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不動点定理

不動点の存在

実数の完備性を根拠としていくつかの存在定理を証明してきた. それをふまえて,完備距離空間の縮小写像に関する不動点定理を証明する. この存在定理は,『解析基礎』の一つの目的である陰関数の存在定理とある種の微分方程式の解の存在定理の根拠となる.

$X$をある与えられた集合とし, $f$$X$から$X$への写像とする. $X$の要素で$f(x_0)=x_0$となるものを$f$不動点という.

例 6.2        $X$を閉区間$[-1,\ 1]$とし$f$$X$から$X$への連続写像とする. $f$は不動点をもつ. ■

証明      $-1\le f(x)\le 1$である. $f(-1)=-1$なら$x=-1$が,$f(1)=1$なら$x=1$が不動点である. $-1<f(-1),\ f(1)<1$とする. $0<f(-1)-(-1),\ f(1)-1<0$なので 連続関数$f(x)-x$に関する中間値の定理によって, $f(x_0)-x_0=0$となる$x_0$が存在する. $x_0$$f$の不動点である. □

次の例は大学入試(92神戸大)で出題された.

例 6.3        自然数$n$に対して,1から$n$までのすべての自然数の集合を$N$とする. $N$ から $N$ への写像 $f$ が次の条件
\begin{displaymath}
i,\ j \in N\ かつ\ i\le j\ ならば,つねにf(i)\le f(j)
\end{displaymath}

をみたすとき, $f$は不動点$k$をもつ. つまり$f(k)=k$となる$k\in N$が存在する. ■

証明      $1\le f(i) \le n\ \ (i=1,\ 2,\ \cdots,\ n)$ である. $f(1)=1$ なら $k$として$1$ をとればよい. $f(n)=n$ なら $k$として$n$ をとればよい.そこで$1<f(n)<n$ とする.

このとき,$f(1)>1$かつ $f(n)<n$ なので $f(i)>i$ となる $i$ の中の最大のものが存在する.それを $i_0$ とする.$i_0<n$ である. $i_0+1$$f(i)>i$を満たさないので $f(i_0+1)\le i_0+1$. ところが$i\le j$ ならば,つねに$f(i)\le f(j)$なので

\begin{displaymath}
i_0<f(i_0)\le f(i_0+1)\le i_0+1
\end{displaymath}

ここでもし $f(i_0+1)< i_0+1$なら,隣りあう2つの自然数 $i_0$$i_0+1$ の間にさらに自然数が存在し不合理.
\begin{displaymath}
∴ \quad f(i_0+1)= i_0+1
\end{displaymath}

$i_0+1\le n$なので$i_0+1$$f$の不動点である. □

定義 33 (縮小写像)       $(X,\ d)$を距離空間とする. $X$から$X$への写像$f:X\to X$に対し, 1より小さい正数$r\ (0<r<1)$が存在して
\begin{displaymath}
x,\ y\in X\Rightarrow d(f(x),\ f(y))\le rd(x,\ y)
\end{displaymath}

が成り立つとき,$f$$X$縮小写像という. ■

縮小写像の条件から,縮小写像は連続である.

定理 72 (リプシツの不動点定理)       $f$を完備距離空間$X$の縮小写像とする. このとき$f$はただ一つの不動点をもつ. ■
証明     $X$の点$x_1$を任意に選び
\begin{displaymath}
x_{k+1}=f(x_k)\quad (k=1,\ 2,\ 3,\ )
\end{displaymath}

で点列$\{x_n\}$を定める.
\begin{displaymath}
d(x_{n+1},\ x_{n+2})=d(f(x_n),\ f(x_{n+1}))\le rd(x_n,\ x_{n+1})
\end{displaymath}

より
\begin{displaymath}
d(x_n,\ x_{n+1})\le r^{n-1}d(x_1,\ x_2)
\end{displaymath}

従って
\begin{eqnarray*}
d(x_n,\ x_{n+l})&\le&
d(x_n,\ x_{n+1})+d(x_{n+1},\ x_{n+2})+...
...cdots+r^{n+l-2})\\
&\le&d(x_1,\ x_2)\cdot\dfrac{r^{n-1}}{1-r}
\end{eqnarray*}

$0<r<1$であるから点列$\{x_n\}$は基本列である. $(X,\ d)$は完備であるから収束する.
\begin{displaymath}
\lim_{n \to \infty}x_n=a
\end{displaymath}

とする.$f$は縮小写像なので連続. 従って
\begin{displaymath}
a=\lim_{n \to \infty}x_{n+1}=
\lim_{n \to \infty}f(x_n)=
f(\lim_{n \to \infty}x_n)=f(a)
\end{displaymath}

となり$a$が不動点であることがわかる.

