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一般化と線型代数の準備

球定理

南海 デカルトの円定理はまた次のような球の問題に拡張される.

空間に五つの球がある.その半径を $r_1,\ r_2,\ r_3,\ r_4,\ r_5$とする. 互いに外接しているとき,これらの五つの半径の間に

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{1}{r_1}+\dfrac{1}{r_2}+\dfrac{1}{r_3}+\dfrac{1...
...rac{1}{{r_3}^2}+\dfrac{1}{{r_4}^2}+\dfrac{1}{{r_5}^2} \right)
\end{displaymath}

が成り立つ.四つの球が互いに外接し,これらが第五の球に内接しているとき, これらの五つの半径の間に

\begin{displaymath}
\left(\dfrac{1}{r_1}+\dfrac{1}{r_2}+\dfrac{1}{r_3}+\dfrac{1...
...rac{1}{{r_3}^2}+\dfrac{1}{{r_4}^2}+\dfrac{1}{{r_5}^2} \right)
\end{displaymath}

が成り立つ.

太郎 こうなると余弦定理でやっていくのはほとんど無理です.

南海 和算家はこのような場合も結論を得ていた. まったく驚くべきことである.

太郎 さらに一般の次元に拡張できるのですか.

南海 できる.そのために$n$次元空間について, 直接必要ではないことも含めてまとめておこう.

$n$次元空間

南海 まず一般の$n$次元ユークリッド空間を定義しておこう. 実数$\mathbb{R}$$n$個の組 $\mathrm{P}=(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$の集合を考える. これを$\mathbb{R}^n$のように記す.集合$\mathbb{R}^n$の要素をという. 二点 $\mathrm{P}(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ $\mathrm{Q}(y_1,\ y_2,\ \cdots,\ y_n)$ に対して距離 $d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})$
\begin{displaymath}
d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})=\sqrt{\sum_{i=1}^n(x_i-y_i)^2}
\end{displaymath}

で定める.これが距離になっていること,次の内積との関連などは, 「線型代数の考え方」「計量ということ」などを見てほしい. このようにして定まる距離をもつ空間を$n$次元ユークリッド空間という.

$n$次元ユークリッド空間はまたベクトル空間でもあり, ベクトルとしての和・差,および実数倍が定まることは, 2次元3次元の場合と同じである. 特に点$\mathrm{P}$と原点 $\mathrm{O}(0,\ 0,\ \cdots,\ 0)$を始点とするベクトル $\overrightarrow{\mathrm{OP}}$が同一視できることなども, 2次元3次元の場合と同じである. ベクトル空間と見るときは$\mathbb{R}^n$の要素を $\mathrm{\bf x}$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}$のようにも表す. 矢線はつけないことも多い(「線型代数の考え方」ではつけていない)が, ベクトルであることを明確にするためここでは $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}$式の書き方をしよう.

このことに注意すると, 二点$\mathrm{P}$$\mathrm{Q}$の距離 $d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})$ はベクトル $\overrightarrow{\mathrm{PQ}}$の大きさでもある.

\begin{displaymath}
\left\vert\overrightarrow{\mathrm{PQ}} \right\vert=d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})
\end{displaymath}

内積

南海 二つのベクトル $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}=(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}=(y_1,\ y_2,\ \cdots,\ y_n)$ に対して内積 $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}\cdot\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}$
\begin{displaymath}
\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}\cdot\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}
=\sum_{i=1}^nx_iy_i
\end{displaymath}

で定める.内積と距離の関係は?

太郎 ベクトル $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}=\overrightarrow{\mathrm{OP}}$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}=\overrightarrow{\mathrm{OQ}}$とすると

\begin{eqnarray*}
&&\overrightarrow{\mathrm{OP}}\cdot\overrightarrow{\mathrm{OP...
...athrm{O},\ \mathrm{Q})^2-
d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})^2\right\}
\end{eqnarray*}

第二の式は
\begin{displaymath}
d(\mathrm{P},\ \mathrm{Q})^2
=\left\vert\overrightarrow{\m...
...overrightarrow{\mathrm{OP}}\cdot\overrightarrow{\mathrm{OQ}}
\end{displaymath}

よりわかります.

