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内積とベクトルの大きさ

南海  ベクトルの絶対値 $\vert\mathrm{\bf u}\vert$と密接に関係あるのは内積だ. 2つのベクトル $\mathrm{\bf u}$ $\mathrm{\bf v}$の内積とは, $\mathrm{\bf u}$ $\mathrm{\bf v}$によって定まる実数 $\mathrm{\bf u}\cdot\mathrm{\bf v}$ のことだった. 内積と絶対値は相互にどのような関係があったか.

耕一 

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
\vert\mathrm{\bf u}\vert^2=\mathrm{\bf u}...
...bf u}\vert^2
-\vert\mathrm{\bf v}\vert^2 \right\}
\end{array}\end{displaymath}

です.

南海  そこで,内積が先か,大きさが先かということになる. 結論的には,ベクトル空間は内積を基礎にする.

耕一  『数学対話』-「高校数学の土台」-「座標の方法」-「ベクトルと座標」では, 内積の2つの定義

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
\mathrm{\bf u}\cdot\mathrm{\bf v}
=\math...
... \mathrm{\bf u}\cdot\mathrm{\bf v}
=x_1x_2+y_1y_2
\end{array}\end{displaymath}

は同値である,と教わりました. ここで,角$\theta$は2つのベクトルのなす角, $\mathrm{\bf u}=(x_1,\ y_1),\ \mathrm{\bf v}=(x_2,\ y_2)$です.

南海  今は,それ以前の議論をしている. 第1の定義のなかで用いられている「大きさ」と, 「なす角$\theta$」はどのように定めるのか. また,第2の定義で用いた座標は,ベクトル空間$V$では, まだ設定されていない.

耕一  確かに.

南海  ベクトル空間$V$の内積を,次のように定義しよう.

定義 4 (内積)
ベクトル空間$V$の2つのベクトル $\mathrm{\bf u}$ $\mathrm{\bf v}$に対して定まる 実数値 $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$が,次の性質をもつとき, $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$をベクトル $\mathrm{\bf u}$ $\mathrm{\bf v}$内積という.

任意のベクトル $\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v},\ \mathrm{\bf w}$と 実数$k$に対して

(i)

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})=
B(\mathrm{\bf v},\ \mathrm{\bf u})
\end{displaymath}

(ii)

\begin{displaymath}
\begin{array}{l}
B(k\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})
=kB(...
...thrm{\bf v})
+B(\mathrm{\bf w},\ \mathrm{\bf v})
\end{array} \end{displaymath}

(iii)

\begin{displaymath}
0\le B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf u})\ かつ\
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf u})=0\iff
\mathrm{\bf u}=\mathrm{\bf0}
\end{displaymath}

第3の条件は,内積の定義そのものには不要で, この条件を満たすものを特に「正値な内積」と呼ぶのだが, 簡単のためここではこの条件も内積の定義のなかに入れておく. 直交座標が定まっていて,大きさが普通のユークリッド式の距離であるときは, $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$ $\mathrm{\bf u}\cdot\mathrm{\bf v}$ と書くのだった.

耕一  $B$は何から来ているのですか.

南海  性質(i)と(ii)は, $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$が, $\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v}$のそれぞれについて 一次(線型)であるということを意味している. すなわち $\mathrm{\bf v}$を固定し, $\mathrm{\bf u}$を変数とすると, $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$$V$から実数への線型写像になっている. 逆に $\mathrm{\bf u}$を固定しても同様である. つまり内積は双線型(bilinear)なのだ.この$B$から来ている.

さて,今はまだ座標も定まっていない段階だが, 普通の$xy$座標が入った平面ベクトルでの内積の例を作っておこう.

例 1.2.2   $xy$平面の2つのベクトル $\mathrm{\bf u}=(x_1,\ y_1),\ \mathrm{\bf v}=(x_2,\ y_2)$ に関して

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})=
ax_1x_2+cx_1y_2+dy_1x_2+by_1y_2
\end{displaymath}

と定める.これが内積になるための$a,\ b,\ c,\ d$の条件を求めよ.

耕一  内積の満たすべき性質(i)から

\begin{eqnarray*}
&&
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})=
ax_1x_2+cx_1y_2+dy_1x_2...
...mathrm{\bf v},\ \mathrm{\bf u})=
ax_2x_1+cx_2y_1+dy_2x_1+by_2y_1
\end{eqnarray*}

がつねに成立しなければならない.よって$c=d$である. 内積の満たすべき性質(ii)が成立することは明らか. またこのとき,

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf u})=
a{x_1}^2+2cx_1y_1+b{y_1}^2
\end{displaymath}

これが(iii)を満たすためには,この2次式のの判別式を$D$とすると

\begin{displaymath}
a>0,\ D/4=c^2-ab<0
\end{displaymath}

詳しくは$x_1$$y_1$の0でない方で割って2次関数にして考えなければなりませんが.

