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ムーアヘッドの不等式

文字列の置換

3個の文字の(1, 2, 3)の並び替えは6通り(それ自身を含む)ある.その一つ一つは$(1,\ 2,\ 3)$の置きかえであると考えることができる.例えば$(2,\ 3,\ 1)$に対しては

\begin{displaymath}
\sigma(1)=2,\ \sigma(2)=3,\ \sigma(3)=1
\end{displaymath}

の置きかえ$\sigma$が対応している.一般に$n$個の文字 $(1,\ 2,\ \cdots,\ n)$に対して $n!$個の置きかえ$\sigma$ができる.

この記号を用いて表される次の定理をムーアヘッドの定理,その不等式をムーアヘッドの不等式という.

定理 2        $n\ge 2$とする.

条件 $0\leq s_1\leq\cdots\leq s_n$ $0\leq t_1\leq\dots\leq t_n$ を満たす二つの実数列 $\{s_i\},\ \{t_i\}\ (1\leq i \leq n)$に関する 二つの条件(1)と(2)は,同値である.

(1)

    $\displaystyle \sum_{i=1}^n s_i = \sum_{i=1}^n t_i$ (2)
    $\displaystyle \sum_{i=1}^k s_i \leq \sum_{i=1}^k t_i\;\; (k=1,\dots,n-1)$ (3)

を満たす.

(2)任意の非負実数$x_1,\dots,x_n$に対し,不等式

\begin{displaymath}
\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n} \geq
\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{t_1}\dots x_{\sigma(n)}^{t_n}
\end{displaymath} (4)

が成立する. ここに和は $\{1,2,\dots,n\}$の置きかえ$\sigma$全体にわたる.

同値な条件(1),(2)のもとで,$s_i\ne t_i$となる$i$が存在すれば, 等号は $x_1=x_2=\cdots=x_n$のときのみ成立する. ■

これをムーアヘッドの定理という.

$\sigma$全体にわたる和なので

\begin{displaymath}
\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n}=
\sum_\sigma x_{1}^{s_\sigma(1)}\dots x_{n}^{s_\sigma(n)}
\end{displaymath}

でもあることに注意しよう.

例 0.0.1        $s_1=\cdots=s_{n-1}=0,\ s_n=1$ $t_1=\cdots=t_n=\dfrac{1}{n}$は条件を満たす.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n}=(n...
..._1}\dots x_{\sigma(n)}^{t_n}=n!(x_1x_2\cdots x_n)^{\frac{1}{n}}
\end{eqnarray*}

よりこれは相乗平均と相加平均の関係を示す不等式である.

例 0.0.2        $s_1=0,\ s_2=2$, $t_1=t_2=1$は条件を満たす.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n}={x...
...)}^{t_1}\dots x_{\sigma(n)}^{t_n}={x_1}^1{x_2}^1+{x_1}^1{x_2}^1
\end{eqnarray*}

これは次式を意味する.

\begin{displaymath}
{x_1}^2+{x_2}^2\geq 2x_1x_2
\end{displaymath}

例 0.0.3        $s_1=s_2=0,\ s_3=3$, $t_1=t_2=t_3=1$は条件を満たす. さらに $u_1=0,\ u_2=1,\ u_3=2$とすると, $\{s_i\}$$\{u_i\}$$\{u_i\}$$\{t_i\}$も条件を満たす.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n}=2(...
...sigma(1)}^{t_1}\dots x_{\sigma(n)}^{t_n}=6{x_1}^1{x_2}^1{x_3}^1
\end{eqnarray*}

これからムーアヘッドの不等式は次式を意味する.

\begin{eqnarray*}
\{s_i\},\{u_i\}&:&
2({x_1}^3+{x_2}^3+{x_3}^3)
-({x_1}^2x_...
...x_3}{2}\left\{(x_1-x_2)^2+(x_2-x_3)^2+(x_3-x_1)^2 \right\}\ge 0
\end{eqnarray*}

$\{s_i\}$$\{t_i\}$に対して$\{u_i\}$を作りあいだに入れることは,次の定理の証明の中で用いられる.


