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楕円積分による証明

雑誌『数学セミナー』通巻296号の 「閉形定理のポンスレによる証明」([36])に次の記事がある.
1828年にC.G.J.ヤコビ(1804〜1851)はクレレ誌に楕円関数を使った閉形定理の証明を発表した. 彼は実平面上の二円,一方は他方の円の内部にある場合に閉形定理を証明した. 射影することによって,定理は一方が他方の内部にある二つの楕円の場合に一般化できることをヤコビは注意している.

実際, また,「円に還元する別証明」5.1.2で述べたように,実平面上での射影幾何の命題の証明は, 複素射影空間での命題の証明となる.

また『数学点描』[35]で著者のシェーンベルグは,

ベルトラン(J.Bertrand)がヤコビ(Jacobi)のものとする方法で証明する.しかし,ヤコビの著作集の第1巻にある回顧録を調べてみると,この証明はヤコビよりもむしろベルトランによるものだということがわかる.これは初等微分積分学の幾何学へのひとつの注目すべき応用である.
と述べ,解析的なポンスレの定理の証明を行っている. これとまったく同じ内容が,高校生向けに書かれた『高校生に贈る数学II』[36]の中で, 「ヤコビの証明の考え方に基づく,もう少し簡単化されたベルトランの証明を述べてみます」との前置きのもとに書かれている. ここでそれを再構成しよう.

実平面におかれた二円$Q_0$$Q_1$がある. 同心円ならポンスレの定理は自明なので, 同心ではないとし, それぞれの中心は $\mathrm{O},\ \mathrm{O}'$,半径は$R,\ r$で, 円$Q_1$は円$Q_0$の内部にあり,2円の中心間の距離は$a$であるとする. 直線$\mathrm{OO}'$$Q_0$の交点のうち,$\mathrm{O}'$との距離が大きいものを$\mathrm{A}$とする. $Q_0$上の点$\mathrm{P}$に対して$\mathrm{OA}$から$\mathrm{OP}$への左回りの角を$2\varphi$とおく. この角に対する点であることを明示するときは $\mathrm{P}(\varphi)$と書く.

$Q_0$上の点$\mathrm{P}_1$をとる. 点$\mathrm{P}_1$を点$\mathrm{P}$の位置から左回りに円$Q_0$上を動かし, 弦$\mathrm{PP}_1$が最初に円$Q_1$と接するとき, その位置の$\mathrm{P}_1$あらためて$\mathrm{P}_1$とする. また接点を$\mathrm{Q}$とする. 点$\mathrm{P}_1$は点$\mathrm{P}$に対して一意に定まり, $\mathrm{OA}$から$\mathrm{OP}_1$への左回りの角を$2\varphi_1$とすると, $\varphi_1$$\varphi$の関数である.これを明示するときは $\varphi_1(\varphi)$と書く.また $\mathrm{P}_1=\mathrm{P}(\varphi_1)$とも書ける.

三平方の定理と余弦定理から

\begin{eqnarray*}
\mathrm{QP}^2&=&\mathrm{O'P}^2-r^2=R^2+a^2-2aR\cos(\pi-2\varp...
...aR\cos(\pi-2\varphi_1)-r^2\\
&=&R^2+a^2-r^2+2aR\cos2\varphi_1
\end{eqnarray*}

が成り立つ.

\begin{displaymath}
k^2=\dfrac{4aR}{(R+a)^2-r^2}
\end{displaymath}

とおくと

\begin{eqnarray*}
\mathrm{QP}^2&=&
R^2+a^2-r^2+2aR(1-2\sin^2\varphi)=\{(R+a)^2...
...2+2aR(1-2\sin^2\varphi_1)=\{(R+a)^2-r^2\}(1-k^2\sin^2\varphi_1)
\end{eqnarray*}

と変形される.

命題 101        $\varphi$の関数 $\varphi_1(\varphi)$の導関数について

\begin{displaymath}
\dfrac{d \varphi_1}{d \varphi}=\dfrac{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi_1}}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
\end{displaymath}
である.■

証明      微少な角 $\Delta \varphi$をとり, $\mathrm{P}'=\mathrm{P}'(\varphi+\Delta \varphi)$とおく. また $\varphi_1'=\varphi_1(\varphi+\Delta \varphi)$とし, $\mathrm{P}_1'=\mathrm{P}(\varphi_1')$ $\Delta \varphi_1=\varphi_1(\varphi+\Delta \varphi)-\varphi_1$とする. 2弦$\mathrm{PP}_1$ $\mathrm{P'P'}_1$の交点を$\mathrm{N}$とする.

