耕一 いったん行列から離れるのですか.
南海 ベクトルとは必ずしも矢線ではない. 行列は線型写像に固有のものではない. 後で見るように,同じ線型写像でもいろんな行列表現をもつ. 行列と線型写像を切り離して考えることができないと, 行列の対角化の意味もわかりづらい. そこでベクトルの記号だが,矢線をつけて と表す代わりに,書体を変えて, と表すことにする.
任意のベクトル
に対して
任意のベクトル
に対して
言いかえると,は加法に関して可換な群である.
これをベクトル空間と線型写像の定義としよう. 定義するとは,考える対象を明確にすることだ. このように考える対象をはっきりさせることが,数学では大切なのだ. ベクトルを「方向と大きさのある数学的対象」と 考えるかぎり見えてこないが, 上のように定義することで,次のような対象もベクトル空間となる.
数学ではこのように,考えている対象の本質を取り出すことで, 他の分野のある対象も同じ本質を満たすことがわかり, 視野が広がることがよくある. 今は一般的に「本質」といったが,数学的にいえば「構造」ということだ. 平面ベクトルの集合と, 漸化式を満たす数列の集合が「同じ構造をもつ」ということだ.
耕一 ベクトルは「向き」と「大きさ」からなる数学の対象だと習いました. 確かに上の例はそれではとらえられない対象です. では逆に, 一般的なベクトル空間に大きさの概念はどのように定義されるのでしょうか. また高校では,2次元の平面ベクトルと3次元の空間ベクトルという風に 別々に分けて習いました.これまでのところ,ベクトル空間の定義には次元の概念もありません.
南海 上のベクトル空間の定義には,まだ大きさは定義されていない. 「大きさ」の概念なしにどのようなことまでが成り立つのかを考えるのだ. 「線型代数」の 一般的な教程ではベクトルの大きさや距離は後で導入される. 後ほどベクトルの「大きさ」も定義しよう. また,次元は先に定義されていることではなく,次に考えるように, このベクトル空間の定義のなかから,ベクトル空間に固有の値として, 次元の概念がうかびあがってくる.