への写像の集合である.

定理 3        実数の集合$R$とそのべき集合$R^R$の濃度について,不等式
\begin{displaymath}
\vert R\vert=\aleph<\vert R^R\vert
\end{displaymath}

が成立する. ■

証明      実数$c$と定数写像$f(x)=c$を対応させることで$R$$R^R$の部分集合と一対一の対応がつけられる.したがって

\begin{displaymath}
\vert R\vert=\aleph\le \vert R^R\vert
\end{displaymath}

である.

次に$R$$R^R$の間に一対一写像は存在しないことを示す.

集合$R$$R^R$の間に一対一対応が存在すると仮定する.

この一対一対応で実数$r$に対応する写像を$f_r$とおく.ここで$R$から$R$への写像,つまり$R^R$の要素$g(x)$を次のように定める.

\begin{displaymath}
g(x)=f_x(x)+1
\end{displaymath}

$g(x)$もまた$R^R$の要素であるから,ある実数と対応している.それを$s$とする.つまり
\begin{displaymath}
g(x)=f_s(x)
\end{displaymath}

である. しかしこのとき,値$g(s)$に関して,一方で$g(s)=f_s(s)$であるが,一方$g(s)$の定義から$g(s)=f_s(s)+1$となり矛盾である.

ゆえに集合$R$$R^R$の間に一対一対応は存在しない.□

拓生  実数なので対角線に並べるということはできないが,しかし,実数と一対一対応があるとして,自己言及するところで矛盾した写像を作るということは,定理1 の証明の別表現と同じです.

南海  その通りである.

集合$A$に対し,その部分集合の集合(空集合と$A$自身を含む)を$2^A$と書こう.これは$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像の集合の記号$\{0,\ 1\}^A$から来ている.

集合$A$に対し,その部分集合の集合と,$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像の集合との間に一対一の対応が存在する.

つまり,集合$A$の部分集合$S$が一つ与えられると,$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像$f_S$

\begin{displaymath}
f_S(x)=
\left\{
\begin{array}{ll}
0&x \in S\\
1&x \not\in S
\end{array}
\right.
\end{displaymath}

で定まる.逆に$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像$f$に対し,$A$の部分集合$S$
\begin{displaymath}
S=\{\ x \ \vert\ f(x)=0,\ x \in A\ \}
\end{displaymath}

とすればよい.このとき,$x\not\in S$なら$f(x)=1$である.

$A$$n$個の要素からなる有限集合の場合,部分集合は各要素を含むか含まないかで決まるので,部分集合の個数は$2^n$個ある.つまり有限集合の場合は

\begin{displaymath}
\vert 2^A\vert=2^{\vert A\vert}
\end{displaymath}

が成り立っている.

だから,$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像の集合を,$A$のべき集合といい,$2^A$と記すことにする.

定理 4  
\begin{displaymath}
\vert A\vert<\vert 2^A\vert
\end{displaymath}

である. ■

証明      $A$の要素$a$に対して,$A$から集合$\{0,\ 1\}$への写像$f_a$

\begin{displaymath}
f_a(x)=
\left\{
\begin{array}{ll}
0&x=a\\
1&x\not=a
\end{array}
\right.
\end{displaymath}

で定めることで,$A$$2^A$の部分集合と一対一に対応する. ゆえに
\begin{displaymath}
\vert A\vert\le \vert 2^A\vert
\end{displaymath}

である.次に$A$$2^A$の間に一対一写像は存在しないことを示す.

集合$A$$2^A$の間に一対一対応が存在すると仮定する.

この一対一対応で集合$A$の要素$a$に対応する$A$の部分集合を$S_a$とする. $A$の部分集合$T$を次のように定める.

\begin{displaymath}
T=\{\ t\ \vert\ t \not\in S_t\ \}
\end{displaymath}

$T$もまた$A$の部分集合なので,$A$のある要素$u$と対応している.つまり

\begin{displaymath}
T=S_u
\end{displaymath}

である.

しかしこのとき,もし$u\in T$なら$T$の定義から $u\not\in S_u=T$なので矛盾, もし$u\not\in T$,つまり$u$$T$の補集合の要素なら$T$の定義から$u\in S_u=T$なので矛盾,

いずれも矛盾となる.ゆえに集合$A$$2^A$の間に一対一対応は存在しない.つまり

\begin{displaymath}
\vert A\vert<\vert 2^A\vert
\end{displaymath}

である.□

南海  $A$$N$つまり自然数の集合のとき

\begin{displaymath}
\aleph_0=\vert N\vert<\vert 2^N\vert
\end{displaymath}

となる.

