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■ 歴史を見る視点 10/07/22

午前中に注文してあった古本『路上の人』(堀田善衛、1985)が来た。文庫本になる前の本だ。小説の舞台は13世紀前半、イベリア半島北部とピレネー山脈、南フランスを横切り、イタリアを南下してローマに及ぶ南欧の広大な地域。ここを舞台に、いわゆるアルビジョア十字軍下のカタリ派の人々を軸に、誰にも属さず鋭い知性と洞察力を持つ「路上の人」を主人公とする書き下ろし小説である。カタリ派の純粋さを認め、それを踏みにじる権力と一体となったローマカトリックを静かに批判する、それが路上の人の立ち位置である。そのうえで、人生と世界はこのように矛盾に満ちているとどこか突き抜けた達観をもつ人である。面白い。

昨年の今頃はちょうどこの舞台のあたり、モンペリエやカルカッソン、マルセイユ、ニース、ミラノを歩いていた。5世紀にローマ帝国が亡びた後、南欧はシルクロードの西の端にあって、東方の文明やアラビア文明とも共生し混合した地中海文明が栄えていた。12世紀末から13世紀、北方のフランク王国の連合がロワール川を越えて南下、この地中海文明を亡ぼした。領土拡張をめざす北方フランスと教会にあらざる地上の栄華を批判するカタリ派を排除したいローマカトリックが連合した。

キリスト教と領土拡大、植民地支配が一体となった西洋の膨張はここに起源をもつ。まずそれが西洋内部で起こり、そして世界大に広がった。以来七百年、そして今日、その時代は終わりつつある……。堀田善衛は四半世紀前、バルセロナに滞在しながらこの小説を書いた。北方フランスに亡ぼされたもうひとつのフランス。その魂はしかし亡びない。16世紀にプロテスタントが起こると南フランスはユグノーの中心地域になる。その系譜にパスカルもいる……。

今は大きく歴史をとらえることが必要だ。その上で一つ一つ着実に仕事を重ねることだ。それが人間ということだ。