以上の例はいずれも$s_i$$t_i$が有理数であるが,これが条件を満たす実数列で成りたつというのが,本定理である.

ムーアヘッドの定理の証明


(1)ならば(2)が成り立つことを示す.

非負実数$x_1,\dots,x_n$がすべて0なら明らかなので,0でないものがあるとする.

$n$に関する数学的帰納法で示す.

$n=2$のとき.$s_1=t_1$なら $s_1+s_2=t_1+t_2$より$s_2=t_2$となって等号で成立. $s_1<t_1$とする.このとき条件から

\begin{displaymath}
s_1<t_1<t_2<s_2,\ \quad t_1-s_1=s_2-t_2
\end{displaymath}

である.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}x_{\sigma(2)}^{s_2}
-\sum_\...
..._2}^{s_2-t_2}-{x_1}^{t_1-s_1})({x_2}^{t_2-s_1}-{x_1}^{t_2-s_1})
\end{eqnarray*}

$s_2-t_2=t_1-s_1>0,\ t_2-s_1>0$より

\begin{displaymath}
({x_2}^{s_2-t_2}-{x_1}^{t_1-s_1})({x_2}^{t_2-s_1}-{x_1}^{t_2-s_1})\ge 0
\end{displaymath}

で等号は$x_1=x_2$のときにかぎり成立する.よって$n=2$のとき命題は成立する.

$n-1$について命題が成立するとする.

$s_i=t_i$となる$i$があるとき.証明すべき等式は $s_i\ (1\le i\le n)$ $t_i\ (1\le i\le n)$のそれぞれについて対称である. したがって$s_1=t_1$としてよい.このとき.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n}=
...
...1}\sum_{\sigma'} x_{\sigma'(2)}^{t_2}\dots x_{\sigma'(n)}^{t_n}
\end{eqnarray*}

ここで$\sigma'$は,和の外にくくったのもが$\sigma(1)=k$のときは, $(2,\ \cdots,\ n)$から,1から$n$$k$をのぞく$n-1$の数への置きかえを意味する.その$\sigma'$全体の和は,1から$n$$k$をのぞく$n-1$の数から,1から$n$$k$をのぞく$n-1$の数への置きかえにわたる和と等しい. $s_i,\ t_i\ (i:k=\sigma(1) を除く数)$$n-1$個ずつの数も同じ定理の条件をみたす. よって数学的帰納法の仮定から

\begin{displaymath}
\sum_{\sigma'} x_{\sigma'(2)}^{s_2}\dots x_{\sigma'(n)}^{s_...
...\sum_{\sigma'} x_{\sigma'(2)}^{t_2}\dots x_{\sigma'(n)}^{t_n}
\end{displaymath}

が成り立つ.$s_i\ne t_i$となる$i$が1から$n$$k$をのぞく$n-1$の数の中にあることと$1\le i\le n$あることが同値であり,非負実数$x_1,\dots,x_n$のなかに0でないものがあるので等号成立条件も成り立つ.

$s_i=t_i$となる$i$がないとき.$s_1<t_1$$s_n>t_n$なので, $1\le p \le n-1$

\begin{displaymath}
s_p<t_p,t_{p+1}<s_{p+1}
\end{displaymath}

となる$p$がある.ここで $u_i\ (1\leq i\leq n)$を次のように定義する.

\begin{displaymath}
\begin{array}{ll}
\quad \; u_i=s_i\quad (i\ne p,\ p+1),\ \...
..._{p+1}<t_p-s_p のとき)
\end{array}
\right.
\end{array}
\end{displaymath}

このようにすると $0\leq u_1\leq\dots\leq u_n$であり,さらに

\begin{displaymath}
\sum_{i=1}^n s_i = \sum_{i=1}^n u_i\; \; \; \mbox{かつ}
...
...leq \sum_{i=1}^k u_i\leq \sum_{i=1}^k t_i\;\; (k=1,\dots,n-1)
\end{displaymath}

