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構成方法

教科書の導入

日本の高校教科書では次のように複素数が定義されている.
平方すると$-1$になる新しい数を一つ考えて,これを文字$i$で表し,虚数単位とよぶ.すなわち

\begin{displaymath}
i^2=-1
\end{displaymath}

さらに,二つの実数$a,\ b$を用いて

\begin{displaymath}
a+bi
\end{displaymath}

と表される数を考え,これを複素数という.
この定義は実は次のような疑問をもたせる.
  1. 「新しい数を一つ考えて」と言うが,勝手に考えて作っただけではないか.
  2. 実数$bi$$i$の積は定義されていない.
  3. また,$a$$bi$の和$+$も定義されていない
  4. 「平方すると$-1$になる数」は$\pm$と二つあるはずなのに,どちらをとってもいいのか.
教科書では,これらの疑問には答えることなく,次のことが出てくる.
  1. 複素数の相等: $a+bi=c+di \Longleftrightarrow a=c,b=d$
  2. 加減法 $(a+bi)\pm(c+di)=(a \pm c)+i(b \pm d)$ (複号同順)
  3. 乗法 $(a+bi)\times(c+di)=(ac-bd)+(ad+bc)i$
  4. 除法 $\dfrac{a+bi}{c+di}=\dfrac{ac+bd}{c^2+d^2}+\dfrac{bc-ad}{c^2+d^2}i$
  5. 共役複素数:$z=a+bi$に対して,$a-bi$$z$の共役複素数といい $\overline{z}$と記す.
これで四則計算は実数と同じようにできるが,先の疑問点はそのままである. この,教科書で作られた複素数の集合を$\mathbb{C}$とする.

複素数の構成(一)

そこで,これまでに構成した実数をもとに,改めて複素数を構成しなおそう.

$V$を2つの実数の組(順序は区別する)の集合とする.つまり,

\begin{displaymath}
V=\{(a,\ b)\ \vert\ a,\ b \in \mathbb{R}\ \}
\end{displaymath}

とする.

この集合$V$の要素の間の加法を次のように定める.

\begin{displaymath}
(a,\ b)+(c,\ d)=(a+c,\ b+d)
\end{displaymath}

このとき,加法の単位元は$(0,\ 0)$$(a,\ b)$の加法に関する逆元は$(-a,\ -b)$である.

乗法を

\begin{displaymath}
(a,\ b)\times (c,\ d)=(ac-bd,\ ad+bc)
\end{displaymath}

と定める.これらの演算に関して,$V$は公理[*]を満たす.実際,
  1. 加法: $(a,\ b)+(c,\ d)=(a+c,\ b+d)$
  2. 加法,乗法の交換法則,加法の結合法則は明かである.
  3. 乗法の結合法則:

    \begin{eqnarray*}
&&\{(a,\ b)\times (c,\ d)\}\times(e,\ f)
=(ac-bd,\ ad+bc)\...
...mes(ce-df,\ cf+de)\\
&=&(ace-adf-bcf-bde,\ acf+ade+bce-bdf)
\end{eqnarray*}

    より成立.
  4. 乗法の逆元:

    \begin{displaymath}
(a,\ b)\times\left(\dfrac{a}{a^2+b^2},\ \dfrac{-b}{a^2+b^2...
...^2+b^2}{a^2+b^2},\ \dfrac{-ab+ab}{a^2+b^2}\right)
=(1,\ 0)
\end{displaymath}

    より $(a,\ b)^{-1}
=\left(\dfrac{a}{a^2+b^2},\ \dfrac{-b}{a^2+b^2}\right)$
となる.つまり,この2つの演算$+,\ \times$によって$V$は体にある.

次にこの$V$$\mathbb{C}$が体として同型であることは,次のように確認できる.

集合$V$から複素数の集合$\mathbb{C}$への写像

\begin{displaymath}
f\ :\ V\ \to \ \mathbb{C}
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
f((a,\ b))=a+bi
\end{displaymath}

で定める.これは明らかに一対一写像である. $V$の演算の定義と$\mathbb{C}$の計算法則から,加法や乗法の演算の結果も$f$で対応する. この対応の存在によって体として同型である.

$(a,\ 0)$の形をした要素からなる$V$の部分集合は,この写像でちょうど$\mathbb{C}$の部分集合である実数$\mathbb{R}$に対応する.

複素数の構成(二)

複素数の集合$\mathbb{C}$のモデルの構成法は一つではない.

$\mathbb{R}$を今までどおり実数体とする. 実数係数の文字$x$の多項式の全体を

\begin{displaymath}
R[x]=\{\ f(x)\ \vert\ f(x) は実数係数の多項式\}
\end{displaymath}

とする.明らかに$R[x]$は環[*]である.$R[x]$を「実数体上の多項式環」という.

