たいへんおもしろい試みであり,いろいろ考えさせられるところがあった.
史織 日本にはこのような施設はないのですか.
南海 いろいろな試みはあるが,同じようなものはないようだ. さて,この数学博物館の中に,写真のような玉を転がす滑り台のようなものがある.
青い方の台の横の壁には,次のような解説が,ドイツ語と英語で書かれている.
最速降下曲線問題:どちらが早い道か?とある.
どちらの球が早く下までくるか?
聞こえた玉の音は1つだった,2つだった?
「最速降下曲線」とは,ある点からある点までもっともはやく到達する曲線のことである.1696年から1697年に,多くの数学者,その中には,ヨハン・ベルヌーイ,ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ そしてアイザック・ニュートンらもいたが,この最速降下曲線の形を決定した.
史織 直線の方が距離は短いが, 曲線になっている方が,加速度がつくだけ,距離は長いが到達時間が短いのですね. しかしこの曲線は何なのですか.
南海 結論を先に言えば,この曲線はサイクロイドである.「最速降下曲線」のことを「brachistochrone」というが,これらの言葉で検索すると,多くのサイトが出てくる.動画も多くある.またフランス語だがCOURBE BRACHISTOCHRONEは図でよく理解できる.
サイクロイドはさらに等時性という性質もある. 赤い方の台の横の壁には,次のような解説が,ドイツ語と英語で書かれている.
異なる位置から2つの玉を落とす.どちらが早く下まで来るか.
やってみると,どこから落としても,下まで来る時間は同じだ.
史織 サイクロイドは円の移動にともなう円周上の点の軌跡と習いましたが, その他にいろいろな性質があるのですね.
したがって考える曲線は重力の方向と平行な平面の上にある. この平面を座標平面にとり, $ y $ 軸の正の方向を重力の働く方向にとる. このとき,平面上の原点と点 $ (a,\ h) $ を結ぶ曲線 $ C $ を考える.
1.原点から点 $ (a,\ h) $ まで最も短い時間で落下するような曲線 $ C $ を決定せよ.
2.曲線 $ C $ で $ y $ 座標が最大となる点をAとする. 原点と A の間の任意の点 B から A まで落下にかかる時間は,B のとり方によらず一定であることを示せ.
史織 問題はわかりました.
南海 求める曲線がサイクロイドであることを確認するのに方法が2つある.
一つは,光の屈折原理と同じ考え方で求めるもので,ヨハン・ベルヌーイはこの方法でサイクロイドを得た. スネルの法則といわれる法則を導いて,それから微分方程式を導く.これが方法1である.
その後,上に名のあがる数学者たちが,より一般的な解法を展開した.オイラー=ラグランジュ方程式が基本となる. これは変分法という方法が基礎となる.方法2では,それを初歩的に用いて考える.
まず,物理学からの準備をしよう.
時刻 $ t $ を用いて,曲線 $ C $ の媒介変数表示を $ x=x(t),\ y=y(t) $ とする.
また, $ y $ を $ x $ の関数として $ x $ で微分したときは,
断ることなく $ \dfrac{dy}{dx} $ を $ y' $ で表す.
さて,時刻 $ t $ における玉の速度を $ v $ とする.
原点にあるとき速度が0であるので,
物理学のエネルギー保存則によって,
位置エネルギーの減少分が運動エネルギーに置きかわる.
$ y $ 軸方向の座標が $ y $ のとき,その速度は
\[
\dfrac{1}{2}mv^2=mgy
\]
を満たす.よって速度は位置の関数として
\[
v=\sqrt{2gy}
\]
となる.