拓生  定理1から $\aleph_0<\aleph$ですが,$\aleph$$\vert 2^N\vert$はどちらが大きいのだろう.

南海 

\begin{displaymath}
\vert 2^N\vert=\aleph
\end{displaymath}

だ.

拓生  $2^N$とは自然数から$\{0,\ 1\}$への写像の集合です.これはつまり$f(n)$が0か1の値をとるような写像なので,一つの写像$f$に対して

\begin{displaymath}
f(1)=1,\ f(2)=0,\ \cdots
\end{displaymath}

のような0と1の列ができる.

あっ.これを

\begin{displaymath}
0.10\cdots
\end{displaymath}

のような,2進小数と考えれば,区間$(0,\ 1]$の小数を2進数で表したものと一対一に対応する.

これで$2^N$と区間$(0,\ 1]$の間の一対一対応ができる.

南海  その通りである.

カントールは,数直線$R$と平面$R^2$の間に一対一対応があるかという問題にも取り組んだ.おそらくないだろうと見込みを付け,それを証明しようと3年にわたって研究を続ける.その結果,彼が得た結論は一対一対応が存在するというものであった.彼はその証明を伝えたデーデキントへのドイツ語で書かれた書簡の中で、有名な

”Je le vois, mais je ne le crois pas”「私は見る、しかし信じられない」

という言葉をそこだけフランス語で書き残している.

数直線全体と,平面全体の一対一対応は演習とする.ここでは次のことを示そう.

定理 5        平面の領域$D$
\begin{displaymath}
0<x\le 1,\ 0<y\le 1
\end{displaymath}

とする.このとき区間$(0,\ 1]$と領域$D$の間に一対一対応が存在する. ■

証明      区間$(0,\ 1]$の数を無限小数で表し

\begin{displaymath}
0.a_1a_2a_3\cdots a_n\cdots
\end{displaymath}

とする.

これを偶数番目と奇数番目に分けて領域$D$の点

\begin{displaymath}
(0.a_1a_3a_5\cdots a_{2m-1}\cdots,\ 0.a_2a_4a_6\cdots a_{2m}\cdots)
\end{displaymath}

を対応させる.逆に領域$D$の点

\begin{displaymath}
(0.a_1a_2a_3\cdots,\ 0.b_1b_2b_3\cdots)
\end{displaymath}

に対して,区間$(0,\ 1]$の数
\begin{displaymath}
0.a_1b_1a_2b_2a_3b_3\cdots
\end{displaymath}

を対応させる.

これは明らかに区間$(0,\ 1]$と領域$D$のあいだの一対一対応である.□

南海  ここで大問題が生まれる.

濃度$\aleph_0$と濃度$\aleph$に対し,

\begin{displaymath}
\aleph_0<\alpha<\aleph
\end{displaymath}

となる濃度$\alpha$は存在するか.

拓生  これまで出てきた,$\aleph_0$より大きい濃度は,すべて$\aleph$かまたはそれより大きいものばかりでした.あいだの濃度があるか,ということですね.

南海  カントールは,$\aleph_0$の次の濃度は$\aleph$であって,あいだの濃度はないと予想した.これを連続体仮説という.

さらにこれを一般化する.

無限集合$A$に対して,

\begin{displaymath}
\left\vert A \right\vert<\left\vert B \right\vert<\left\vert 2^A \right\vert
\end{displaymath}

となる集合$B$は存在しない.
これは一般連続体仮説と呼ばれている.集合論の深化はこのような大問題を提起した.

それだけではない.次にもう一つの問題が生まれた.「クレタ人の逆理」のような逆理が生じることが発見されたのだ.それがラッセルの逆理といわれる集合論の逆理だ.集合論を土台に数学を考えていくことが20世紀初頭には一般的になっていた. 集合論はそれ自体数学的対象であるが,同時にあらゆる分野で,集合論的に考え,集合を用いて定義し,また証明するようになってきていた.

そこに逆理が発見された.これは数学の危機である!

後半はここから入り,さまざまの対角線論法がゲーデルの対角線論法に流れ込み, そこから新しい世界が開かれていくことを学ぼう.


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Aozora
2013-06-16