部分空間


太郎 平面はどのように定めるのですか.

南海 平面を考える前にまず$\mathbb{R}^n$部分空間 を定義しなければならない. $\mathbb{R}^n$の部分集合$T$$\mathbb{R}^n$の加法と定数倍に関して それ自体ベクトル空間であるとき, $T$$\mathbb{R}^n$の部分空間という.

言い換えると

\begin{displaymath}
\overrightarrow{\mathrm{\bf x}},\ \overrightarrow{\mathrm{\...
...w{\mathrm{\bf x}}+\beta\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}
\in T
\end{displaymath}

が成り立つとき,$T$を部分空間という.

太郎 平面ベクトルにおいて原点を通る直線, 空間ベクトルにおいて原点を通る直線や 原点を通る平面が,このような条件を満たすのではないでしょうか.

南海 そうだ. さて部分空間$T$が与えられたとき,

\begin{displaymath}
T'=\left\{\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}\ \vert\
任意?...
...athrm{\bf x}}\cdot\overrightarrow{\mathrm{\bf t}}=0
\right\}
\end{displaymath}

で定まる$\mathbb{R}^n$の部分集合$T'$は部分空間になる. $T'$のことを$T$直交補空間という.

太郎 平面ベクトルで$T$が原点を通る直線なら$T'$はそれと直交し原点を通る直線になります. 空間ベクトルで$T$が原点を通る直線なら$T'$はそれと直交し原点を通る平面になります.

直線と平面

南海 $\mathbb{R}^n$において直線と平面とは, 1次元の部分空間かまたは2次元の部分空間を平行移動したもの である. $\overrightarrow{\mathrm{\bf u}},\ \overrightarrow{\mathrm{\bf v}}$ を1次独立なベクトルとする. また$\mathrm{A}$を定点とする.このとき,
\begin{eqnarray*}
&&l=\{\mathrm{P}\ \vert\ \overrightarrow{\mathrm{OP}}=
\over...
...bf u}}
+t\overrightarrow{\mathrm{\bf v}}
,\ \ s,\ t\ 実数\}
\end{eqnarray*}

をそれぞれ定点$\mathrm{A}$を通る直線,平面という.

補空間の平行移動


南海 ベクトル $\overrightarrow{\mathrm{\bf u}}=(m_1,\ m_2,\ \cdots,\ m_n)$ と定点$\mathrm{A}$が与えられている. このとき
\begin{displaymath}
\alpha=
\left\{\mathrm{P}\ \bigl\vert\
\overrightarrow{\mathrm{AP}}\cdot\overrightarrow{u}=0 \right\}
\end{displaymath}

で定まる$\mathbb{R}^n$の部分集合$\alpha$を, 点$\mathrm{A}$を通りベクトル $\overrightarrow{\mathrm{\bf u}}$ に垂直な超平面という.

太郎 $\mathrm{P}(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$とするとこの条件は

\begin{displaymath}
m_1(x_1-a_1)+\cdots+m_n(x_n-a_n)=0
\end{displaymath}

と書けます.これが超平面の方程式ですね.

南海 超平面$\alpha$をベクトル $\overrightarrow{\mathrm{AP}}$の集合と見れば, このベクトルの加法を加法とする$n-1$次元のベクトル空間を 点$\mathrm{A}$通るように平行移動したものである. だから平面という概念は, $n$次元空間の部分空間(を平行移動したもの)と一般化することができる.

超球

太郎 球は次のように定義すればいいですね. 定点 $\mathrm{A}(a_1,\ a_2,\ \cdots,\ a_n)$と正数$r$が与えられたとする.このとき
\begin{displaymath}
S=
\left\{\mathrm{P}\ \bigl\vert\ \left\vert\overrightarrow{\mathrm{AP}}\right\vert=r
\right\}
\end{displaymath}

で定まる$\mathbb{R}^n$の部分集合$S$を, 点$\mathrm{A}$を中心とし半径$r$の球(超球)という.

