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行列式の定義

南海  そこで$n$次元のベクトル空間での行列式を定義しよう. そのためには次の定理が基本的だ.

定理 4
$n$次元のベクトル空間$V$と一組の基底

\begin{displaymath}
\mathrm{\bf e}_1,\ \mathrm{\bf e}_2,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n
\end{displaymath}

をとる. $n$個のベクトルの組

\begin{displaymath}
\mathrm{\bf u}_i,\ (i=1,\ 2,\ \cdots,\ n)
\end{displaymath}

に対し,次の性質をもつ実数

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)
\end{displaymath}

がただひとつ定まる.
  1. $\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \cdots,\ k\mathrm{\bf u}_i,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u...
...lta(\mathrm{\bf u}_1,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}_i,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)$
  2. $\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_i
+\mathrm{\bf v}_i,\
\cdo...
...lta(\mathrm{\bf u}_1,\
\cdots,\ \mathrm{\bf v}_i,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)$
  3. $\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_i,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}...
...\ \mathrm{\bf u}_j,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}_i,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)$
  4. $\Delta(\mathrm{\bf e}_1,\ \mathrm{\bf e}_2,\
\cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)=1$

耕一  証明は難しいのですか.

南海  いや.実際に構成してみせるのだ. ただそのために置換の考え方がいる. $n$個の数 $1,\ 2,\ \cdots,\ n$の集合

\begin{displaymath}
N=\{\ 1,\ 2,\ \cdots,\ n\ \}
\end{displaymath}

をとり$N$から$N$自身の上への一対一写像$\sigma$置換という.

\begin{displaymath}
\sigma(k)=a_k\ ,\ k=1,\ 2,\ \cdots,\ n
\end{displaymath}

とすれば,この置換$\sigma$

\begin{displaymath}
\sigma=\left(
\begin{array}{ccccc}
1&2&3&\cdots&n\\
a_1&a_2&a_3&\cdots&a_n
\end{array}\right)
\end{displaymath}

のように,置きかえ先を列記することで書きあらわすことができる. 2つの置換$\sigma$$\tau$について,その積を写像の合成で定める.

\begin{displaymath}
\sigma\tau(k)=\sigma\{\tau(k)\}
\end{displaymath}

要するに,順に置換を施していくということだ.

また $1,\ 2,\ \cdots,\ n$のうち$i$$j$のみを入れ替え,他はそのままである置換を互換といい, $(i,\ j)$のように書きあらわす.つまり

\begin{displaymath}
\sigma(i)=j,\ \sigma(j)=i,\ \sigma(k)=k,\ (k \not =i,\ j)
\end{displaymath}

となる置換$\sigma$$(i,\ j)$と書くのである.

耕一  $n=3$のときは,置換は結局 $a_1,\ a_2,\ a_3$の決め方だから$3!=6$個あるのですね.

南海  置換を目で見るには次のようにしてみればよい.例えば $\left(
\begin{array}{ccc}
1&2&3\\
2&3&1
\end{array}\right)$は,次のようにひもで結べばよい.

耕一  ひもは2回交わります.

南海  そこでどのようなことが起こっているか.

耕一  まず2と3が入れ替わり,次にその2と1が入れ替わります. 実際上から順にこの入れ替えを書くと

\begin{displaymath}
\left(
\begin{array}{ccc}
1&2&3\\
1&3&2\\
2&3&1
\end{array}\right)
\end{displaymath}

です.

南海  こうして置換 $\left(
\begin{array}{ccc}
1&2&3\\
2&3&1
\end{array}\right)$は2つの互換 $(2,\ 3),\ (1,\ 2)$の積になった.

\begin{displaymath}
\left(
\begin{array}{ccc}
1&2&3\\
2&3&1
\end{array}\right)=(1,\ 2)(2,\ 3)
\end{displaymath}

ただし,ここでは右側から順に作用させる.

耕一  でも 右のようなときもあります.これは

\begin{displaymath}
\left(
\begin{array}{ccc}
1&2&3\\
2&3&1
\end{array}\right)=(1,\ 2)(2,\ 3)(2,\ 3)(2,\ 3)
\end{displaymath}

となるだけですが.

南海  次の事実が成り立つ.

補題 1
$n$個の文字の置換は互換の積に分解される. 分解の仕方は一通りではないが,互換の個数が偶数個か奇数個かは, 各置換によって一定である.

証明

$\displaystyle f=\prod_{1\le i<j<n}(x_i-x_j)$とおく. $n$個の文字の置換$\sigma$によって, $x_1,\ \cdots,\ x_n$を置きかえると, 新しい$f^{\sigma}$ができるが, $\sigma$$f$の符号のみをかえるので, $f^{\sigma}=\pm f$であり, その符号は$\sigma$によって確定する. 一方,置換が偶数個の互換の積に分解されるなら$f^{\sigma}=f$, 奇数個の互換の積に分解されるなら,$f^{\sigma}=-f$である. したがって,偶数奇数の別は分解の仕方によらない. □

偶数個の互換の積に分解される置換を偶置換, 奇数個の互換の積に分解される置換を奇置換という. 記号で

\begin{displaymath}
\mathrm{sign}(\sigma)=\left\{
\begin{array}{ll}
1&(\sigma 偶置換)\\
-1&(\sigma 奇置換)
\end{array}\right.
\end{displaymath}

と定める.つまり $f^{\sigma}=\mathrm{sign}(\sigma)f$である.