が成立する. ところが$s_i$の列と$u_i$の列,$u_i$の列と$t_i$の列にはそれぞれ等しい項がある.$s_1=t_1$のときの証明と同様にべきの等しい項をくくることで数学的帰納法の仮定から

\begin{displaymath}
\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{s_1}\dots x_{\sigma(n)}^{s_n} \g...
...geq
\sum_\sigma x_{\sigma(1)}^{t_1}\dots x_{\sigma(n)}^{t_n}
\end{displaymath}

となる.$s_i=t_i$となる$i$がないことと$u_i$の定義から,べきの等しい項をくくった残余の項の添え数のあいだの和の等号は1文字を除いた他の$x_i$がすべて等しいときにかぎる.この結果,非負実数$x_1,\dots,x_n$のなかに0でないものがあるので和全体の等号も$x_i$がすべて等しいときにかぎる.つまり,等号成立条件を含めて定理の命題が成立する.かくして$n$の場合も成立し,(1)ならば(2)が成立することが証明された.


(2)ならば(1)が成り立つことを示す.

(2)の不等式(4)を $x_1=x_2=\cdots=x_n=x$で用いる.この不等式は

\begin{displaymath}
n!x^{s_1+s_2+\cdots+s_n}\geq
n!x^{t_1+t_2+\cdots+t_n}
\end{displaymath}

となる.これが$1<x$で成立し,かつ$0<x<1$でも成立するので,

\begin{displaymath}
s_1+s_2+\cdots+s_n=t_1+t_2+\cdots+t_n
\end{displaymath}

である.よって等式(2)が成立.

次に, $1\leq k\leq n-1$について, (2)の不等式(4)を $x_1=x_2=\cdots=x_k=1$ $x_{k+1}=x_{k+2}=\cdots=x_n=x$で用いる.この不等式の 両辺の最高次の項はそれぞれ

\begin{displaymath}
x^{s_{k+1}+s_{k+2}+\cdots+s_n},\ \quad
x^{t_{k+1}+t_{k+2}+\cdots+t_n}
\end{displaymath}

となる. 両辺$x$の多項式であるから,$x$を十分大きくとると, 不等式(4)が成立するために,

\begin{displaymath}
s_{k+1}+s_{k+2}+\cdots+s_n \geq
t_{k+1}+t_{k+2}+\cdots+t_n
\end{displaymath}

が必要である.等式(2)とあわせて, 不等式(3)が成立する. これで(1)の成立が示された. □

系 1        $n\ge 2$とする. 実数の列 $0\leq s_1\leq\cdots\leq s_n$ $0\leq t_1\leq\dots\leq t_n$ は次の二つの条件,

\begin{eqnarray*}
&&\sum_{i=1}^n s_i = \sum_{i=1}^n t_i\\
&&\sum_{i=1}^k s_i \leq \sum_{i=1}^k t_i\;\; (k=1,\dots,n-1)
\end{eqnarray*}

を満たす.このとき任意の非負実数$x$に対し, 不等式

\begin{displaymath}
\sum_{i=1}^nx^{s_i}\geq
\sum_{i=1}^nx^{t_i}
\end{displaymath}

が成立する. $s_i\ne t_i$となる$i$が存在すれば,等号は$x=1$のときのみ成立する. ■

証明     定理2において, $x_1=x,\ x_2=\cdots=x_n=1$とおく. 和において,$(n-1)!$個ずつ同じ項が現れるので, それを約すると,本不等式になる. □

注意 0.0.1        定理2の証明を, $x_1=x,\ x_2=\cdots=x_n=1$として追ってゆくと, たいへん簡明な不等式であることがわかる. 適当な総和法を用いて, 数学的帰納法によらず直接に証明が出来そうであるが, それはまだやっていない.

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Aozora
2013-05-10