南海 以上の準備のもとで円定理を一般の場合に拡張する. それが次の定理だ.

定理 2        $n$次元空間におかれた$n+2$個の球 $O_1,\ O_2,\ \cdots,\ O_{n+2}$があり, 半径がそれぞれ $r_1,\ r_2,\ \cdots,\ r_{n+2}$ であるとする. $O_1,\ O_2,\ \cdots,\ O_{n+1}$が互いに外接し, さらにこれらが$O_{n+2}$とも外接しているか, $O_{n+2}$に内接している場合,半径の間に関係式
\begin{displaymath}
\left(\sum_{k=1}^{n+1}\dfrac{1}{r_k}\pm \dfrac{1}{r_{n+2}}\right)^2
=n\sum_{k=1}^{n+2}\dfrac{1}{{r_k}^2}
\end{displaymath}

が成り立つ.複合は$O_{n+2}$とも外接する場合が$+$, 内接する場合が$-$である. ■

太郎 とんでもなく難しいように思われます.

南海 このような円定理がどのようなところからやってくるのかを考えなおすことで, $n$次元へ一般化する方法を見出そう.

行列式

南海 以下で一般の場合の行列式を用いる. といっても複雑なことではない.証明は『線型代数の考え方』を見てほしい. 簡単のために4次で示す.

(1)     4個のベクトル $\overrightarrow{\mathrm{\bf x}}=(x_1,\ x_2,\ x_3,\ x_4)$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf y}}=(y_1,\ y_2,\ y_3,\ y_4)$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf z}}=(z_1,\ z_2,\ z_3,\ z_4)$ $\overrightarrow{\mathrm{\bf w}}=(w_1,\ w_2,\ w_3,\ w_4)$ に対し,行列$A$と行列式$\vert A\vert$

\begin{displaymath}
A=\left(
\begin{array}{cccc}
x_1&x_2&x_3&x_4\\
y_1&y...
...1&z_2&z_3&z_4\\
w_1&w_2&w_3&w_4
\end{array}
\right\vert
\end{displaymath}

を定める.このとき
\begin{displaymath}
\overrightarrow{\mathrm{\bf x}},\
\overrightarrow{\mathrm...
...mathrm{\bf w}}が1次独立\quad \iff\quad \vert A\vert\ne 0
\end{displaymath}

また
\begin{displaymath}
\vert A\vert=\left\vert
\begin{array}{cccc}
x_1&x_2&x_3...
..._4&w_4
\end{array}
\right\vert=\left\vert{}^tA \right\vert
\end{displaymath}

(2)    一つの行または列に対して線形性をもつ.
\begin{displaymath}
\left\vert
\begin{array}{cccc}
\alpha x_1+\beta a_1&x_2...
...1&z_2&z_3&z_4\\
d_1&w_2&w_3&w_4
\end{array}
\right\vert
\end{displaymath}

(3)    (1),(2)から,ある行または列を定数倍して他の行または列に加えても, 行列式の値は変わらない.
\begin{displaymath}
\left\vert
\begin{array}{cccc}
x_1+kx_4&x_2&x_3&x_4\\ 
...
...&w_3&w_4
\end{array}
\right\vert=
\left\vert A\right\vert
\end{displaymath}

(4)    展開公式
\begin{displaymath}
\left\vert A\right\vert=
x_1\left\vert
\begin{array}{ccc...
...\\
z_1&z_2&z_3\\
w_1&w_2&w_3
\end{array}
\right\vert
\end{displaymath}

南海 このような行列式の展開を和算では使いこなしていた. 図は『算法発揮』(井関知辰,1690(元禄3)年)である. 線型代数と記法が異なるだけで,内容はまったく同じである. 和算家はこれを終結式の計算に用いた.

この書は東北大学のサイト『東北大学和算ポータル』で全ページ閲覧することができる.


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2014-07-06