大学は京大の理学部であった。数学をやろうと決めた後は、京大理学部が当然の進路だった。こうして京都に通う生活がはじまった。
京都は母の生まれたところであり、私が学生時代を送ったところとなった。京都は、街が人間を育てる都市である。この街で転換を経験し、人生を選び取って生き始めた。その準備の場として、京都という街には心から感謝している。