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ヒルベルトの基底定理

南海  ヒルベルトは,方程式の不変式については, 問題を肯定的に解決した. その根拠となったのが次の基底定理である. 『数学対話』「整式の整数論」にイデアルが出てきた.

耕介  整数の部分集合$A$で,$A$の2つの元の差, および$A$の元の整数倍が再び$A$に属するような 部分集合をイデアルという,とありました.

南海  これを多項式の場合に正確に言おう. $n$変数の多項式の集合$K[{\bf x}]$には, 和の単位元 0と積の単位元 1があり, 和差および積の演算で閉じている, つまりそれらの演算の結果は再び$K[{\bf x}]$に属する. このような性質をもつ集合をという. 多項式の集合の場合は多項式環といわれる.

定義 6 (多項式環のイデアル)
$K[{\bf x}]$の部分集合$I$で次の性質をもつものを $K[{\bf x}]$のイデアルという.
  1. $f,\ g \in I$なら$f-g \in I$
  2. $f\in I$なら任意の $p \in K[{\bf x}]$に対して $p\cdot f\in I$

例えば, 1変数多項式環$K[x]$で定数項が0であるような多項式の集合$J_0$はイデアルである.

さて,イデアル$I$ $f_1,\ f_2,\ \cdots,\ (無限個あってもよい)$で生成されるとは, $I$の各元$f$ $f_1,\ f_2,\ \cdots$の中の ($f$によって異なってもよい)有限個の $f_{a_1},\ f_{a_2},\ \cdots,\ f_{a_t}$を用いて $p_{a_1}f_{a_1}+p_{a_2}f_{a_2}+\cdots+p_{a_t}f_{a_t}$ と書き表されることをいう.いいかえると,

\begin{displaymath}
I=\{p_1f_1+p_2f_2+\cdots \ \vert\ p_1,\ p_2,\ \cdots,\ \in K[{\bf x}],
有限個を除く\ p_i\ は0 \}
\end{displaymath}

と表せることをいう.

耕介  $J_0$$x$で生成されます.

南海  そう.この場合は1つの元で生成される. さて,次の基本定理が成り立つ. つまり,上の $f_{a_1},\ f_{a_2},\ \cdots,\ f_{a_t}$を固定することが出来る.

定理 7 (ヒルベルトの基底定理)
$K[{\bf x}]$の元 $f_1,\ f_2,\ \cdots$で生成される任意のイデアルは, $f_1,\ f_2,\ \cdots$の中の有限個の元で生成される.

証明

${\bf x}=(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$の変数の個数$n$についての 数学的帰納法でおこなう.

$n=0$のとき.このとき多項式環は定数項のみからなり$K$そのものである. $K$の任意のイデアル$I$に対し,0でない$I$の元$j$を取ると, $\dfrac{1}{j}$$K$の元なので,$j$との積1が$I$に属する. したがって任意の$K$の元$k$に対して,$k=k\cdot 1$より, $k$$I$に属する.つまり,$K$のイデアルは$\{0\}$$K$しかない. このときは$I$はそれぞれ0と1で生成される.

変数の個数が$n-1$のとき, つまり $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$で定理が成立するとする.

$I$の元 $f(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$$x_n$で整理し,

\begin{displaymath}
f(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)
=f^*(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1})x_n^N+\cdots
\end{displaymath}

とする.これら$x_n$に関して最高次の項の係数となる $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$の整式 $f^*(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1})$の全体で生成される $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$のイデアルを$I^*$とする. 数学的帰納法の仮定から,$I^*$には有限個の元 $f^*_1,\ \cdots,\ f^*_s$が存在し,$I^*$はこれらで生成される. $f_1,\ \cdots,\ f_s$の中の$x_n$に関する次数の最高値を$d$とする.

次に$0\le i \le s$に対して

\begin{displaymath}
L_i=
\{0\}\cup \{f^*\ \vert\ f\in I,\deg f=i\ \}
\end{displaymath}

とする. これは明らかに $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$のイデアルなので, その中の有限個の元で生成される. それを

\begin{displaymath}
g^*_{ik}\ \left(1\le k \le r(i)\right)
\end{displaymath}

とする. そこで,$I$の元の集合

\begin{displaymath}
\{f_1,\ \cdots,\ f_s\}
\cup \bigcup_{i=1}^s\{g_{ik}\ \vert 1\le k \le r(i)\ \}
\end{displaymath}

を考え,これで生成される $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n]$のイデアルを $I'$とする.

$I'=I$を示す.$I'\subset I$は明か.

$I$の任意の元$f$をとる. $f\in I'$$f$の次数に関する数学的帰納法で示す.

$\deg f=0$なら,$f=f^*\in L_0$より成立. $d-1$次までは成立するとする.

$d<s$のとき. $f^*\in L_d$なので, $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$ の元$p_k$を用いて

\begin{displaymath}
f^*=\sum_{k=1}^{r(d)}p_kg^*_{dk}
\end{displaymath}

と表せる.このとき,

\begin{displaymath}
\deg\left(f-\sum_{k=1}^{r(d)}p_kg_{dk}\right)\le d-1
\end{displaymath}

となるので, 帰納法の仮定から $\displaystyle f-\sum_{k=1}^{r(d)}p_kg_{dk}$$I'$に属し,かつ $\displaystyle \sum_{k=1}^{r(d)}p_kg_{dk}\in I'$であるから, あわせて$f\in I'$である.

$d\ge s$のとき. 同様に考え $K[x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_{n-1}]$ の元$p_k$を用いて

\begin{displaymath}
f^*=\sum_{k=1}^sp_kf^*_k
\end{displaymath}

と表せる. $\deg f_k=\beta_k\ (1\le k \le s)$とする. このとき,

\begin{displaymath}
\deg\left(f-\sum_{k=1}^sp_kx_n^{d-\beta_k}f_k\right)\le d-1
\end{displaymath}

となるので, 帰納法の仮定から $\displaystyle f-\sum_{k=1}^sp_kx_n^{d-\beta_k}f_k$$I'$に属し,かつ $\displaystyle \sum_{k=1}^sp_kx_n^{d-\beta_k}f_k\in I'$ であるから$f\in I'$である.

よって$I\subset I'$となり,$I=I'$が示された.

この結果$I$が有限個の元で生成されることが確定した. □


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