数学の入門として公理的方法それ自身が教育的に優れているかといえば,そうではない.教育的には数学的現象を現象としてとらえ,そこからの帰納して土台にあることを解明してゆく,その過程が重要である.しかしパスカルの原文を読んだうえでは,それを再構成することが問題となり,その段階では,公理的方法が貴重である.公理を立てそこから演繹的に論証を進めることは,数学的行為そのものである.パスカルの読解とその初等的証明の後で,公理を立てそれをもとに論証をのべる.
エウクレイデス(Eukleides,紀元前365年?〜紀元前275年?,英語表記 Euclid)は古代ギリシアの数学者,天文学者とされる人で,アテナイで学びプトレマイオス1世治下のアレクサンドリアで教えた.ちなみにプトレマイオス1世とは,アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)の部下であったマケドニア地方出身のギリシア人で,大王の死後,エジプトの支配を継ぎ,プトレマイオス朝を創始した.
公理を立て,公理からはじめて論証を進め,新たに発見された事実を揺るぎないものとして示すという幾何の論証はエウクレイデスにはじまる.それをまとめたものが『(幾何学)原論』である.これは複数人の共著であり,その一人がエウクレイデスであるといわれている.
『原論』はラテン語圏,アラビア語圏にもたらされ,その後各地で二千数百年にわたって幾何学,いや数学そのものの基本となる書物であった.この書は13巻から成り,1〜6巻は平面幾何,7〜9巻は数論,10巻は無理量,11〜13巻は立体幾何を取り扱っている.図形以外では,最大公約数を求める方法であるユークリッドの互除法,素数の個数は無限であることの背理法による証明,などが書かれている.
『原論』では,概念の定義から始まり,公準(要請)・公理・命題とその作図・証明・結論という形式で書かれている. 公準とは公理のように自明ではないが,公理と同様,証明不可能な命題を意味する.近代ではこれを含めて公理とすることが一般的である.「公準」と訳されるものもここでは公理に統一する.
『原論』はこのような形式で数学を論述する.自明であるとすることをまず言い表し,そこからはじめて厳格な論証によって数学的現象を論述していく,この学問記述の方法は,二千年以上にわたって,数学のみならす学問一般の模範であった.いまもその精神は受け継がれるべきものである.
1) 点とは,部分をもたないものである.
2) 線とは,幅のない長さである.
3) 線の端は点である.
4) 直線とは,その上にある点について,一様に横たわる線である.
5) 面とは,長さと幅のみをもつものである.
6) 面の端は線である.
7) 平面とは,その上にある直線について,一様に横たわる面である.
8) 平面角とは,平面上にあって互いに交わり, かつ1直線をなすことのない2つの線相互の傾きである.
9) 角を挾(はさ)む線が直線であるとき, その角は直線角と呼ばれる.
10) 直線が直線の上にたてられて接角を互いに等しくするとき, 等しい角の双方は直角であり, 上にたつ直線は,その下の直線に対して垂線と呼ばれる.
(続)
そのうえに,ユークリッドの幾何学では次のような公理をたてる.
これをもとにユークリッドは論証をはじめる.後世,多くの人々が『原論』の解釈を行った.しかし『原論』でなされていることは,数学そのものであり,その他のものは一切ない.前文もなければ,行間の解説もない.それどころか,それ以前に証明されているいずれの命題を根拠としたのかという指示もない.
このことは『ギリシャの幾何学』[37]に詳しい.この論考は,ギリシャ時代の幾何学に対して多くの誤解と恣意的な解釈がおこなわれてきたなかで,ギリシャ時代の幾何を本来のギリシャの幾何学者の行った行為そのものにおいて取り出そうとするものであり,大変優れている.そして,この意味においてユークリッドの方法は,2000年にわたり,学問の方法そのものだった.
そのうえで,近代にいたって公理1)〜4)は満たすが,ユークリッドの平行線の公理5)を満たさない幾何が見出された.これは転換であった.平行線の公理は真理なのではなく,一つの設定であり,他の設定を行うと,また異なる幾何が可能であることを,近代の人々は知ったのである.そしてまた,公理を満たすモデル,数学的構造物は一つでもないことを知った.
公理が絶対的な真理であるという位置づけから,数学的現象の構造を探究する方法となった.公理にもとづいて数学を構成することで,対象の内部構造をつかみ,それを通して数学そのものをとらえようとする方法である.もとより数学はさまざまの数学的現象から帰納的に結論を予測し,結論の根拠となる事実を掘りさげて,予測された事実が成立することを論証してゆく.そしてその根拠がどのような構造をもつのかということを追求する.そのときに重要な方法が公理の方法であった.
射影幾何についていえば,射影的事実を成り立たせている根拠となっているのはどのようなことなのか,これを考えようとすれば,一定の公理系を立て,そこから演繹して何が言えるのかを研究しなければならない.その結果,「図」はもはや実平面に存在する図ではない.共線,共点関係の象徴的な記号である.公理系から作られた射影幾何の命題を実数平面に描いて考える.これはひとつのモデルである.点と直線とそれらの共線,共点関係だけから構成された射影幾何は,実数上のモデルをもつ.逆に言えば,公理的方法とは,「射影幾何」としてくくることのできる様々なモデルの共通構造を研究することであり,それによってその構造の本質をつかもうという方法である.
フランスを中心とする数学者集団ブルバキは,このことを端的に次のように述べる.
もし,未来にそれ(現在の数学の枠組みとなっている公理的集合論)が破綻しても数学は必ずや新しい基礎を見つけるだろう.
本書は,パスカルの『円錐曲線試論』にある方法を取り出し,すでにそこに公理的な幾何学建設の意志があることを確認した.これを踏まえて,以上のような考えの下,方法としての公理系による研究,という立場から,射影幾何の公理系を立て,そこから演繹して,いかなることが導かれるのかを確認してゆこう.