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こうぞう

【構造(こうぞう)】つくりとかまえ。ものの内部のつくられかたと、そのものの現れかた。「社会構造」や「言語構造」などのように構造としてとらえるためには、考えている全体、という意識がなければならない。この全体という意識、考え方自体は近代が生み出したものであり、「構造」は近代になって用いられるようになった。そのさきがけは、次の二例である。 ◇『小説神髄』(坪内逍遙)「いくらかはじめに土台をまうけてさて構造(カウゾウ)に着手せざれば」/ここでは「つくり」が主になっている。土台は構造に含まれていない。 ◇『流行』(森鴎外)「此家は今日に見えている周囲の構造(コウザウ)が寺らしくても、寺ではない」/ここでは「かまえ」が主になっている。

このように用いられた「構造」は、「数学的構造」をなかだちとして意味が深めるられた。

−【数学的構造】

近代数学は、考える対象を集合としてとらえる。このときに集合があいまいなくちゃんと定まるのか、という問題がまず生まれる。これは対象を定める言葉の意味、それを普通「概念」と呼ぶのだが、概念が対象を確定しうるようになっているかという問題である。

集合が明確に定まったとしてそのうえで、

  1. 集合は本当に空ではなく要素があるのか、つまり存在、
  2. 集合の構造はどのようになっているのか、つまり構造、
  3. 集合の各要素を実際につくり出せるのか、つまり構成、
という問題が生まれる。近代数学は、集合を定めたうえでこの三項目を調べることで発展してきた。

五次方程式のように、解は存在し、解の構造もわかるが、係数から解を構成する一般的な方法がないこともあった。

−【構造的考え方】考えているものを、概念としてとらえ概念を満たすものの全体を考える。その全体にどの様な構造があるのかを考える。このもののとらえ方は近代の特徴である。それは人間が自然世界を作りかえて活かそうとした資本主義の生産方法が生みだした普遍的で一般的な考え方である。

構造は、存在と構成とあわせて考えるときはじめてその集合を解明したといえる。

「存在」とは「対象」が明確にあるのかということであり、さらになぜその問題を解明しようとするのかの最後根拠であり、理由である(「山に登るのはそこに山があるからだ」はこの端的な表現である)。

「構成」とは方法の問題である。与えられた条件から集合の要素を実際に作る方法の有無を問うことである。対象の変革の方法である。

「構造」の解明に重点をおいたのが、「構造言語学」、「構造主義」である。これに対して、「構成」つまりは社会変革の実践に重点を置いたのが、「マルクス主義」、そして多くの社会主義思想の世界認識である。マルクス主義、社会主義の場合も変革の前提として対象の構造の解明が先行しなければならなかった。「構造言語学」、「構造主義」は普通次のようにいわれている。

−【構造言語学】(フランス語:structural linguisticsの訳語) ひとつの言語を全体としての記号の体系とみなし、その体系の構造を明らかにしようとする。そこから言語全般に通ずる一般法則を追求しようとした学問。フランスのソシュールを先駆者とする。「構造主義」はここに端を発するといってよい。

−【構造主義】(フランス語:structuralismeの訳語)民族学、社会学、哲学の用語。一九四〇年代からフランスの人類学・社会学者レヴィ=ストロースらによって提唱された民族学理論。未開社会の近親婚タブーや交差いとこ婚の婚姻関係を問題として、そこにその社会を存続させるために働く潜在的な相互依存の機能的連関を構造としてとらえ、その構造を明らかにしながら人類全体を研究する理論。

「構造」の解明はあくまで変革のための前提であり、手段である。フランス現代思想としての「構造言語学」、「構造主義」はこの本来手段であるものが、目的になっている。



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