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根の限界

南海  ここでは虚根を含めた根全体を考える.根の絶対値はどんな範囲を超えない といえるか,方程式の係数からその限界を定めたい. それがあれば,実根の個数を調べるのに,一定の範囲内だけを調べればよいことになる.

すべての根の絶対値がある範囲を超えないとき,その範囲を根の限界と呼ぶ. 一つの限界の定め方として次のものがある.

例 1.4.4        $a_{n-1},\ a_{n-2},\ \cdots,\ a_0$ を実数とし,

\begin{displaymath}
M=max\{\ 1,\ \vert a_{n-1}\vert+\vert a_{n-2}\vert+\cdots+\vert a_0\vert\ \}
\end{displaymath}

とおく.このとき方程式

\begin{displaymath}
x^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_0=0
\end{displaymath}

の実数根はすべて区間 $[-M,\ M]$ にある.

耕一  証明は背理法ですね. $\vert\alpha\vert>M$ とする. (いろいろやってみるが)しかし難しいです.

南海  2つの複素数 $\alpha$$\beta$ に関して

\begin{displaymath}
\vert\alpha\vert-\vert\beta\vert\le\vert\alpha+\beta\vert\le\vert\alpha\vert+\vert\beta\vert
\end{displaymath}

が成り立つ.左辺の等号は $\arg \alpha+\pi=\arg \beta$ のとき,右辺の等号は $\arg \alpha=\arg \beta$ のときにかぎり成立する.

これを使う.さらに $\vert\alpha\vert>M\ge 1$ なので

\begin{eqnarray*}
&&\vert\alpha^n+a_{n-1}\alpha^{n-1}+\cdots+a_0\vert\\
&\ge&\v...
...ert a_{n-1}\vert+\vert a_{n-2}\vert+\cdots+\vert a_0\vert)\}\ge0
\end{eqnarray*}

だから,$\vert\alpha\vert>M$である $\alpha$ は根ではあり得ない.□

しかし,この $M$ は係数の絶対値の和なので結構大きい.もう少し小さい限界がとれる. 同様の論証で次の定理が成り立つ.

定理 1
    
  1. 正の実数 $a_0,\ a_1,\ \cdots,\ a_n$ に対して
    \begin{displaymath}
a_nx^n-a_{n-1}x^{n-1}-\cdots-a_1x-a_0=0
\end{displaymath} (1.2)

    は正の解をただ一つもつ.
  2. (1.2)の正の解を $r$ とする.このとき(1.2)の他の解 $\alpha$ はすべて $\vert\alpha\vert\le r$ を満たす.

証明

  1. 次数 $n$ のとき,任意の正の実数 $a_0,\ a_1,\ \cdots,\ a_n$ に対して (1.2)が正の解をただ一つもつことを数学的帰納法で示す.

    $n=1$ のとき.(1.2)は

    \begin{displaymath}
a_1x-a_0=0
\end{displaymath}

    であるから, $x=\dfrac{a_0}{a_1}>0$ は確かにただ一つの正の解である.

    $n=k-1\ (k\ge 2)$ のとき成立するとする.

    $n=k$ のとき.

    \begin{displaymath}
f(x)=a_nx^n-a_{n-1}x^{n-1}-\cdots-a_1x-a_0
\end{displaymath}

    と置く.

    \begin{displaymath}
f'(x)=na_nx^{n-1}-(n-1)a_{n-1}x^{n-2}-\cdots-a_1
\end{displaymath}

    ここで係数

    \begin{displaymath}
na_n,\ (n-1)a_{n-1},\ \cdots,\ a_1
\end{displaymath}
    はすべて正なので,帰納法の仮定によって $f'(x)=0$ は正の解をただ一つもつ.

    それを $x_0$ とする. $f'(0)=-a_1<0$ なので $f'(x)$$x=x_0$ で負から正に変わる. つまり $f(x)$$x=x_0$ で極小である.

    $f(0)=-a_0<0$ なので $f(x)=0$ はただ一つ正の解 $r$ をもつ.

  2. $\vert\alpha\vert>r$ なる複素数 $\alpha$ に対して

    \begin{eqnarray*}
\vert f(\alpha)\vert&=&\vert a_n\alpha^n-a_{n-1}\alpha^{n-1}-...
...-\vert a_1\alpha\vert-\vert a_0\vert\\
&=&f(\vert\alpha\vert)
\end{eqnarray*}

    したがって $\vert\alpha\vert>r$ である複素数 $\alpha$ に対しては(1)から $f(\vert\alpha\vert)>0$なので$f(\alpha)=0$となることはあり得ない.

    よって(1.2)の他の解 $\alpha$ はすべて $\vert\alpha\vert\le r$ をみたす.□

この前半(1)は数学的帰納法の演習問題だ.この定理を生かすと根の限界について もう少し小さい値を取ることができる.

定理 2
     複素数係数 $a_{n-1},\ a_{n-2},\ a_0$ の方程式
\begin{displaymath}
x^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_0=0
\end{displaymath} (1.3)

を考える.
  1. 方程式(1.3)のすべての根 $\alpha$ は,その絶対値が方程式
    \begin{displaymath}
r^n-\vert a_{n-1}\vert r^{n-1}-\vert a_{n-2}\vert r^{n-2}-\cdots-\vert a_0\vert=0
\end{displaymath} (1.4)

    のただ1つの正根 $r_0$ を超えることはない.

    また $r_0$ の他に $\vert\alpha\vert= r_0$ となる根は高々一つしかない.