$\bigtriangleup \mathrm{PP'N}$ $\bigtriangleup \mathrm{P_1'P_1N}$の相似と, 弦の長さに円弧の長さが比例することより

\begin{displaymath}
\dfrac{\Delta \varphi_1}{\Delta \varphi}=
\dfrac{R(2\Delta...
...1)}{R(2\Delta \varphi)}=
\dfrac{\mathrm{NP}_1}{\mathrm{NP}'}
\end{displaymath}

を得る. $\Delta \varphi \to 0$のとき, $\mathrm{N}\to \mathrm{Q}$ $\mathrm{P}'\to \mathrm{P}$なので

\begin{displaymath}
\dfrac{d \varphi_1}{d \varphi}=
\lim_{\Delta \varphi \to 0...
...dfrac{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi_1}}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
\end{displaymath}

である. □


上記証明は簡明であるが,微少な角における円弧と弦の比の相等を用いている. それによらず,直接に示すことができる.


別証明      図形を,$\mathrm{O}$を原点に,$\mathrm{OA}$$x$軸として座標平面に置く. $\mathrm{Q}_0$上の2点 $\mathrm{P}(\varphi)$ $\mathrm{P}_1(\varphi_1)$の座標は $(R\cos2\varphi,\ R\sin2\varphi)$ $(R\cos2\varphi_1,\ R\sin2\varphi_1)$であるから, 直線$\mathrm{PP}_1$の方程式は

\begin{displaymath}
(\sin2\varphi-\sin2\varphi_1)x-(\cos2\varphi-\cos2\varphi_1)y-R\sin2(\varphi-\varphi_1)=0
\end{displaymath}

である.これから

\begin{displaymath}
x\cos\left(\varphi+\varphi_1\right)+
y\sin\left(\varphi+\varphi_1\right)-R\cos\left(\varphi-\varphi_1\right)=0
\end{displaymath}

となる.これが$\mathrm{Q}_1$と接する条件は点$(-a,\ 0)$と直線との距離が$r$であることなので,

\begin{displaymath}
\left\vert a\cos\left(\varphi+\varphi_1\right)+R\cos\left(\varphi-\varphi_1\right)\right\vert=r
\end{displaymath}

これが$\varphi$に対する関数値 $\varphi_1(\varphi)$を 結びつける関係である.位置関係から絶対値内の符号は一定. つまり絶対値内は定数である.これを$\varphi$で微分する. $\dfrac{d \varphi_1}{d \varphi}={\varphi_1}'$とおく.

\begin{displaymath}
a(1+{\varphi_1}')\{-\sin\left(\varphi+\varphi_1\right)\}
+R(1-{\varphi_1}')\{-\sin\left(\varphi-\varphi_1\right)\}=0
\end{displaymath}

つまり

\begin{eqnarray*}
&&\left({\varphi_1}' \right)^2\{a\sin\left(\varphi+\varphi_...
...right)}{2}
+2aR\dfrac{-\cos2\varphi+\cos2\varphi_1}{2}\right\}
\end{eqnarray*}

である.一方,

\begin{eqnarray*}
&&\left\{a\cos\left(\varphi+\varphi_1\right)+R\cos\left(\varp...
...hi_1\right)}{2}
+2aR\dfrac{\cos2\varphi+\cos2\varphi_1}{2}=r^2
\end{eqnarray*}

より

\begin{displaymath}
-a^2\cos2\left(\varphi+\varphi_1\right)-R^2\cos2\left(\varp...
...i_1\right)\\
=a^2+R^2-2r^2+2aR(\cos2\varphi+\cos2\varphi_1)
\end{displaymath}

である.この結果

\begin{displaymath}
\left({\varphi_1}' \right)^2\left(2a^2+2R^2-2r^2+4aR\cos2\varphi\right)
=\left(2a^2+2R^2-2r^2+4aR\cos2\varphi_1\right)
\end{displaymath}

を得る.つまり

\begin{eqnarray*}
\left(\dfrac{d \varphi_1}{d \varphi} \right)^2
&=&\dfrac{a^2...
...in^2\varphi}
=\dfrac{1-k^2\sin^2\varphi_1}{1-k^2\sin^2\varphi}
\end{eqnarray*}

命題101の別証明が得られた. □

ヤコビの不変量

関数 $\dfrac{1}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}$の定積分について

\begin{displaymath}
J(\varphi)=\int_{\varphi}^{\varphi_1}\dfrac{d\varphi}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
\end{displaymath}

とおく.

