【いのち(命)】[inoti]
■[o]は古代は現代の「お」とは別の音であった。今その区別は失われている。[inoti]は[i][no][ti]からなる。[i]は食べ物。[no]の動作形は[nu]で大地([na])から獲得する行為。[inu]は食物を得ることであり、[ino]はその行為がなされる場であり、またその行為の主も表す。このように[in]は「いね(稲)」、「いのち(命)」、「いのり(祈り)」などに共通の不変部。[ti]は手[te]の行為を起こさせる大元を示している。「霊(ち)」と書く。
◆「もの」が食を得て生成発展するその本質。
▼ものの一つの存在形式。「もの」が「いき」により、「こと」にしたがって、「いのち」となる。「もの」が「いき」を根幹にして「もの−こと−いき」の三位一体構造において存在すること。
◇『古事記』中・歌謡「伊能知(イノチ)の、全けむ人は…くまがしが葉をうずに插せ」
▽寿命 ◇『万葉集』二四一六「ちはやぶる神の持たせるいのちをば誰がためにかも長く欲りせむ」
▽一生 ◇『伊勢物語』一一三「長からぬ命の程に忘るるはいかに短き心なるらむ」 ◇『雨月物語』貧福論「いのちのうちに富貴を得る事なし」
▽運命。天命。 ◇『古今集』九七「春ごとに花の盛りはありなめど相見んことはいのちなりけり」 ◇『新古今集』九八七「年たけて又こゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山」
▽死期 ◇『日蓮遺文』「これを申さば、必ず日蓮がいのちとなるべしと存知せしかども」
▽唯一のたのみ。唯一のよりどころ。 ◇『後撰和歌集』一九三「夏の草葉に置く露をいのちとたのむ蝉のはかなさ」
▽(近世の用法)そのもの真髄。一番大切なもの。 ◇『黄表紙・江戸生艷気樺焼』上「刺青〈略〉をし、痛いのを堪へて、ここがいのちだと喜びけり」
▽相愛の男女が互いに二の腕へ「命」の一字、または「誰々命」と入れ墨すること。また、その文字。多く遊里に行なわれた。現代の若者もこれを真似て用いる。
※「いのち」は近代資本主義のなかで再発見される。ものを生産し価値を生み出す労働の源泉としての「いのち」である。資本家の側からいえば「殺さず、生かさず」の内容としての「いのち」である。近代になって再発見された「いのち」を普通は「生命」という。