以上から

\begin{displaymath}
a>0,\ c=d,\ c^2-ab<0
\end{displaymath}

ということは

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})=
x_1x_2+2x_1y_2+2y_1x_2+5y_1y_2
\end{displaymath}

なんかも内積になるのですね.

南海  そう. さて,この内積を用いて, ベクトルの大きさとしての絶対値 $\vert\mathrm{\bf u}\vert _B$を次のように定める. $B$によって定まる絶対値という意味で$B$を添えて書いておこう.

\begin{displaymath}
\vert\mathrm{\bf u}\vert _B=\sqrt{B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf u})}
\end{displaymath}

絶対値はどんな性質をもっていたか.

耕一 

\begin{displaymath}
\vert k\mathrm{\bf u}\vert _B=\vert k\vert\vert\mathrm{\bf u}\vert _B
\end{displaymath}

のような性質があります.

これは内積の定義から

\begin{eqnarray*}
\vert k\mathrm{\bf u}\vert _B&=&\sqrt{B(k\mathrm{\bf u},\ k\ma...
...f u},\ \mathrm{\bf u})}
=\vert k\vert\vert\mathrm{\bf u}\vert _B
\end{eqnarray*}

とわかります.

南海  問題は三角不等式だ.つまり内積とそれを用いた絶対値の定義に対し

\begin{displaymath}
\vert\mathrm{\bf u}+\mathrm{\bf v}\vert _B\le \vert\mathrm{\bf u}\vert _B+\vert\mathrm{\bf v}\vert _B
\end{displaymath}

は,この一般の内積でも成立するか,だ.

耕一  両辺負ではないので,2乗する. 左辺の2乗は

\begin{eqnarray*}
\vert\mathrm{\bf u}+\mathrm{\bf v}\vert _B^2
&=&B(\mathrm{\bf ...
...(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})+
\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\end{eqnarray*}

また,右辺の2乗は

\begin{displaymath}
\vert\mathrm{\bf u}\vert _B^2+2\vert\mathrm{\bf u}\vert _B\vert\mathrm{\bf v}\vert _B+\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\end{displaymath}

したがって三角不等式は,不等式

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})\le
\vert\mathrm{\bf u}\vert _B\vert\mathrm{\bf v}\vert _B
\end{displaymath}

と,同値です.

南海  実はこれより強い

\begin{displaymath}
\{B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})\}^2\le
\vert\mathrm{\bf u}\vert _B^2\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\end{displaymath}

が成り立つ.

耕一  これって,普通の場合,成分で書くと

\begin{displaymath}
(x_1x_2+y_1y_2)^2\le (x_1^2+y_1^2)(x_2^2+y_2^2)
\end{displaymath}

ですね.コーシー・シュワルツの不等式ではありませんか.

南海  そう.この不等式が一般的な内積で成立する.これを証明しよう.

定理 2 (コーシー・シュワルツの不等式)
ベクトル空間$V$に 内積 $B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})$が定まっている. 内積とそれから定まるベクトルの大きさ $\vert\mathrm{\bf u}\vert _B$の間に 次の不等式が成立する.

\begin{displaymath}
B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})^2\le
\vert\mathrm{\bf u}\vert _B^2\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\end{displaymath}

証明

$\mathrm{\bf u}=\mathrm{\bf o}$のときは両辺0で成立. $\mathrm{\bf u}\not=\mathrm{\bf o}$とする. 内積の定義(iii)から,任意の実数$t$に対して

\begin{eqnarray*}
0&\le&
B(t\mathrm{\bf u}+\mathrm{\bf v},\ t\mathrm{\bf u}+\mat...
...(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})t+\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\end{eqnarray*}

が任意の実数$t$に対して成立する. したがって$t$の二次式としての判別式について

\begin{displaymath}
D/4=B(\mathrm{\bf u},\ \mathrm{\bf v})^2
-\vert\mathrm{\bf u}\vert _B^2\vert\mathrm{\bf v}\vert _B^2
\le 0
\end{displaymath}

が成立する. 等号成立は $t\mathrm{\bf u}+\mathrm{\bf v}=\mathrm{\bf0}$ となる$t$が存在するときである.□

耕一  ということは先の例で考えた内積でこれを実際に書くと

\begin{eqnarray*}
&&(ax_1x_2+cx_1y_2+cy_1x_2+by_1y_2)^2\\
&\le&
(a{x_1}^2+2cx_1y_1+b{y_1}^2)(a{x_2}^2+2cx_2y_2+b{y_2}^2)
\end{eqnarray*}

です.もちろん条件

\begin{displaymath}
a>0,\ c^2-ab<0
\end{displaymath}

の下でですが. これが一般化されたコーシー・シュワルツの不等式ですね. 普通は$a=b=1,\ c=0$ですが.


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