例 1.2.3   次の置換の偶奇は次のようになる.
  1. $\left(
\begin{array}{cccc}
1&2&3&4\\
2&3&4&1
\end{array} \right)$ $(3,4)(2,3)(1,2)$と分解され,奇置換.
  2. $\left(
\begin{array}{cccc}
1&2&3&4\\
3&1&4&2
\end{array} \right)$ $(1,2)(3,4)(2,3)$と分解され,奇置換.
  3. $\left(
\begin{array}{cccc}
1&2&3&4\\
3&4&2&1
\end{array} \right)$ $(2,3)(3,4)(1,3)$と分解され,奇置換.

南海  定理4の証明をしておこう. ある程度添え字の置き方にも慣れてきたので和記号を用いていく.

定理 4 の証明

定理 4 に掲げた4つの性質をもつ$\Delta$が存在するとする.

\begin{displaymath}
\mathrm{\bf u}_i=\sum_ja_{ji}\mathrm{\bf e}_j,\ (i=1,\ 2,\ \cdots,\ n)
\end{displaymath}

とおく.

\begin{eqnarray*}
&&\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...hrm{\bf e}_j,\ \mathrm{\bf e}_k,\
\cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)\\
\end{eqnarray*}

同様に順次係数を用いて表すと

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...thrm{\bf e}_j,\ \mathrm{\bf e}_k,\
\cdots,\ \mathrm{\bf e}_l)
\end{displaymath}

ここで, $j,\ k,\ \cdots,\ l$ $1,\ 2,\ \cdots,\ n$のいずれかで,同じものは含まないので, ある置換$\sigma$によって

\begin{displaymath}
j=\sigma(1),\ k=\sigma(2),\ \cdots,\ l=\sigma(n)
\end{displaymath}

とおける. また和がこのようなあらゆる置換にわたることも明らかである. つまり

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...thrm{\bf e}_{\sigma(1)},\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_{\sigma(n)})
\end{displaymath}

ここでひとつ入れ替えるたびに$\pm $が入れ替わるので,

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf e}_{\sigma(1)},\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_...
...}(\sigma)
\Delta(\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)
\end{displaymath}

である.よって
\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...igma(n)n}
\Delta(\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)
\end{displaymath} (1.1)

$\Delta(\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)=1$より

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...igma} \mathrm{sign}(\sigma)a_{\sigma(1)1}\cdots a_{\sigma(n)n}
\end{displaymath}

逆に

\begin{displaymath}
\mathrm{\bf u}_i=\sum_ja_{ji}\mathrm{\bf e}_j,\ (i=1,\ 2,\ \cdots,\ n)
\end{displaymath}

に対して,

\begin{displaymath}
\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\
\cdots,\ \math...
...igma} \mathrm{sign}(\sigma)a_{\sigma(1)1}\cdots a_{\sigma(n)n}
\end{displaymath}

と定める. これが定理4に掲げた性質のうち,第1,第2が成り立つことは明らか. 第3は,いずれか2つを入れ替えると,ちょうど互換がひとつ増減することから,成立する.第4も明らかである. よって定理4が示された.□

さて行列 $A=\left( a_{ij} \right)$に対して,この基底に関して

\begin{displaymath}
\mathrm{\bf u}_i=\sum_ja_{ji}\mathrm{\bf e}_j,\ (i=1,\ 2,\ \cdots,\ n)
\end{displaymath}

とおいたときの $\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)$ を,行列$A$の(この基底に関する)行列式といい,

\begin{displaymath}
\Delta(A),\ \quad \vert A\vert
\end{displaymath}

などと記す. 次の事実が成り立つ.
(1)
行列式 $\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)$で, $\mathrm{\bf u}_1,\ \mathrm{\bf u}_2,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n$ の中に同じものがあれば,行列式の値は0である. 入れ替えると符号が変わるのだから,同じものがあればそこを入れ替えることで, 値が0であることがわかる.

