高校数学においても,「構造・存在・構成」という考え方が基礎にある.「構造・存在・構成」は19世紀の後半に西洋文明のなかで自覚的につかまれ,20世紀になって数学だけではなく,自然科学,言語学や社会科学など,およそ科学といわれる分野において一般的になった考え方である.人が何かを解明しようとするときとる普遍的な考え方である.
そのことを1次不定方程式で考えよう. とを未知数とするのような方程式を不定方程式という.この場合はとの次数は1なので「1次不定方程式」という.どうして「不定」なのか.式は座標平面では直線を表し,直線上の点の座標の値はすべてこの方程式を満たす.つまり,未知数の数(この場合は2個)より方程式の数(この場合は1個)が少なく,解は無数にあって定まらないので「不定」と言う.
とが互いに素な整数であるとき, 一次不定方程式に関して,次の問いに答よ.
解答
逆に任意の整数を用いて
だから,のすべての解はあるひと組の解と整数を用いて
これは解の全体を平面上に置くとき, 直線上に等間隔に並んでいることを意味している.
任意のの要素をとり,それをで割る.商が,余りがであるとする.
一方
とが互いに素ならとも互いに素であるから,
こうして解が係数のより小さいものの解から構成できる.
この過程を繰り返すと,最後は一方はとなる.
またはの解としてかがとれる.
ここから逆に戻っていけばの解が得られる.
これが1次不定方程式の基本的な事実である.
(1)が1次不定方程式の解の構造を問うている.「構造」という言葉は訓読みすれば「つくりとかまえ」である.ものの内部のつくられかたと,そのものの現れかたを意味する.「社会構造」や「言語構造」などのように「構造」としてとらえるためには,考えている全体,という意識がなければならない.この全体という意識,考え方自体は近代が生み出したものであり,「構造」は近代になって用いられるようになった.そのさきがけは,次の二例である.
◇『小説神髄』(坪内逍遙)「いくらかはじめに土台をまうけてさて構造(カウゾウ)に着手せざれば」/ここでは「つくり」が主になっている.土台は構造に含まれていない.
◇『流行』(森鴎外)「此家は今日に見えている周囲の構造(コウザウ)が寺らしくても,寺ではない」/ここでは「かまえ」が主になっている.
このように数学は,考える対象を集合としてとらえ,その集合がどのような構造をもっているのか,それを考える.
だがさらに,考えている対象が本当に実質的な内容をもつのか,ということが問題である.(1)のは存在するのか.条件を満たす集合の要素は「存在」しているのか.
そしてさらに,その要素を具体的につかむことができるのか,つまり一般的な「構成」方法はあるのか,が問題になる.
つまり考える対象としての集合が明確に定まったとしてそのうえで,
構造は,存在と構成とあわせて考えるときはじめてその集合を解明したといえる.実は高校数学はすべてこのような「構造・存在・構成」を調べ,学ぶこととしてとらえることが出来る.
解答
のとき.方程式を変形して
の場合にも解の構成方法が存在し, それをまとめたものがいわゆる2次方程式の解の公式である. それを解答のなかで用いている.
さらに,すべての3次方程式,4次方程式の解を構成する方法がある.つまり,3次方程式,4次方程式の解の公式が存在する.
18世紀から19世紀,5次方程式の解の公式を作ろうと多くの人が努力した.しかし出来なかった.ついに,アーベルとガロアによって,5次方程式には解の公式が存在しないことが証明された.
解はつねに存在する.しかしそれを求める一般的な方法はない.
ここでこのような集合とその構造に関する入試問題を紹介しよう.
0でない複素数からなる集合 は次を満たしているとする.
解答
の任意の2つの要素 に対して も明らかに の解なので,再び の要素である.
よって は題意を満たすちょうど 個の複素数からなる集合である.
で なら なので である.つまり
なら である.
の要素 の偏角 は でとるとする.
の要素で偏角が正で最小であるものを とする.
の任意の要素 をとる.
このとき
であるが
もし なら偏角が正で の偏角より小さい 要素 が存在し, の要素で偏角が正で最小であるものを としたことと矛盾する.
ゆえに .つまり
ゆえに の要素はすべて のべきである.
のべきで初めて1になるものを とすれば
別解 とする.
の任意の要素をとる.条件から
に対して
なので,
構造・存在・構成はすべて命題として記述され,その成立が証明されてはじめて事実として確定する.
式や文章で表された事柄で,正しいか正しくないかが明確に決まるものを命題という.命題が正しいことを真であるといい,正しくないことを偽であるという.
「事柄」そのものは定義されていないが,数学的現象について何らかの事実や推論を述べたもの,と言うことである.「5は3より大きい」は命題である.「5は3より美しい」は命題ではない.なぜなら「3より大きい」は明確に定義されるが,「3より美しい」は定義されないからである,としてよい.
「正しいか正しくないかが,明確に決まる」かどうかどうやって判断するのだろう.証明できるか反例があげられたとき真偽が決定される.とすれば,証明もできないし反例もあげられないとき,それは命題ではないのか,あるいは力不足で証明もできないし反例もあげられないだけであるのか,どうやって判断するのかということである. 証明もせず反例もあげないで,あらかじめ「命題」であるかどうか判断できるのだろうか.
さらに次のような問題もある.正しいか正しくないかはつねに決定されるのか,ということである.命題は真偽いずれかであるとしても,決定はできるのか.実はこの問題は数学体系の完備性,十分性という問題で,大変難しい.
これらはすべて当然で自然な疑問である.だが,この問題を掘りさげようと思ったら,数学基礎論の勉強をしなければならない.いずれも数学体系をどのように組み立てるのかという難しい問題なのだ.高校の教科書の定義は厳密な意味で「命題」の定義ではない.実は命題とは「いくつかの公理と論理演算の列」として定義されるのだが,ここではそれ以上追求することはできない.