$f(b)=b$となる点があるとする.

\begin{displaymath}
d(a,\ b)=d(f(a),\ f(b))\le rd(a,\ b)
\end{displaymath}

から

\begin{displaymath}
(1-r)d(a,\ b)\le 0
\end{displaymath}

$1-r>0$より$d(a,\ b)=0$.距離関数の非退化性から$b=a$である. □


この定理は単純であるが,大変有用である. 積分方程式や微分方程式の解の存在, およびその解に収束する関数列の構成に応用することができる.

縮小写像より一般的な連続写像に関する不動点定理は位相幾何学の分野である. 例えば次のような定理が成り立つ.

定理 73        $n$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^n$の閉じた単位球
\begin{displaymath}
S=\{\ \mathrm{\bf x}\ \vert\ \mathrm{\bf x}\in \mathbb{R}^n,\ \vert\mathrm{\bf x}\vert\le 1 \}
\end{displaymath}

がある.$S$から$S$への連続写像$f$は不動点をもつ. ■

$n=1$のときが例6.2である. 一般的な証明は位相幾何学の準備がいる. 例えば文献『位相幾何学』[25]のような位相幾何学の入門書を見てほしい. ここでは文献『直観幾何学』[25]によって,$n=2$つまり円板の場合にこれを証明しよう.


$n=2$のときの証明

     円板$S$上に$f$の不動点が存在しないと仮定し矛盾が起こることを示す.

$S$を中心を原点にして$xy$平面に置く.$S$は不等式$x^2+y^2\le 1$で表される. $0<r\le 1$に対し円$x^2+y^2=r^2$$C_r$とする. $S$の任意の点$\mathrm{P}$に対し $f(\mathrm{P})\ne\mathrm{P}$なので, ベクトル $\overrightarrow{\mathrm{P}f(\mathrm{P})}$をとることができる. $f$が連続なのでこのベクトルの大きさも向きも連続的に変化する.

ベクトル $\overrightarrow{\mathrm{P}f(\mathrm{P})}$$x$軸の正の方向となす角を $\theta_0\ (0\le\theta_0<2\pi)$とし, 点$\mathrm{P}$$C_r$上反時計回りに一周させたときの 変化量を$\phi(r)$とする. $\theta=\theta_0+\phi(r)$とおく. 一周すれば元に戻るのだから$\phi(r)$$2\pi$の整数倍である.

$\phi(1)$を求める. 点$\mathrm{P}$での円$C_1$の接線ベクトルのうち, ベクトル $\overrightarrow{\mathrm{P}f(\mathrm{P})}$を 左側に見るものが$x$軸の正の方向となす角を$\alpha$とする. 最初点$\mathrm{P}$$C_1$上の$(0,\ -1)$にとる. このとき $0<\theta_0<\pi$である. $\mathrm{P}$を反時計回りに一周する. $\alpha$は0から$2\pi$まで変化する.

仮に$\theta$の変化量$\phi(1)$$2\pi$でないと仮定する. すると1周まわったとき角$\theta$$4\pi$以上か0以下である. 2つの角の差$\theta-\alpha$は,最初 $0<\theta-\alpha<\pi$にあり, 一周して点$\mathrm{P}$$(0,\ -1)$に戻ったとき, $\vert\theta-\alpha\vert\ge 2\pi$である. $\theta-\alpha$は連続的に変化するので,途中で $\theta-\alpha=0$となるか $\theta-\alpha=\pi$となるときがある. 一方,$f(\mathrm{P})$$S$の周か内部にあり $\mathrm{P}\ne f(\mathrm{P})$にあるので $\theta-\alpha\ne 0,\ \pi$である.矛盾が起こる. つまり$\phi(1)=2\pi$である.

$r$の変化に対して角$\theta$は連続的に変化するので$\phi(r)$も連続的に変化する. ところが$\phi(r)$$2\pi$の整数倍しかとり得ないので,すべての$r$に対して $\phi(r)=2\pi$である.

しかし$r\to 0$のとき $\mathrm{P}\to\mathrm{O}\ (原点)$であり, $f$の連続性から角$\theta$の変化量も0に収束する. これは矛盾である. 従って$f$は不動点をもつ. □

位相幾何,あるいは函数解析といわれる広大な分野に近づいてきているが, ここで踵を返し,多次元の微積に戻らなければならない.


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2014-05-23