補題 21        関数$f(x)$$p(x),\ q(x)$に対し

\begin{displaymath}
\dfrac{d}{dx}\int_{p(x)}^{q(x)}f(t)\,dt
=f(q(x))q'(x)-f(p(x))p'(x)
\end{displaymath}

証明     $f(x)$の原始関数を$F(x)$とおく.

\begin{eqnarray*}
\dfrac{d}{dx}\int_{p(x)}^{q(x)}f(t)\,dt
&=&\dfrac{d}{dx}\lef...
...&=&F'(q(x))q'(x)-F'(p(x))p'(x)\\
&=&f(q(x))q'(x)-f(p(x))p'(x)
\end{eqnarray*}

である.□

命題 102        $J(\varphi)$$\varphi$に依らない定数である. この定数を$\omega$とおく. ■

証明      補題21より

\begin{displaymath}
\dfrac{dJ(\varphi)}{d\varphi}=
\dfrac{1}{\sqrt{1-k^2\sin^2...
...{d\varphi_1}{d\varphi}
-\dfrac{1}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
\end{displaymath}

である.命題101によって, この値は$\varphi$の値にかかわらず0である. 導関数が0となるので$J(\varphi)$は定数である. □


この命題を用いて円の場合にポンスレの定理を証明する. 補題が必要である.

補題 22        関数$f(x)$は実数で定義された積分可能な関数であり, $c$を周期にもつとする.つまり任意の$x$に対し $f(x+c)=f(x)$が成りたつとする. このとき任意の整数$n$と実数$a,\ b$に対し

\begin{displaymath}
\int_a^{a+nc}f(x)\,dx=
\int_b^{b+nc}f(x)\,dx
\end{displaymath}

が成りたつ. ■

証明      $f(x)$の周期性から $\displaystyle \int_a^{b}f(x)\,dx=\int_{a+nc}^{b+nc}f(x)\,dx$ なので

\begin{eqnarray*}
\int_a^{a+nc}f(x)\,dx&=&
\int_a^{b}f(x)\,dx+\int_b^{a+nc}f(x...
...c}^{b+nc}f(x)\,dx+\int_b^{a+nc}f(x)\,dx=
\int_b^{b+nc}f(x)\,dx
\end{eqnarray*}

である. □

ヤコビの不変量によるポンスレの定理の証明

定理11$Q_0,\ Q_1$を円として示す. 実平面なので,点は大文字にし,設定は本節の最初に行ったとおりとする. $Q_0$上の点$\mathrm{P}_1$から順次点列$\mathrm{P}_i$をとり, ある$n$ $\mathrm{P}_n=\mathrm{P}_1$となったとする. 基準線と$\mathrm{OP}_1$のなす角を$\varphi_1$とし, 設定で述べた方法で弦 $\mathrm{P}_i\mathrm{P}_{i+1}$$Q_1$に接するとき, $\mathrm{OP}_{i+1}$が基準線となす角を $2\varphi_{i+1}$とする.

$\mathrm{P}_n=\mathrm{P}_1$は,

\begin{displaymath}
\mathrm{P}(\varphi+\pi)=\mathrm{P}_n
\end{displaymath}

を意味する.逆にこのとき $\mathrm{P}_n=\mathrm{P}_1$となる. よって

\begin{displaymath}
\sum_{i=1}^{n-1}
\int_{\varphi_i}^{\varphi_{i+1}}\dfrac{d\...
...1}^{\varphi_1+\pi}\dfrac{d\varphi}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
\end{displaymath}

一方,命題102より

\begin{displaymath}
\sum_{i=1}^{n-1}
\int_{\varphi_i}^{\varphi_{i+1}}\dfrac{d\...
...\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}=
\omega+\cdots+\omega=(n-1)\omega
\end{displaymath}

であるから,等式

\begin{displaymath}
\int_{\varphi_1}^{\varphi_1+\pi}\dfrac{d\varphi}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
=(n-1)\omega
\end{displaymath}

が成りたつ. ところが$\varphi_i$の関数 $\dfrac{1}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}$ は周期$\pi$をもつ.よって補題22によって任意の$\varphi$ に対して

\begin{displaymath}
\int_{\varphi}^{\varphi+\pi}\dfrac{d\varphi}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}
=(n-1)\omega
\end{displaymath}

が成りたつ.これは任意の点 $\mathrm{P}(\varphi)$$\mathrm{P}_1$として, 同様に$\mathrm{P}_i$を定めても, $\mathrm{P}_n=\mathrm{P}_1$となることを意味している.つまり定理11$Q_0,\ Q_1$を円としたとき,命題の成立が示された.  □

注意 5.1.5        定積分 $\displaystyle \int_{\varphi}^{\varphi_1}\dfrac{d\varphi}{\sqrt{1-k^2\sin^2\varphi}}$は楕円の弧長の計算過程で現れる積分なので楕円積分といわれる.証明の基本は,2つの円の一方に接する直線が他方と交わるときの2つの交点の位置関係に関する不変量が楕円積分を用いることで得られるという命題102である.この命題の下でポンスレの定理そのものは周期関数の定積分のもつ性質として示される.


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2014-01-03