南海 高校の数学に図形が必修になった.これはいいことだ.が,幾何を勉強する以上,ユークリッド幾何学の体系についても知っておきたい.この体系は,19世紀にいたって,体系自体が数学の対象となる.
そこにいたる道筋をふり返ろう.古代ギリシャ文化は,アジアとアフリカとそしてヨ−ロッパのさまざまな人種,文明と文化が混交したところに花開いた.ギリシャ数学がわれわれに残した最大のものは,公理的幾何学である.
そこでユークリッドの幾何学をふり返りつつ,数学の体系ということについて考えよう.
南海 「エウクレイデス」のことを英語では「ユークリッド」という.最近は「マホメット」も「ムハンマド」というように,本来の読みで書くのが習わしだ.ただ,「ユークリッド」はあまりにも定着しているので,幾何学をさすときは「ユークリッド幾何学」のようにもいうことにする.
公理を立て,公理からはじめて論証を進め,新たに発見された事実を揺るぎないものとして示す,という幾何の論証はエウクレイデスにはじまる.
それをまとめたものが『(幾何学)原論』である.これは複数人の共著であり,その一人がエウクレイデスであるといわれている.
エウクレイデス(Eukleides,紀元前365年?〜紀元前275年?,英語表記 Euclid)は古代ギリシアの数学者,天文学者とされる人で,アテナイで学びプトレマイオス1世治下のアレクサンドリアで教えた.
ちなみにプトレマイオス1世とは,アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)の部下であったマケドニア地方出身のギリシア人で,大王の死後,エジプトの支配を継ぎ,プトレマイオス朝を創始した.
『原論』はラテン語圏,アラビア語圏にもたらされ,その後各地で二千数百年にわたって幾何学,いや数学そのものの基本となる書物であった.この書は13巻から成り,1〜6巻は平面幾何,7〜9巻は数論,10巻は無理量,11〜13巻は立体幾何を取り扱っている.
図形以外では,最大公約数を求める方法であるユークリッドの互除法,素数の個数は無限であることの背理法による証明,などが書かれている.
『原論』では,概念の定義から始まり,公準(要請)・公理・命題とその作図・証明・結論という形式で書かれている. 公準とは公理のように自明ではないが,公理と同様,証明不可能な命題を意味する.近代ではこれを含めて公理とすることが一般的である.「公準」と訳されるものもここでは公理に統一する.
『原論』はこのような形式で数学を論述する.自明なことをまず明らかにし,そこからはじめて厳格な論証によって数学的現象を論述していく,この学問記述の方法は,二千年以上にわたって,数学のみならず学問一般の模範であった.いまもその精神は受け継がれるべきものである.
『原論』の原典としては例えば『ユークリッド 原論(試案)』 http://mis.edu.yamaguchi-u.ac.jp/kyoukan/watanabe/elements/hyoushi/index.htm 等にある.
南海 そこで,定義,公理,定理,証明などの言葉を再確認しておこう.もちろんこれは,高校数学の範囲での用語である.
◇定義 用語や記号の意味を定めたものを定義という.このとき,ある用語を定義するためには,他の用語を必要とし,次々にさかのぼることになる.そこで,定義なしに認めることにする用語を無定義用語として用いる.普通,点・直線・平面などは無定義用語として扱われる.
ユークリッドの幾何学では次のような定義が続く.
1) 点とは,部分をもたないものである.
2) 線とは,幅のない長さである.
3) 線の端は点である.
4) 直線とは,その上にある点について,一様に横たわる線である.
5) 面とは,長さと幅のみをもつものである.
6) 面の端は線である.
7) 平面とは,その上にある直線について,一様に横たわる面である.
8) 平面角とは,平面上にあって互いに交わり, かつ1直線をなすことのない2つの線相互の傾きである.
9) 角を挾(はさ)む線が直線であるとき, その角は直線角と呼ばれる.
10) 直線が直線の上にたてられて接角を互いに等しくするとき, 等しい角の双方は直角であり, 上にたつ直線は,その下の直線に対して垂線と呼ばれる.
(続)
◇公理 数学では証明によって推論を進めていくが,証明するときに用いた根拠となる命題も,また,他の命題に基づいて証明しなければならない.さらに,その根拠とした命題の証明も必要となり,このようにして,順次たどっていくと,どこまでさかのぼってもきりがない.そこで,あらかじめ,いくつかの基本となる命題が成り立つものと定めておくと,それらを出発点にして,あとの命題が順々に証明される.このような推論の出発点となる基本的な命題を公理という.
これに対して,公理に基づいて証明された命題のうち,重要なものや応用の広いものを定理という.
例えば,ユークリッドの幾何学では次のような公理を出発にしている.
平面幾何の公理
◇証明 数学では,ある命題が真であると断定するためには証明が必要である.すなわち,すでに真であると認められている他の命題を根拠にして,正しい推論によってその命題が導きだされることを示すわけである.その推論の過程が証明である.
拓生 ずいぶん当たり前のことを,くどく言っているようにも感じます.
南海 違うのだ.図形の性質を「論証する」ことそのことが大切で,論証しようとすると,図形の性質をこれ以上もとに戻れないというところまで分解しなければならない. そのようにして分解されたものが,定義であり,公理なのだ.
拓生 そうか.当たり前になるまで分解した結果なのですね.このようにして,幾何学の体系を作るのですね.
南海 そう.直感的に正しい少数の公理の集合をもとに,その分野のあらゆる現象を証明する.あるいは命題の真偽を判断する.これは,現象の探求という点からいえば, 体系によって現象を明確に把握し,次の探求につないでいくということである. これは「体系という方法」としてとらえることができる.
ユークリッドの方法は,2000年にわたり,学問の方法そのものだった.