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自然対数の底

史織  自然数の底$e$について質問します.

本来は

\begin{displaymath}
\displaystyle \lim_{n \to \infty} \left(1+\dfrac{1}{n} \right)^n=e\quad \cdots\maru{3}
\end{displaymath}

$e$ を定める.そして

\begin{displaymath}
\displaystyle \lim_{x \to 0}(1+x)^{\frac{1}{x}}=e
\end{displaymath}

を示す.ところがこの方式では数列 $\left\{\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^n\right\}$ の収束や, また

\begin{displaymath}
\lim_{n \to \infty} \left(1+\dfrac{x}{n} \right)^n=e^x
\end{displaymath}

を示すのが簡単でない.それで最近の日本高校でははじめから第一の関数の極限を, 収束性の証明なしに定義にしている.

このように聞きました.

では収束の定義がはっきりすれば$\maru{3}$の左辺の収束が証明できるのでしょうか.

南海  いやそれほど簡単ではない.

「実数とは何か」で話した実数の連続性を根拠にしなければならない. 次のことが示される.

定理 3
実数からなる数列$\{a_n\}$は,

\begin{displaymath}
a_n<a_{n+1}
\end{displaymath}

かつ,すべての$n$に対して,$a_n<M$となる実数$M$があるとする.

このとき数列$\{a_n\}$は収束する.

このような数列を「単調増加有界数列」という.単調減少で下に有界なときは,すべての項の符号を逆にして考えれば 「単調増加」で上に「有界」な数列になる.したがってこの定理を一言でいえば,「単調有界数列は収束する」 ということである.

「実数の連続性と代数学の基本定理」で,閉区間で定義された連続関数には最大値と最小値があることの証明の 概略を示した.その証明の概略のなかで, 閉区間内に無数の点の集合$S$があれば,$S$には集積点が存在することを,概略で示した. 集積点$x_0$とは,$x_0$を含むどのように小さい区間をとっても,その区間のなかに$S$の要素が 無数に存在するような点である.

証明      「単調有界数列は収束する」ことの証明は次のように論証される.

  1. 数列$\{a_n\}$の各項はすべて閉区間$[a_1,\ M]$に含まれるので,集積点$\alpha$ が存在する.
  2. すべての$n$に対して$a_n<\alpha$である.仮に,$\alpha\le a_n$という項があるとする. 数列$\{a_n\}$は単調増加なので$a_n$より小さい値の項は$n-1$個で有限である. したがって$\alpha$を含む区間 $[a_1,\ a_{n+1}]$には$n$個の項しか存在しない.
  3. 任意に与えられた正の実数$\epsilon$に対して$\alpha$を含む長さ$\epsilon$の区間$I$をとる. $I$には$S$の要素が存在する.$a_N \in I$とする. 単調増加性から$n>N$に対するすべての$a_n$となる. この範囲の$n$について $\vert\alpha-a_n\vert<\epsilon$が成り立つ.

よって数列$\{a_n\}$$\alpha$に収束する.□

定理 4

\begin{displaymath}
a_n=\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^n
\end{displaymath}

とする. 数列$\{a_n\}$は収束する.

証明      数列$\{a_n\}$が単調増加で有界であることを示せばよい.


$k\ge 2$のときその一般項は

\begin{eqnarray*}
{}_n\mathrm{C}_k\dfrac{1}{n^k}&=&\dfrac{n(n-1)\cdots(n-k+1)}{k...
...n}\right)\cdots\left(1-\dfrac{k-1}{n}\right)}{k!}
<\dfrac{1}{k!}
\end{eqnarray*}
\begin{eqnarray*}
∴\quad a_n&<&1+1+\dfrac{1}{2!}+\dfrac{1}{3!}+\cdots+\dfrac{1}...
...\dfrac{1}{2^{n-1}}=1+\dfrac{1-\dfrac{1}{2^n}}{1-\dfrac{1}{2}}
<3
\end{eqnarray*}

よって数列$\{a_n\}$が単調増加かつ有界なので,確かに収束する.□

この極限値を自然対数の底といい$e$と表すのだった.

この証明には区間縮小法による方法もある.「実数の連続性と代数学の基本定理」で 紹介したが次のことが成り立つ.実はこのような共通の要素が存在することが実数の連続性に他ならないのだ.

区間縮小法
閉区間 $I_n=[a_n,\ b_n]\ (n=1,\ 2,\ \cdots)$において,

  1. $\displaystyle I_{n+1}\subset I_n\ (n=1,\ 2,\ \cdots)$
  2. $n$が大きくなるとき区間の幅$b_n-a_n$がいくらでも小さくなる.
このとき,これらの区間に共通な要素がただ一つ存在する.

先の証明のように二項定理を用いても出来るのだが,いろいろ役立つ便利な補題を紹介しよう.

補題 1
任意の自然数$n$と相異なる正数$a,\ b$に関して次の不等式が成り立つ.

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{na+b}{n+1}\right)^{n+1}>a^nb
\end{displaymath}

史織  これは相加相乗平均の関係不等式です.$a$$b$が異なるので等号は成立しません.

\begin{eqnarray*}
\dfrac{na+b}{n+1}&=&\dfrac{a+a+\cdots+a+b}{n+1}\\
&>&(a\cdot a\cdot \cdots\cdot a\cdot b)^{\frac{1}{n+1}}=(a^nb)^{\frac{1}{n+1}}
\end{eqnarray*}

両辺$n+1$乗すれば補題が得られます.

南海  補題を $a=\dfrac{n+1}{n},\ b=1$で用いると, $\dfrac{na+b}{n+1}=\dfrac{n+2}{n+1}$なので,

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{n+2}{n+1} \right)^{n+1}>\left(\dfrac{n+1}{n} \right)^n
\end{displaymath}

これは数列 $a_n=\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^n$が単調増加であること示している.

