連続とはいうまでもなく「つながっている」ということである.この世界が連続であるかどうか,それはわからない.物質に最小の単位があるのであれば,それが素粒子であれ,より小さいものであれ,その単位以上には分解できないのだから,棒を二つに切るのに任意のところできるというわけにはいかないことになる.切断に関して棒が連続であるとはいえない.
移動という観点から見れば,あそこからここまで不連続に移動したとは考えられないように思われる.途中を飛ばして移動できるとは思われないからだ.しかしこれも連続な座標系が,連続な時間とともに固定されていることを前提にするからいえるのである.もし時間が不連続なら,移動が連続であることに意味はない.
このように連続という概念は,考えれば考えるほど難しい.連続について深く考えようとする人は『無限と連続』(遠山啓,岩波新書)のような書をぜひとも読んでみてほしい.
数学では現実世界の連続性に関する思弁的な議論はしない.数学の対象としての連続なものを準備し,それを用いてこの世界を近似してつかむということだ.準備された連続なものを用いて現実を近似するのである.普通はを有理数で近似するという.実は実数を準備しそれを用いてこの世界を連続な世界として近似するのだ.近似する側の実数は,そのために何が要請されるのか.
ここでさらに,上界が存在することを上に有界という. 上界に最小値が存在すれば,それをの上限といいと表す.
同様に, 下界が存在することを下に有界という. 下界に最大値が存在すれば,それをの下限といいと表す.
一方,有理数は連続の公理を満たさない.それは次の例でに示される.
もしが存在したとしそれをとする. は,,またはであるようなすべての有理数に対し となるなかで最小の数である. もなのでである.
ここでとする.自然数に対して
よってである.
次にとする.
正の有理数がを満たせば となり両辺正なので である.これはの最小性に反する.
よってである.ところがこれを満たす有理数は存在しないことは整数の範囲で証明される.つまりには存在しない.
ここで用いた「を大きくすればがいくらでも小さくなる」ことはにおけるアルキメデスの原則から導かれる.それは後で明確にする.
実数の公理によっての中での上限は存在する.それをとすると同様の考察でとなる数であり,この数のことをと記するのだった.
実数これが基礎である. まずこの定義からただちに導かれるアルキメデスの原則を証明しよう.
どのような公理系を採用するかで,この命題の位置づけが変わる.しかし,どのような公理系を採用しようと,そのなかで成立することが要請される.つまり公理系をどのようにするのかということよりも一般的な命題である.それでここでは『解析概論』の言葉を使う.
任意の自然数に対しても自然数であるから.ゆえに
実際,任意の正の二つの有理数 に関して となる自然数が存在することは
アルキメデスの原則と,基本数列の収束,つまり完備性とあわせることで,実数の公理と同等になること,ここに二つの構成方法の同等性がある.
アルキメデスの時代は,もちろん座標の方法もないし,関数を式に表すことも知られていない.彼は放物線で囲まれた図形の面積を次のように求めた.一応座標に入れて説明する.アルキメデスはもっと図形的にやった.
上の点 , をとる. 線分と放物線で囲まれた図形の面積をとしよう.
座標がとの座標の中点と一致する点を ,
とでの接線の交点をとする.このとき一般に
なので,不等式は正の定数を用いて
だから
1.,,のいずれか一つに定まる.
2.かつならば,である.
ただし, の最大の元とは, で任意のの元に対してまたはが成り立つものをいう. ■
自然数,整数,有理数は人間が数として考えるものであり,その公理とは,これらの数の構造を公理として定式化したものである.数の存在は,現実の人間の数にかかわる生活のなかにあると言うこともできる.数学的には,集合の公理6.の無限公理は,まさに自然数の存在を一般化して公理としたものである.
それに対して,実数は理論からの要請ではないだろうか.であるなら,高校解析の基礎を築くという立場からは,有理数体を出発点として実数が構成できることを示すことが基本である.
もちろん,一般の順序体で考え,実数の公理から導かれるいくつかの定理の相互関係を解明することも重要な問題なのであり,それは後に触れる.
実数の公理を満たすモデルを二つの方法で構成しよう.
実数モデルの一つの作り方はカントールによる.それは数列を用いる.したがってまず数列に関して必要なことを準備しなければならない.