そこで多項式$f(x)$を多項式$x^2+1$で割った余りを$r(f(x))$と書くことにし, 集合$A$$x^2+1$で割った余りの集合

\begin{displaymath}
A=\{\ r\left(f(x)\right)\ \vert\ f(x) \in R[x]\ \}
\end{displaymath}

とする.例えば,

\begin{displaymath}
r(x^2+3x-1),\ r(ax+b),\ r(x^2)
\end{displaymath}

は次のように求められる.

\begin{displaymath}
\begin{array}{ll}
x^2+3x-1=(x^2+1)+3x-2&∴ \quad r(x^2+3x...
...ax+b)=ax+b\\
x^2=(x^2+1)-1&∴ \quad r(x^2)=-1
\end{array}
\end{displaymath}

割り算の余りなので

\begin{displaymath}
r(f(x)+g(x))=r(f(x))+r(g(x)),\ r(f(x)g(x))=r\{r(f(x))r(g(x))\}
\end{displaymath}

が成り立つ. だから集合$A$の四則演算を,多項式の四則演算そのもので定めれば, $A$が環であることは自明である.

$A$においては積の逆元が存在する. 任意の一次式$a+bx$に対して

\begin{displaymath}
r((a+bx)g(x))=1
\end{displaymath}

となる一次式$g(x)$が存在する.実際, 求める$g(x)$$g(x)=c+dx$と置く.まず$r((a+bx)g(x))$を求める.

\begin{displaymath}
(a+bx)(c+dx)=ac+(ad+bc)x+bdx^2=ac-bd+(ad+bc)x+bd(x^2+1)
\end{displaymath}

よって

\begin{displaymath}
r((a+bx)(c+dx))=ac-bd+(ad+bc)x
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
r((a+bx)(c+dx))=(ac-bd)+(ad+bc)x=1
\end{displaymath}

とおく.これより

\begin{displaymath}
ad+bc=0,\ ac-bd=1
\end{displaymath}

これから$c$$d$について解いて$a$$b$で表すと

\begin{displaymath}
c=\dfrac{a}{a^2+b^2},\ d=\dfrac{-b}{a^2+b^2}
\end{displaymath}

となる.つまり $g(x)=\dfrac{a}{a^2+b^2}+\dfrac{-b}{a^2+b^2}x$ である.

かくして$A$には乗法に関する逆元が存在した.$A$も体である.

また実数$a$に対して $r(af(x))=ar(f(x))$である.だから$x^2+1$ で割った余りとしての$x$や1を$r(x)$$r(1)$と書くと

\begin{displaymath}
r(a+bx)=ar(1)+br(x)
\end{displaymath}

つまり

\begin{displaymath}
A=\{ar(1)+br(x)\ \vert\ a,\ b \in R \ \}
\end{displaymath}

となる.そしてこれが体である.

この$A$から$\mathbb{C}$への写像

\begin{displaymath}
g\ :\ A\ \to \ \mathbb{C}
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
g(ar(1)+br(x))=a+bi
\end{displaymath}

でさだめると,これが一対一写像でしかも演算の結果も対応する. つまり同型を定める写像である. $A$も複素数体と同型でそのモデルであるといえる.

先に作った$V$と今回の$A$ももちろん体として同型である.つまり $V$から$A$への写像

\begin{displaymath}
h\ :\ V\ \to \ A
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
h((a,\ b))=ar(1)+br(x)
\end{displaymath}

で定めればよい. この対応で,$V$の要素と$A$の要素は1対1に対応し,演算の結果も対応しているから, 同じ型である.

結局,教科書が定義しようとした複素数の集合$C$と, 同型となる2つのモデルがを,独立に構成できた. 2つのモデルとも,確かに存在している. 大切なことは,実数の演算を下に,あらたな体が定義できるということである.

以下,この体をいずれも$\mathbb{C}$と記し,複素数体という.

「みかん1個」と,「スプーン1本」などから数「1」が抽出されたように, $i$$(0,\ 1)$$r(x)$から抽出されたものを表す記号である. それは勝手に作ったものではない.つまり$i$は 「平方すると$-1$になる新しい数を一つ考え」たのではなく, 抽出されたものとして確かに存在している.

また,2次行列の部分集合$M$を次のように定める.

\begin{displaymath}
M= \left\{\matrix{a}{-b}{b}{a} \biggl\vert\ a,\ b \in R \right\}
\end{displaymath}

$M$において加法,乗法は2次行列の加法,乗法をそのまま用いるとする.

このとき$M$もまた可換体となり,$\mathbb{C}$とが同型であることが示される.

絶対値

複素数$z=a+bi$に対してその絶対値 $\left\vert z \right\vert$

\begin{displaymath}
\left\vert z \right\vert=\sqrt{a^2+b^2}
\end{displaymath}

で定義する.$b=0$のとき

\begin{displaymath}
\left\vert z \right\vert=\sqrt{a^2}=
\left\{
\begin{array}{ll}
a&(a\ge 0)\\
-a&(a< 0)
\end{array}
\right.
\end{displaymath}

であるから,実数$a$の絶対値と一致する.



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Aozora 2020-04-17