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初等幾何の二証明

証明とその吟味

パスカルは直線の集合が1点を共有するかまたは互いに平行であることを「束をなす」と定義した.また,円錐を平面で切断することによって,パスカルの定理を円の場合に証明すれば,一般の円錐曲線で成り立つことを指摘した.われわれは厳密にその根拠を尋ねたい.

これをいいかえれば,1点を共有するか平行であるかを区別しなくてよい一般的な立場や方法があるということである.それはまた,円や楕円など個別の円錐曲線をそれがおかれた平面の変換で互いにうつすことができ,直線が束をなすという性質,あるいは点が共線であるという性質が,その変換で変わらない.そのような平面とその変換があるということでもある.

これらを実際に構築する方法は,これまでの考察でも垣間見えてきているわけであるが,今後の課題である.ただこのような立場,あるいはこのような幾何ができたならば,平行な場合を区別しなくてよいし,円の場合に証明すればよいことになる.

そこでまず,円の場合のパスカルの定理である命題1 について, その証明をいろいろと考えていこう.そしてそこで使われる方法を吟味し, 証明の根拠としてどのような理論が準備されればならないのかを考えよう.

日本の高校数学

先に一般的な理論があるのではない.数学的な現象を確認したら,まずそれを手持ちの方法で証明する.そのうえで手持ちの方法を検討し,そこから一般的な方法を探究する.これが大切である.

その手持ちの方法を,日本の高校数学の方法とすることは自然である.ところが,日本の高校数学で使えることが国家の方針によってよく変更される.例えば,複素平面は2010年現在は教育課程に入っていない.しかし10年前にはあり,2012年入学年から復活する.逆にそのとき,二次行列や平面の一次変換はなくなる.しかしこのように教育課程が定まらないことはたいへん大きな問題であり,不幸なことである.

15歳から18歳の時代に学んでおくべきことはそんなに変化するものではない.それをこの間青空学園では一貫して訴えてきた.そこでこの節で使う方法を,これまで日本の高校数学に現れた次のものを大きくは越えない次のものとする. この範囲のうちで『円錐曲線試論』に現れた諸命題の証明を試みよう.

(1)
ユークリッド幾何学
(2)
ベクトル表示を含む平面と空間の座標幾何学
(3)
平面の一次変換と二次行列の理論
(4)
三次行列と行列式の基本事項
(5)
複素平面の幾何学


円周角の相等を用いる証明

この証明は『代数曲線の幾何学』[35]によれば「パスカルの定理のパスカルによる証明」である.

円周上に6点A,B,C,D,E,F がこの順にある.命題1 $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{E}\mathrm{F}$等のあらゆる型に対し,つねにパスカル線が定まることを主張している.このうちの一つの場合 $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{E}\atop\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{F}\mathrm{B}$について,円周角の相等と三角形の相似を用いて命題1を示そう.

命題1に,点の順も条件としてつけ加えた次の命題で示す.

命題 2        円$C$の周上に6点,A,B,C,D,E,F がこの順に並んでいる.
$\mathrm{P}=
{\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{E}\atop
\displaystyle \mathrm{...
... {\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{C}\atop
\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{F}}$
とする.このとき $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$は共線である. ■
証明     3点A,D,P を通る円を$C'$とし,円$C'$と直線FAの他の交点をS,DCとの交点をTとする. 円$C$に内接する四角形CDEFの内角と対角の補角の相等により

\begin{displaymath}
\angle \mathrm{CFE}=\angle \mathrm{CDP}
\end{displaymath}
$C'$での円周角の相等により

\begin{displaymath}
\angle \mathrm{TDP}=\angle \mathrm{TSP}
\end{displaymath}
よって $\bigtriangleup \mathrm{TPS}$ $\bigtriangleup \mathrm{CQF}$において

\begin{displaymath}
\angle \mathrm{PST}=\angle \mathrm{QFC}
\end{displaymath}
である.同様に円$C'$での円周角の相等,円$C$での円周角の相等, 円$C$に内接する四角形ABCDの内角と対角の補角の相等により,

\begin{displaymath}
\angle \mathrm{APT}=\angle \mathrm{ADT}=
\angle \mathrm{AFC}=\angle \mathrm{CBP}
\end{displaymath}
よって $\mathrm{PT}\parallel \mathrm{CQ}$である. 同様に円$C'$に内接する四角形ASPDと, 円$C$に内接する四角形CDEFを考えることにより

\begin{displaymath}
\angle \mathrm{PSR}=\angle \mathrm{ADP}=
\angle \mathrm{AFE}
\end{displaymath}
よって $\mathrm{SP}\parallel \mathrm{FQ}$である.