このように高校数学のなかには,論理的な穴がいっぱいある.それはそれでいいのだ.それは人間が数学的現象を捉えるときの不十分さということであり,さらに学ぶなかで必要なときに解決していけばいいのだ.もし上に書いたようなことが気になる人はさらに勉強を続けてほしい.
「命題」はわかったものとし,これを基本にして順次考えていこう.「16は4の倍数である」は命題である.この16を変数 に変えた「 は4の倍数である」はに何が入るのかによって真になったり偽になったりする.この場合は16をに置きかえたが文字は必要に応じて使い分ける.
命題の主部を適当な変数,例えば や などに置きかえたものを命題関数という.そしてこれを や,変数を明確にしたいときは のように書く.例えば :「 は奇数である」のようなものだ.命題関数 はそれ自体真偽が定まらないから命題ではない. に値を代入することによって命題になる.「真である」ことを「成立する」ともいう.
このについていえば,つまり「3 は奇数である」は真,つまり「4 は奇数である」は偽である.命題関数というからには何かの値をとると考えることもできる.この場合の値は何かといえば,それは「真」と「偽」だこの二つの値をとる.だから上の例では と考えることもできる.
そこで「条件」の定義だが,命題関数 のことを に関する条件というのだ.命題の定義にたちかえっていうと,文字を とすれば,条件とは「 に代入することによって真偽が定まる式や文」のことである.何となく使ってきた「条件」もこのようにして明確に定義される.
実数に対し 2次方程式 は実数根をもつ.は,文字 に関する条件である.上の書き方では命題関数 は
:「 は実根をもつ.」となる.一方,文字 に関する別の条件を
:は を満たす.とおく.すると,
命題関数は,を満たすなら真である.のいずれもが成り立つ.このようなとき,2つの条件 とは同値であると言う.
命題関数は,を満たすなら真である.
なお,条件は単にのように変数を明示しないで書くことも多い.
これに対して,二つの条件を用いて と表される推論も命題である.推論型の命題を複合型命題ということもある.ここでやは例えば
:はをみたす. :はをみたす.のような何かの条件である.この例の場合についての条件である.
このように命題には事実を述べた断定型と,推論を述べた推論型がある.しかし「3は奇数である」という断定型命題は,「が3ならばは奇数である」と推論型に表されるので,基本的に命題は推論型であるとしてもよい.
条件が成立するならば,条件が成立する. (これを「 」と記す).の形に表される命題を考えよう.このとき 条件 をこの命題の仮定(条件), 条件 を結論(条件)という.
いわば,複合命題をさらに細かく分けて, 各段階の成立が明白となるようにすることである.
その道筋を見つけることが,証明の根幹である.
だから問題解決の第一歩は,次のことを確認することである.
このように問題を読んだらまず問題を分析し,どのような条件が成立すると仮定するとき,何を決定しなければならないのかを明確にすることである.
平面上の鋭角三角形 の内部(辺や頂点は含まない)に点Pをとり, をB,C,Pを通る円の中心, をC,A,Pを通る円の中心, をA,B,Pを通る円の中心とする. このときA,B,C, が同一円周上にあるための 必要十分条件はPが の内心に一致することであることを示せ.
考え方
全体に共通な前提:
平面上の鋭角三角形 の内部(辺や頂点は含まない)に点Pをとり, をB,C,Pを通る円の中心, をC,A,Pを通る円の中心, をA,B,Pを通る円の中心とする.
このもとで,二つの命題:
甲:A,B,C, が同一円周上にある.に対し「甲ならば乙」,「乙ならば甲」のいずれもが成り立つことを示す. これが問題の構造である.
乙:Pが の内心に一致する.
そのうえで証明法であるが,次のような間接証明ができないか考えてみよう.
1) 条件を満たすものは一つしかない. 2) もも条件を満たす.
3) ゆえにである.
中心が同一直線上にない三円が同一の点を共有すれば, その点は一つしかない.あるいは,三角形の外心はただ一つしかない. この簡単なことを用いると比較的簡明に証明できる.
証明
点と が題意のように定まっている 前提のもとで次の二条件の同値性を示す.
条件甲:A,B,C, が同一円周上にある.
条件乙:Pが の内心と一致する.
(1) 甲ならば乙を示す.
|
よりは弧の中点.
円周角の相等より
.
つまり直線は角の二等分線である.
従って内心は上にある.
他についても同様なので,三直線
は
内心で交わる.
である. ここで 角の二等分より . 円周角の相等によって . これから が結論される. この結果 となり,内心はを中心とし を通る円周上にある.点も同じ円周上にある. についても同様に成り立つ. |
三点 を中心とする三円上にとの両点がある. これら三円の中心が一直線上に来ることはない. よって三円が共有する点は一点しかない. つまり である.
(2) 乙ならば甲を示す.
の二等分線と
の外接円の交点を
とする.
点は内心なので,(1)と同様にして,
である.
つまりは三点 から等距離にある.点も等距離にある. 同一直線上にない三点から等距離にある点は一つなので である.つまり は の外接円上にある. 他も同様である.□ |
|
では次の問題はどうだろうか.
を0でない3つの実数とする. ,,とおき, 以下の命題を考える.
こうなると問題の分析が難しい.(2)は前提が である.そのもとでのの成立を示せといっている.このところをおさえることと,命題の否定の作り方を正しくすること.これに注意して解いてみてほしい.
解答
()の対偶は,「かつであるとき, の正の個数は0,2,3である」である.
もしなら(1)からなので,.よってである.
なら()からの正の個数は3. ならの正の個数0か2.
よって()の対偶が示された.
,とする. よりである.なので
よってのなかの負のものは0個,つまりすべて正である. □