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初等数学

初等数学の定義

小学校の「算数」も中学・高校の数学も大学初年の数学も,そして専門的な現代の数学も,一つの文明における同じ数学である.そこには高い統一性がなければならない.

日本では明治維新以降の近代になって,西洋式の数学が導入された.それからまだ日が浅い.江戸時代には和算があり,そこでは今日からみても驚くほど高度な数学がおこなわれていた.日本の近代数学は,その土台の部分に和算の伝統を受けついではいるが,西洋式の数学表現との間に断絶がある.

西洋文明においてはその根幹にギリシャ以来の数学があるとされ,ギリシアの数学が学問の一つの典型と見なされている.このような意味において,日本近代の数学は,日本の文明に根づいているとは言いがたい.したがってまた,同じ一つの数学としての統一性はたいへんに弱い.

この事実をおさえておきたい.そのうえで,専門化される前の,文明社会で生きるうえで必要であり,人の土台となる数学のすべて,これを「初等数学」と言う.数学は現代世界で人が生きるうえで,なくてはならない.それには二つの理由がある.

文明の方法

現代の文明は,あらゆるところで数学が基本的な方法として用いられている.身の回りにあるテレビ,パソコン,携帯電話などの情報機器,鉄道,飛行機などの交通機関,橋やビルなどあらゆる建造物,すべて数学なしには設計もできず建設もできず,運転もできない.つまり存在しえない.また,あらゆる経済活動は数をもとにおこなわれ,数学なしに生産活動を組織することはできない.

情報技術はあらゆるものを形式化しさらに数字化してつかみ動かそうとする基本的な傾向がある.情報技術は,人がこういうものだと認識したあらゆるものに番号を振ろう(コード化しよう)とする.この傾向については賛否がありうる.しかしこの傾向を押しとどめることはできない.

だから,現代文明を成り立たせている数学を理解し,身につけなければ生産活動に携われないし,生活もできない.数学は現代社会で人間として生きていくうえで不可欠である.

実際の仕事や日常生活でどれだけ数学がいるかということよりも重要であるが,さらに大切なことは,基礎的な素養として一定の数学を習得しなければ,今日の文明のもとでは人間的な生活を送ることができないということである.

第二の母語

数学は人に不可欠な言葉である.

人はサルからわかれ長い時間を経て,言葉を使うことで力をあわせ協力して働く生き物になった.人はこの世界から糧を得るために力をあわせて働いてきた.人一人一人は弱い生き物だが,力をあわせることで生きてきた.力をあわせるために言葉が生まれた.言葉は豊かになり,世界をなんらかの形に切りとってつかむ方法になった.言葉は人と人が伝達しあう方法であると同時に,考えるということを可能にした.先に生きたものの智慧を次代に伝えることができるようになった.これが言葉である.

人は働きそしてそのことを省みる.言葉がそれを可能にした.今日の労働は昨日より疲れるとか,この石を持ちあげるのはあの石より楽だなど,体感しうる労働量の比較から量の認識がはじまる.また実がなるまでの日にちを数えることもあっただろう.こうして量の仕組みの科学が育っていった.それが数学なのだ.量の認識と数の発見からはじまり,これもまた途方もなく長い時間をかけて数学が育ってきた.

数学は,世界の仕組みを把握し,量を抽象してとらえる言葉そのものである.第一の生得の言葉が量の構造把握と結びついて論理や論証が生まれ,抽象して判断する言葉としての数学が育つ.これが人である.数学は第二の母語であり,しかもこの母語は第一の母語のうえに表されるが,他の母語の上に表すこと,翻訳が可能なのだ.

数学はそれ自体として存在するが,存在するところは抽象された場である.それゆえに数学的な判断は論証による.数学は論証してはじめて存在する.ある数学的事実は何を根拠に成立するか.それを考える.「本当か? なぜなのか?」と考える.数学的事実を把握し,根拠を論証し,一見正しいことも根拠が明確でなければあくまで疑い,真偽を追求する.

だから数学を勉強することは,批判的論証の基礎訓練である.証明するということ自体が人の必須の方法である.論述や弁証が典型的に用いられる数学を学び,結論の根拠を論述したり証明することをとおして,筋道を立て結論を予測しそれを論証する力をつける.

言葉が,人を一つの共同体に結びつけその規範の下で生きることを求める側面と,同時に人の自立を支える基本をなすという側面があるのと同様に,数学もまた,第二の母語として,文明のもとでそれに適応して生きる方法であるとともに,この文明のもとで人としての原理を失わず生きる方法を教えるという側面をもつ.



Aozora 2018-02-25