この結果, $\bigtriangleup \mathrm{TPS}$ $\bigtriangleup \mathrm{CQF}$ は相似であり,点Rが相似の中心である. よって他の頂点P,Qと相似の中心Rは共線である. □

方法の反省

おそらくパスカルは彼の直観によって円の場合の証明は, 点の順の指定のない命題1もこれと同様に出来ることを知った. しかし,この方法では,例えば $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{C}\mathrm{B}\atop
\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{F}\mathrm{E}$ $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{F}\mathrm{E}\atop
\displaystyle \mathrm{D}\mathrm{C}\mathrm{B}$ $\displaystyle \mathrm{A}\mathrm{B}\mathrm{C}\atop
\displaystyle \mathrm{F}\mathrm{E}\mathrm{D}$ 等についても同様にできる保証はないのではないか. これについては Chasing Angles in Pascal's Hexagon などで実験すれば,できそうであるが,これだけでは論証にならない.

(1)
個別の点の配置に関わる方法には一般性がない.
(2)
つねに相似な三角形が現れることは 一般的な方法の存在を示唆している.

 

長さの比を用いる証明

メネラウスの定理と方べきの定理を用いて命題2を証明しよう.そのためにまずメネラウスの定理を補題として証明する.さらにその前提として,有向線分を定義する.


平面上に直線$l$がある.$l$上には1の大きさと正の方向が定まっているものとする.2点 $\mathrm{A,\ B}$がある.このとき,点Aから点Bへ向かう方向が,定まっている正の方向のとき「AB」でAとBの距離を正の値にとった数を表す.点Aから点Bへ向かう方向が,定まっている正の方向と逆のとき「AB」でAとBの距離を負の値にとった数を表す.符号をつけた線分を有向線分という.その値を「有向線分の長さ」という.混乱しないときは「有向線分」で長さも表すことがある.

$l$上の3点 $\mathrm{A},\ \mathrm{B},\ \mathrm{C}$がどの順で並んでいても

\begin{displaymath}
\mathrm{AB}+\mathrm{BC}=\mathrm{AC}
\end{displaymath}

である.

今後用いるのは $\dfrac{\mathrm{AC}}{\mathrm{BC}}$のような比である.この比の値は$l$の正の方向をいずれにとるかに関係なく一意に定まる.比の値が正ということは同方向,負ということは逆方向であることを意味する.以下直線上の線分の長さの比をこの意味で用いる.

メネラウスの定理

補題 1        三角形$\mathrm{ABC}$の頂点 $\mathrm{A},\ \mathrm{B},\ \mathrm{C}$に対し,点 $\mathrm{A},\ \mathrm{C}$の対辺上に2点 $\mathrm{P},\ \mathrm{R}$と点$\mathrm{B}$対辺の延長線上に1点$\mathrm{Q}$をとるか,またはそれぞれの対辺の延長線上に3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$をとる.いずれの場合も,
(1)
3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$が一直線上にあれば $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1$となる.
(2)
$\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1$なら 3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$ は一直線上にある.■

(1)をメネラウスの定理といい,(2)をメネラウスの定理の逆という.あわせて,条件 $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1$と,3点が1直線上にあるという条件が,同値であるということである.

チェバの定理

今度は三つの比と1点の間に成り立つのがチェバの定理である.

補題 2        三角形$\mathrm{ABC}$の頂点 $\mathrm{A},\ \mathrm{B},\ \mathrm{C}$に対し,それぞれの対辺上に3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$をとるか,または点$\mathrm{B}$の対辺上に点$\mathrm{Q}$と点 $\mathrm{A},\ \mathrm{C}$の対辺の延長線上に2点 $\mathrm{P},\ \mathrm{R}$をとる.いずれの場合も,
(1)
3直線$\mathrm{AP}$$\mathrm{BQ}$$\mathrm{CR}$が一点$\mathrm{O}$で交われば $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1$が成立する.
(2)
逆に $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1$なら 3直線$\mathrm{AP}$$\mathrm{BQ}$$\mathrm{CR}$ は1点で交わる.■

(1)をチェバの定理といい,(2)をチェバの定理の逆という.あわせて,条件 $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1$と3直線が1点で交わることが同値であるということである.


メネラウスの定理の証明

(1)      点$\mathrm{C}$から$\mathrm{QR}$に平行な 直線$\mathrm{CS}$を引く.

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}
=\dfrac{\mathrm{BR}}{\mat...
...{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}
=\dfrac{\mathrm{SR}}{\mathrm{RA}}
\end{displaymath}

となる.よって

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{...
...m{SR}}{\mathrm{RA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1
\end{displaymath}
である.

