next up previous
次: ヒルベルトの基底定理 上: 存在と構成 前: 存在と構成

ヒルベルトの第14問題

南海  次数が大きくなると急速に複雑になり, 順次不変式を求めていくのは大変困難になる. それでも, 19世紀に不変式の権威であったゴルダン(Gordan,1837〜1912)は, 5次以上の場合を含め,方程式の不変式は次数にかかわらず, つねに有限個の基本的な不変式の多項式として表すことができることを示した. それは大変複雑な計算によってなされた.

先に,2変数$n$次の整式$f(x,y)$に対し$SL(3)$を作用させ, 係数の整式の不変式を考えたが,同様にして $
m$変数$n$次の整式 $f(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_m)$に, $SL(m+1)$を作用させ,その係数の不変式を考えることができる. これも方程式の不変式と呼ぼう.ゴルダンが示したのは, $m=1$の場合だった. イギリスのケーリー(Cayley,1821〜1895)は,

$SL(m+1)$が作用するような一般の場合に, 方程式の不変式は, 有限個の決まった不変式を用いてすべて書き表すことができるか.

という問題を立て,これをゴルダン問題と呼んだ. いろんな人がこの問題に挑戦した. 先に紹介したようにネーターは, $SL(3)$が作用する$m=2,\ n=4$の場合に, 331個の不変式系を求めたのだ. これはおそらく実際に不変式を求める限界だったのだろう. 変数が増えていった場合,基本となる不変式が多数になる. 一般の場合に有限個の不変式で表されるのかどうか, 証明はおぼつかなかった. 実際に構成する,あるいは構成するアルゴリズムを明確にする. そのうえで,有限であることを示す. この方法は,現実の複雑さの壁に出会った.

耕介  でも,5次方程式は必ず根をもつけれども, その根を構成する一般的な方法は存在しないのでしょう. 構成できるかできないかと,存在するかしないかとは別の問題ですね.

南海  そうだ.そのような事実の発見から, 19世紀の後半期には, 存在と構成は別個の問題であることが認識されていった. ここで,問題を根本的に転換させたのが,ヒルベルトだった. ヒルベルトは1886年の自分のノートに

ゴルダンの方法は複雑すぎてほとんどの場合に実行できない. 問題の核心はそういう計算方法でなく, 存在するという事実を示すことだけだ.
と書いている.そして,1890年,$
m$$n$が一般の場合について, 他のすべての不変式を書き表すことができる 有限個の不変式系が「存在すること」を示した.

耕介  それは難しいのですか.

南海  もちろん証明そのものもある程度の基礎が必要だ. だがそれ以上に,存在と構成の分離という発想の転換が重要だ.

ここでできるだけ問題を一般的にとらえて 次のような問題を設定しよう. $K$で複素数$C$や実数$R$,有理数$Q$などの体を表す. $K$を係数とする多項式を$K$多項式といおう. $n$変数の$K$多項式の集合を $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n]$とする. 簡単のために$K[{\bf x}]$と書く. $K[\mathrm{\bf x}]$はその体を係数とする整式の集合であり, 和や差および積の演算で閉じている.

$GL(n)$$K$の要素を成分とする$n$次正方行列で 逆行列をもつものの集合とする. これは行列の積に関して閉じている.いわゆる群である.

定義 5 (ヒルベルトの第14問題)
$G$をある群とし,$G$から$GL(n)$への準同型(積を保つ写像)$\rho$がある. $\sigma\in G$に対して,$n$変数の多項式環$K[{\bf x}]$の元$f({\bf x})$への作用が,

\begin{displaymath}
f^{\sigma}({\bf x})=f(\rho(\sigma)^{-1}{\bf x})
\end{displaymath}

で定まっている.この作用による$G$不変式の集合を$H$とする. つまり

\begin{displaymath}
H=\{\ f\in K[{\bf x}]\ \vert\ f^{\sigma}({\bf x})=
f({\bf x}),\ \sigma \in G\ \}
\end{displaymath}

とする. $H$の各要素$f$を適当な$K$多項式$F$を用いて,

\begin{displaymath}
f=F(s_1,\ s_2,\ \cdots,\ s_N)
\end{displaymath}

と表すことができるような 有限個の不変式系 $s_1,\ s_2,\ \cdots,\ s_N$は存在するか.

ヒルベルトがこのような問題を提起したのは, 実際には少し違う形で述べられたのだが, 1900年の国際数学者会議であった. 世紀の変わり目において,ヒルベルトは未解決な23個の問題を提起した. これはその第14番目にあったのでこのように呼ばれている.

それに先立つ1890年, ヒルベルトは従来の方法とはまったく異なる観点から 方程式の不変式が有限個で表されることを示し, ケーリーのゴルダン問題を解決していた. その問題をさらに一般の行列の作用に普遍化したのが, ヒルベルトの問題だ.

耕介  結論的に,ヒルベルトの問題は肯定的なのですか.

南海  いや.1958年に永田雅宜先生が反例を構成された.

耕介  そうなのですか.

南海  この面については最後の参考文献を見てほしい.



Aozora Gakuen