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オイラーの発見した円周率の公式

南海   もう一つ高校数学の範囲でできることを紹介しよう.それは ド・モアブルの定理を用いるものである.

拓生  ド・モアブルの定理とは,すべての整数$n$に対し

\begin{displaymath}
\cos n \theta+i\sin n\theta=(\cos \theta+i\sin\theta)^n
\end{displaymath}

が成り立つ,というものですね.

南海   ド・モアブルの定理の本質的な部分はオイラーの公式

\begin{displaymath}
e^{i\theta}=\cos \theta+i\sin \theta
\end{displaymath}

だ.これについては『ド・モアブルの定理からオイラーの公式へ』を見てほしい.

ド・モアブルの定理の右辺は$(x+y)^n$の形なので 二項定理で展開することができる.

実数部と虚数部をまとめると,

\begin{displaymath}
\cos n \theta+i\sin n\theta=f_n(\cos \theta)+i\sin\theta g_n(\cos \theta)
\end{displaymath}

$\cos \theta$に関する2つの多項式 $f_n(\cos \theta)$ $g_n(\cos \theta)$ が得られる.

拓生  $f_n(x)$をチェビシフの多項式と呼び,$x$$n$次式で$x^n$の係数は$2^{n-1}$になる.

南海   $g_n(x)$もチェビシフの多項式ということもあるし,もう少し違う形でいうこともある. これについては『チェビシェフの多項式』を見てほしい. これは本当に有用なもので,そこから導かれる結果は高校数学ではもっとも深いものだろう.

さて,今回はこのド・モアブルの定理とチェビシェフの多項式のうち,虚数部分から得られる 三角関数の多項式を用いる.

もう一つ,ここでは$\tan$の逆数が用いられる. $\cot x=\dfrac{1}{\tan x}$とおいて,これを 「コタンジェント」と呼ぶ.そのグラフは次のようになる.

拓生 

\begin{displaymath}
\tan \left(\dfrac{\pi}{2}-x\right)=\cot x
\end{displaymath}

ですから,$y=\tan x$$y=\cot x$ $x=\dfrac{\pi}{4}$で対称です.

南海   ド・モアブルの定理の右辺を二項定理で展開し,両辺の虚数部分をとる.

拓生  二項定理により右辺は

\begin{displaymath}
(\cos \theta+i\sin \theta)^n
=\sum_{l=0}^n{}_n\mathrm{C}_l\cos^{n-l}\theta(i\sin \theta)^l
\end{displaymath}

と展開されます.右辺の各項で$l$が奇数の項が$i$が残ります.

南海   $n$が偶数か奇数かで最後の項は変わってくるが, 奇数の項をまとめて左辺の虚数部分と等値すると.

\begin{eqnarray*}
i\sin n\theta&=&
{}_n\mathrm{C}_1\cos^{n-l} \theta(i\sin \thet...
... \theta+
{}_n\mathrm{C}_5\cos^{n-5} \theta\sin^5 \theta+\cdots\}
\end{eqnarray*}

全体を$\sin^n \theta$でくくる.

\begin{displaymath}
\sin n\theta=
\sin^n \theta({}_n\mathrm{C}_1\cot^{n-1} \thet...
...a+{}_n\mathrm{C}_5\cot^{n-5}\theta+\cdots)\quad \cdots\maru{1}
\end{displaymath}

となる.

南海   $\maru{1}$$n=2m+1$とする.$\theta$に各 $\theta=\dfrac{k\pi}{2m+1}\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ m)$を代入する.

このとき左辺$\sin n\theta$は0で,$\sin \theta$は0でない.よってこれらの$\theta$に関して

\begin{displaymath}
{}_{2m+1}\mathrm{C}_1\cot^{2m}\theta-
{}_{2m+1}\mathrm{C}_3\...
...+1}\mathrm{C}_5\cot^{2m-4}\theta+\cdots
=0\quad \cdots\maru{2}
\end{displaymath}

が成り立つ.

いま $t=\cot^2 \theta$とおくと$\maru{2}$

\begin{displaymath}
{}_{2m+1}\mathrm{C}_1t^m-{}_{2m+1}\mathrm{C}_3t^{m-1}+{}_{2m+1}\mathrm{C}_5t^{m-2}+\cdots
=0
\end{displaymath}

となる.したがって $t=\cot^2\dfrac{k\pi}{2m+1}\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ m)$はこの$m$次方程式の$m$個の 相異なる根であることがわかる.