(2)      直線$\mathrm{QR}$と直線$\mathrm{BC}$の交点を $\mathrm{P}'$とする. このとき

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP'}}{\mathrm{P'C}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1
\end{displaymath}

となる.一方 $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1$なので

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP'}}{\mathrm{P'C}}
=\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}
\end{displaymath}

となり, $\mathrm{P}'=\mathrm{P}$である. つまり, 3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$ は一直線上にあることが示された. □

チェバの定理の証明
(1) $\bigtriangleup \mathrm{ABP}$を直線$\mathrm{ROC}$ が切っていると見れば,メネラウスの定理から

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BC}}{\mathrm{CP}}\cdot
\dfrac{\mathrm{PO}}{\mathrm{OA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=-1
\end{displaymath}

また $\bigtriangleup \mathrm{APC}$を直線$\mathrm{QOB}$ が切っていると見れば,メネラウスの定理から

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{CB}}{\mathrm{BP}}\cdot
\dfrac{\mathrm{PO}}{\mathrm{OA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AQ}}{\mathrm{QC}}=-1
\end{displaymath}

第一式を第二式で割ると

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1
\end{displaymath}

を得る.
(2)      $\mathrm{BQ}$$\mathrm{CR}$の交点を$\mathrm{O}$とし, $\mathrm{AO}$$\mathrm{BC}$の交点を$\mathrm{P}'$とする. このとき(1)によって

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP'}}{\mathrm{P'C}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1
\end{displaymath}

が成り立つ.一方, $\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CQ}}{\mathrm{QA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{AR}}{\mathrm{RB}}=1$なので

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{BP'}}{\mathrm{P'C}}
=\dfrac{\mathrm{BP}}{\mathrm{PC}}
\end{displaymath}

となり, $\mathrm{P}'=\mathrm{P}$である. つまり3直線$\mathrm{AP}$$\mathrm{BQ}$$\mathrm{CR}$は一点で交わる. □

第二の証明

以上の準備と方べきの定理を用いて,命題2の第二の証明をする.方べきの定理は円周角の定理による三角形の相似から示されるので,この証明にも円周角の定理が用いられている.


証明      直線$\mathrm{AF}$$\mathrm{BC}$の交点を$\mathrm{L}$, 直線$\mathrm{AF}$$\mathrm{DE}$の交点を$\mathrm{M}$, 直線$\mathrm{DE}$$\mathrm{BC}$の交点を$\mathrm{N}$とする.

$\bigtriangleup \mathrm{LMN}$と直線$\mathrm{CD}$にメネラウスの定理を用いて

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{DM}}{\mathrm{ND}}\cdot
\dfrac{\mathrm{RL}}{\mathrm{MR}}\cdot
\dfrac{\mathrm{CN}}{\mathrm{LC}}=-1
\end{displaymath}

同様に $\bigtriangleup \mathrm{LMN}$と直線$\mathrm{FQ}$ $\bigtriangleup \mathrm{LMN}$と直線$\mathrm{AP}$にメネラウスの定理を用いて

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{QN}}{\mathrm{QL}}\cdot
\dfrac{\mathrm{EM}}{...
...m{AL}}{\mathrm{MA}}\cdot
\dfrac{\mathrm{BN}}{\mathrm{LB}}=-1
\end{displaymath}
これら3式をかけあわせ,方べきの定理

\begin{eqnarray*}
&&\mathrm{LA}\cdot\mathrm{LF}=\mathrm{LB}\cdot\mathrm{LC}\\ 
...
...}\\
&&\mathrm{ND}\cdot\mathrm{NE}=\mathrm{NC}\cdot\mathrm{NB}
\end{eqnarray*}
を用いることにより,

\begin{displaymath}
\dfrac{\mathrm{RL}}{\mathrm{MR}}\cdot
\dfrac{\mathrm{QN}}{\mathrm{LQ}}\cdot
\dfrac{\mathrm{PM}}{\mathrm{NP}}=-1
\end{displaymath}
を得る.メネラウスの定理の逆によって, 3点 $\mathrm{P},\ \mathrm{Q},\ \mathrm{R}$は共線である. □

方法の反省

本証明も点の順に関する仮定から自由ではない.

さらに次のような問題も指摘できる. パスカルは円を底面とする円錐を切断することで,円の場合にパスカル線の存在を示せば,円錐曲線の場合も証明されていることを指摘した.

この方法で底面上の線分は円錐を切断する平面上の線分に対応するが,その長さは変化するし,同じ直線上の線分の比も変化する.一方,メネラウスの定理やチェバの定理では,線分の長さおよびその比が重要であった.

長さや比を用いて円の場合に証明する.それを長さや比を保たない変換で円錐曲線に一般化するのだから,円の場合の証明がそのまま円錐曲線の場合の根拠となるのか,吟味も必要になる.この証明方法では,このような問題が生じる.


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2014-01-03