  2. 方程式(1.3)の係数 $a_{n-1},\ a_{n-2},\ \cdots,\ a_0$ の 絶対値の最大値(他のいずれよりも小さくないもの)を $M$ とすれば,方程式(1.3) のすべての根の絶対値は $M+1$ を超えない.

証明

  1. 定理1より方程式(1.4)はただ1つの正の解をもつ.それを $r_0$ とする.定理1の証明から $r>r_0$ なら(1.4)の左辺は正である.ゆえに 複素数 $\alpha$$\vert\alpha\vert>r_0$ のとき

    \begin{eqnarray*}
\vert f(\alpha)\vert&=&\vert\alpha^n+a_{n-1}\alpha^{n-1}+\cdo...
...ert a_{n-2}\vert\vert\alpha\vert^{n-2}+\cdots+\vert a_0\vert)>0
\end{eqnarray*}

    ゆえに $f(\alpha)=0$ なら $\vert\alpha\vert\le r_0$

    一般に,である複素数に関する三角不等式

            

    において,左の等号が成立するのはのとき,右の等号が成立するのはのときである.ただし偏角は0からにとるものとする.

            つまり$\vert\alpha\vert= r_0$ となる $\alpha$ が解であり得るのは,上の二つの複素数に関する 不等式で等号が成り立つときである.つまり

    \begin{displaymath}
\arg(\alpha^n)+\pi=\arg(a_{n-1}\alpha^{n-1})=\cdots=\arg(a_0)
\end{displaymath}

    のときである.

    今, $\arg \alpha=\theta$ とおくと

    \begin{displaymath}
\arg(a_0)=n\theta+\pi,\ \arg(a_1)=(n-1)\theta+\pi,\
\cdots,\ \arg(a_{n-1})=\theta+\pi
\end{displaymath}

    とならねばならない.このような $\theta$ はあっても一つである.
  2. $r_0\le 1+M$ を示す. $r>1+M$ となる $r$ に対して

    \begin{eqnarray*}
&&\vert a_{n-1}\vert r^{n-1}+\vert a_{n-2}\vert r^{n-2}+\cdot...
...+M)^n}\right)\\
&=&r^n \left(1-\dfrac{1}{(1+M)^n} \right)<r^n
\end{eqnarray*}

    つまり 1.4の左辺は正になる.

    ゆえに解 $r_0$ に対しては $r_0\le 1+M$ である.□

例 1.4.5        $0<A_0<A_1<\cdots<A_n$である実数に対し,方程式

\begin{displaymath}
A_nx^n+A_{n-1}x^{n-1}+\cdots+A_1x+A_0=0
\end{displaymath}

の解 $\alpha$ はすべて $\vert\alpha\vert<1$ をみたす.

証明

\begin{displaymath}
g(x)=(x-1)(A_nx^n+A_{n-1}x^{n-1}+\cdots+A_1x+A_0)
\end{displaymath}

とおく.

\begin{eqnarray*}
g(x)&=&(x-1)(A_nx^n+A_{n-1}x^{n-1}+\cdots+A_1x+A_0)\\
&=&A_nx^{n+1}-(A_n-A_{n-1})x^n-\cdots-(A_1-A_0)x-A_0
\end{eqnarray*}

この係数

\begin{displaymath}
A_n,\ A_n-A_{n-1},\ \cdots,\ A_1-A_0,\ A_0
\end{displaymath}

はすべて正なので, $g(x)$ は次数 $n+1$ で定理1(1)の条件を満たす.

$g(x)=0$$x=1$ を解にもつので,定理1(2)から $g(x)=0$$x=1$ 以外の 解 $\alpha$ はすべて $\vert\alpha\vert\le1$ をみたす.つまり

\begin{displaymath}
A_nx^n+A_{n-1}x^{n-1}+\cdots+A_1x+A_0=0
\end{displaymath}

の解はすべて $\vert\alpha\vert\le1$ を満たす.

$\vert\alpha\vert=1$ となる解があるとする. $\alpha$ の偏角を $\theta$ とする.偏角を $mod 2\pi$ で考える.

$\vert\alpha\vert=1$となるのは 定理1の(2)の証明で2つの不等式でともに等号が成立するときなので,

\begin{displaymath}
\arg((A_n-A_{n-1})\alpha^n)=\arg((A_{n-1}-A_{n-2})\alpha^{n-1})
=\cdots=\arg((A_1-A_0)\alpha)=\arg A_0
\end{displaymath}

かつ,これらと $\arg(A_n\alpha^{n+1})$$\pi$ 異なっていなければならない.


\begin{displaymath}
∴ \quad \arg(A_0)=(n+1)\theta+\pi,\ \arg(A_1-A_0)=n\theta+\pi,\
\cdots,\ \arg(A_n-A_{n-1})=\theta+\pi
\end{displaymath}

とならねばならない.係数がすべて実数なので,あり得るのは$\theta=\pi$ つまり$\alpha=-1$ のみである.

ところが $x=-1$ のとき

\begin{eqnarray*}
nが奇数:&&A_n(-1)^n+A_{n-1}(-1)^{n-1}+\cdots+A_1(-1)+A_0\\
&...
...\\
&=&(A_n-A_{n-1})+(A_{n-2}-A_{n-3})+\cdots+(A_2-A_1)+A_0\ne 0
\end{eqnarray*}

なので $x=-1$ は解ではない.ゆえに解はすべて $\vert\alpha\vert<1$ を満たす.□

南海  このような根の限界は他にもいろいろとある.ただそれは今日の主題ではないのでここでおく.


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