拓生  $m$個の $\cot^2\dfrac{k\pi}{2m+1}\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ m)$が満たす$m$次の方程式ですか. 根と係数の関係が使えますね.

南海   $m-1$の係数について何が言えるか.

拓生  $m$次の方程式の最高次数の係数は ${}_{2m+1}\mathrm{C}_1$$m-1$次の項の係数は $-{}_{2m+1}\mathrm{C}_3$です.

だから, $\cot^2\dfrac{k\pi}{2m+1}\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ m)$をすべて加えるとこれが$m$個の根の和なので 根と係数の関係によって

\begin{eqnarray*}
\sum_{k=1}^m\cot^2\dfrac{k\pi}{2m+1}
&=&-\dfrac{-{}_{2m+1}\mat...
...rac{(2m+1)2m(2m-1)}{3!}=\dfrac{m(2m-1)}{3}
\quad \cdots \maru{3}
\end{eqnarray*}

確かにこれは$\cot$の関係式ですが,ここから何が言えるのでしょうか.

南海   これから,ある級数の収束とその和を求める.三角関数の基本的な不等式

\begin{displaymath}
\sin x<x<\tan x\ \left(0<x<\dfrac{\pi}{2} \right)
\end{displaymath}

がある.これを今の場合に活かす.

拓生  今は$\cot^2$を考えているので

\begin{displaymath}
\sin^2 x<x^2<\tan^2 x
\end{displaymath}

逆数をとって

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{\sin^2 x}>\dfrac{1}{x^2}>\cot^2 x
\end{displaymath}

$\dfrac{1}{\sin^2 x}$ と同様に

\begin{displaymath}
\dfrac{1}{\sin^2 x}=1+\cot ^2x
\end{displaymath}

つまり

\begin{displaymath}
1+\cot^2 x>\dfrac{1}{x^2}>\cot^2 x \ \left(0<x<\dfrac{\pi}{2} \right)
\end{displaymath}

南海   なかなか察しがよい.$\maru{3}$の左辺の各項にこの不等式を適用すると


これを$k$について$1$から$m$まで加える.


両辺に をかけると


ここで$m\to \infty$をとる.

拓生 


であるから $\displaystyle \sum_{k=1}^{\infty}\dfrac{1}{k^2}$は収束し

\begin{displaymath}
\dfrac{\pi^2}{6}=1+\dfrac{1}{2^2}+\dfrac{1}{3^2}+\cdots
\end{displaymath}

となります.

南海   円周率$\pi$を明示的に無限級数で表す公式でオイラー(1707〜82)が発見した.

もっともオイラーはもっと違う方法でこの公式に到達したらしい.『ド・モアブルの定理からオイラーの公式へ』 で紹介したが,$\sin x$

\begin{displaymath}
\sin x=x-\dfrac{1}{3!}x^3+\dfrac{1}{5!}x^5-\dfrac{1}{7!}x^7+\cdots
\end{displaymath}

という展開をもつ.

一方$\sin x=0$となる$x$ $0,\ \pm \pi,\ \pm 2\pi,\ \cdots$なので


と因数分解されるはずだ.$x$で割って

定数項を比較して

右辺の定数項は $\pi^2\cdot2^2\pi^2\cdot3^2\pi^2\cdot\cdots$.右辺の$x^2$の係数は,これらの積から 一つずつ落としたものなので


となる.だから右辺の定数項と$x^2$の係数の間の関係を左辺の$x^2$の係数と比較することで

\begin{eqnarray*}
\dfrac{1}{3!}
&=&\dfrac{(2^2\pi^2\cdot3^2\pi^2\cdot\cdots)+(\p...
...&\dfrac{1}{\pi^2}+\dfrac{1}{2^2\pi^2}+\dfrac{1}{3^2\pi^2}+\cdots
\end{eqnarray*}

これから

\begin{displaymath}
\dfrac{\pi^2}{6}=1+\dfrac{1}{2^2}+\dfrac{1}{3^2}+\cdots
\end{displaymath}

このように考えたらしい.すばらしい直感だ.


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