朝日新聞、2008年7月19日付けに、日野原先生の次の一文が載った。深く感銘を受けた。現在の日本政府は、老人にはなんの思いやりももたず切り捨てながら、駐留米軍には「思いやり予算」を2000億円以上与える。このような世のあり方に日野原先生は静かに抗議しておられる。先生の心を誰が受け継ぐのか。われわれの責任は大きい。
この一文は土曜版に載り、WEB上では読めないようなのでここで全文紹介したい。
朝日新聞 2008年7月19日
96歳,私の証
あるがまヽ行く 日野原重明
軍事費を老人医療費に
6月14日付のこの欄で後期高齢者医療制度について、私の提言を述べたところ、読者からもっと突き詰めた意見を聞きたいという反響がありました。あらためてこの問題について考えてみたいと思います。
まず、「後期高齢者」という老人に対して差別的ともいえるお役所用語を撤回してほしいことです。
近年、「老人」という呼び名は敬遠されて「高齢者」が一般的になっています。しかし「老」という言葉は、「長老」「老師」など尊敬の念をこめた言葉に使われています。老人の「老」は、長い人生の過程で得られた知恵を持つことを意味しているのです。
65歳以上を老人としたのは半世紀も前のことで、当時の日本人男女の平均寿命は70歳にも満たなかったのです。現在では80歳を超えています。老人という用語を適用する区分を底上げして75歳以上としても差し支えないと思います。
後期高齢者医療制度導入後に75歳以上の人が払う保険料は、低所得者ほど本人負担が増すという実態が、最近の厚生労働省の調査で報告されています。さらなる不平等を生む現行のやり方は廃止されなければならないと思います。
しかし、高齢化傾向は今後ますます進み、老人にかかる医療費が増え続けることは明白です。付け焼き刃な制度で国民に負担を強いる前に、もっと工夫の余地はあるはずです。
一つの提案として、自衛隊の維持費や駐留米軍への思いやり予算など軍事にかかる費用の一部を回してはいかがでしょうか。平和憲法を守るためにも、よいアイデアだと思います。
戦後、日本は戦争を否定して平和憲法を作るという思い切った政策を打ち出しました。平和を目指すことにおいて世界の先端を走るという憲法上での約束を実践することに、今後も国の運命をかけるべきです。暴力による生命の破壊の続く今日の世界にあって、日本人の健康問題も平和への国家的行動と関連づけて考えるべきなのです。
最後に申し上げたいのは、老人医療制度を見直すためには、老人の意識改革も必要ということです。救急車をタクシー代わりに使う、無駄な受診を繰り返すなど、医療費増大の要因となる諸問題をなくすためには、個人のモラルが問われてくるのです。必要な医療が必要な人に行き渡る杜会が実現することを願ってやみません。(聖路加国際病院理事長)