次に 補題を $a=\dfrac{n-1}{n},\ b=1$で用いると,

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{n}{n+1} \right)^{n+1}>\left(\dfrac{n-1}{n} \right)^n
\end{displaymath}

逆数をとって

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{n+1}{n} \right)^{n+1}<\left(\dfrac{n}{n-1} \right)^n
\end{displaymath}

これは数列 $b_n=\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^{n+1}$が単調減少であること示している.

また $a_n<b_n<b_1=(1+1)^2=4$なので

\begin{displaymath}
b_n-a_n=\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^n\dfrac{1}{n}=a_n\dfrac{1}{n}<\dfrac{4}{n}
\end{displaymath}

より $\displaystyle \lim_{n \to \infty}(b_n-a_n)=0$である.

したがって区間 $I_n=[a_n,\ b_n]$に区間縮小法を適用すると,2つの数列 $\{a_n\},\ \{b_n\}$ は同一の極限に収束することがわかる.□

史織  これで$e$の値もある程度計算できますね.


\begin{displaymath}
\begin{array}{c\vert c\vert c\vert}
&\left(1+\dfrac{1}{n}\...
...2.370&3.160\\
&\cdots&\\
n=10&2.5937&2.8531\\
\end{array}\end{displaymath}

ここで例題を一つ.

例 1.3.1  

\begin{displaymath}
\lim_{n \to \infty}\left(1-\dfrac{1}{n} \right)^{-n}=e
\end{displaymath}

を示せ.

史織 

\begin{displaymath}
\left(1-\dfrac{1}{n} \right)^{-n}=\dfrac{1}{\left(1-\dfrac{1...
...ft(1+\dfrac{1}{n} \right)^n}{\left(1-\dfrac{1}{n^2} \right)^n}
\end{displaymath}

ここで分母が1に収束することを示す.

\begin{displaymath}
\left(1-\dfrac{1}{n^2} \right)^n=
1-{}_n\mathrm{C}_1\dfrac{1...
...ac{1}{n^4}
-\cdots +(-1)^n{}_n\mathrm{C}_n\dfrac{1}{n^{2n}}\\
\end{displaymath}

であるから

\begin{eqnarray*}
\left\vert\left(1-\dfrac{1}{n^2} \right)^n-1 \right\vert
&=&\l...
...dfrac{1}{2}+\dfrac{1}{2^2}+\cdots+\dfrac{1}{2^{n-1}}\right)\to 0
\end{eqnarray*}


\begin{displaymath}
∴\quad \lim_{n \to \infty}\left(1-\dfrac{1}{n} \right)^{-n}=e
\end{displaymath}

南海  そう.

史織  以上の$e$の定義から

\begin{displaymath}
\lim_{ h \to 0}(1+h)^{\frac{1}{h}}=e
\end{displaymath}

が結論として出てくるのですね.

$h \to +0$のときは $x=\dfrac{1}{h}$とおく.

\begin{displaymath}
\lim_{x \to +\infty}\left(1+\dfrac{1}{x}\right)^x=e
\end{displaymath}

を示せばよい.そこで….

南海 

\begin{displaymath}
n \le x <n+1
\end{displaymath}

となる$n$,つまり$n=[x]$をとってはどうだろうか.

史織  逆数をとって

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{n} \ge \dfrac{1}{x} >\dfrac{1}{n+1}
\end{displaymath}

これから

\begin{displaymath}
\left(1+\dfrac{1}{n+1}\right)^n<\left(1+\dfrac{1}{x} \right)...
...ft(1+\dfrac{1}{n} \right)^x<\left(1+\dfrac{1}{n} \right)^{n+1}
\end{displaymath}

つまり

\begin{displaymath}
\left(1+\dfrac{1}{n+1}\right)^n<\left(1+\dfrac{1}{x} \right)^x<
\left(1+\dfrac{1}{n}\right)^{n+1}
\end{displaymath}

ところが


なので,まさにはさみうちの原理から

\begin{displaymath}
\lim_{x \to +\infty}\left(1+\dfrac{1}{x}\right)^x=e
\end{displaymath}

である.

$h \to -0$のときは.

\begin{displaymath}
\lim_{x \to -\infty}\left(1+\dfrac{1}{x}\right)^x=e
\end{displaymath}

を示せばよい.同様にして $-(n+1)<x\le -n$となる$n$をとると,

\begin{displaymath}
1-\dfrac{1}{n+1}>1+\dfrac{1}{x}\ge1-\dfrac{1}{n}
\end{displaymath}

これから


となり先の練習問題からこのばあいも成立する.

南海  これではじめて$e^x$の微分ができるのだ.

史織 

\begin{displaymath}
\dfrac{d}{dx}e^x=\lim_{h \to 0}\dfrac{e^{x+h}-e^x}{h}=e^x\lim_{h \to 0}\dfrac{e^h-1}{h}
\end{displaymath}

ここで$e^h-1=X$とおく.$h=\log(X+1)$である.

\begin{displaymath}
\dfrac{e^h-1}{h}=\dfrac{X}{\log(X+1)}=\dfrac{1}{\log(X+1)^{\frac{1}{X}}}
\end{displaymath}

$h\to 0$のとき$X\to 0$なので

\begin{displaymath}
\lim_{h \to 0}\dfrac{e^h-1}{h}=\lim_{X \to 0}\dfrac{1}{\log(X+1)^{\frac{1}{X}}}
=\dfrac{1}{\log e}=1
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
∴\quad \dfrac{d}{dx}e^x=e^x
\end{displaymath}

南海  これで自然対数の底を定義し$e^x$の微分を求めたので,従来通り$e^x$$\log x$に関する 微積分ができる.


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