したがって $\mathrm{\bf u}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_i,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n$ $\mathrm{\bf u}_i$に, $\mathrm{\bf u}_i$以外のベクトルの1次結合を加えても, 行列式の値は変わらない. 実際

\begin{eqnarray*}
&&\Delta(\mathrm{\bf u}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_i+
\sum_...
...f u}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_i,\ \cdots,\ \mathrm{\bf u}_n)
\end{eqnarray*}

である.
(2)
2つの行列$A,\ B$に関して,

\begin{displaymath}
\Delta(AB)=\Delta(A)\Delta(B)
\end{displaymath}

が成り立つ. 一組の基底 $\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n$をとり

\begin{eqnarray*}
&&(\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)A
=(\mathrm{...
...rm{\bf v}_n)B
=(\mathrm{\bf w}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf w}_n)
\end{eqnarray*}

とおく. $\Delta(A)\ne 0$なら $(\mathrm{\bf v}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf v}_n)$も基底なので 定理4の証明における等式(1.1)と同様に

\begin{eqnarray*}
\Delta(BA)&=&\Delta(\mathrm{\bf w}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf w...
...B)\Delta(A)\Delta(\mathrm{\bf e}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf e}_n)
\end{eqnarray*}

これから $\Delta(AB)=\Delta(A)\Delta(B)$がわかる.

$\Delta(A)=0,\ \Delta(B)\ne 0$なら,まず $(\mathrm{\bf v}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf v}_n)$ は1次従属.その関係式に

\begin{displaymath}
(\mathrm{\bf v}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf v}_n)
=(\mathrm{\bf w}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf w}_n)B^{-1}
\end{displaymath}

を代入して, $(\mathrm{\bf w}_1,\ \cdots,\ \mathrm{\bf w}_n)$も1次従属. よって$\Delta(AB)=0$.これから $\Delta(AB)=\Delta(A)\Delta(B)$

$\Delta(A)=0,\ \Delta(B)= 0$のときも成立する.

耕一  今は行列を縦ベクトルに分けて,行列式を定義しましたが,横ベクトルに分けてもいいのですか.

南海  それは,$\sigma$の逆置換$\sigma^{-1}$,置換群的な考察が必要なのだ.

\begin{eqnarray*}
&&\sum_{\sigma} \mathrm{sign}(\sigma)a_{\sigma(1)1}\cdots a_{\...
...\sigma} \mathrm{sign}(\sigma)a_{1\sigma(1)}\cdots a_{n\sigma(n)}
\end{eqnarray*}

第一の等号は並べ替えただけだ.第二の等号は$\sigma$が置換全体を動けば, $\sigma^{-1}$も置換全体を動くことから結論づけられる. 最後の式は横ベクトルで考えたものそのものだ.

耕一  少し難しいです.

南海  そうだろう.そこで具体的な場合に戻ろう. 2次行列の場合,この定義が$\Delta$そのものであることを確認してほしい. ただし, 基底は $\mathrm{\bf e}_1=\vecarray{1}{0},\ \mathrm{\bf e}_2=\vecarray{0}{1}$とする.

耕一  $A=\matrix{a_{11}}{a_{12}}{a_{21}}{a_{22}}$とすると,

\begin{eqnarray*}
\mathrm{\bf u}_1&=&a_{11}\mathrm{\bf e}_1+a_{21}\mathrm{\bf e}...
...\mathrm{\bf u}_2&=&a_{12}\mathrm{\bf e}_1+a_{22}\mathrm{\bf e}_2
\end{eqnarray*}

です. これでやってみます.

例 1.2.4  

1と2の置換は $\sigma=\left(
\begin{array}{cc}
1&2\\
1&2
\end{array}\right)$ $\tau=\left(
\begin{array}{cc}
1&2\\
2&1
\end{array}\right)$の2つです. $\mathrm{sign}(\sigma)=1,\ \mathrm{sign}(\tau)=-1$なので

\begin{displaymath}
\Delta(A)=
\mathrm{sign}(\sigma)a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}...
...{sign}(\tau)a_{\tau(1)1}a_{\tau(2)2}=a_{11}a_{22}-a_{21}a_{12}
\end{displaymath}

となります.

南海  3次の場合は? ただし, 基底は $\mathrm{\bf e}_1=
\left(
\begin{array}{c}
1\\
0\\
0
\end{array}\right)
,...
...
\mathrm{\bf e}_3=
\left(
\begin{array}{c}
0\\
0\\
1
\end{array}\right)
$とする.

耕一  同じように考えます.

例 1.2.5   $A=
\left(
\begin{array}{ccc}
a_{11}&a_{12}&a_{13}\\
a_{21}&a_{22}&a_{23}\\
a_{31}&a_{32}&a_{33}
\end{array}\right)$とする.

1,2,3の置換は,$(1\ 2\ 3)$を並べ替えた結果で書くと

\begin{displaymath}
\begin{array}{ll}
\sigma_0=(1\ 2\ 3)&\mathrm{sign}(\sigma_...
...\sigma_5=(3\ 2\ 1)=(13)&\mathrm{sign}(\sigma_5)=-1
\end{array}\end{displaymath}

の6個です.したがって

\begin{eqnarray*}
\vert A\vert&=&a_{11}a_{22}a_{33}+a_{21}a_{32}a_{13}+a_{31}a_{...
... \quad -a_{21}a_{12}a_{33}-a_{11}a_{32}a_{23}-a_{31}a_{22}a_{13}
\end{eqnarray*}

これは $\begin{array}{ccc}
a_{11}&a_{12}&a_{13}\\
a_{21}&a_{22}&a_{23}\\
a_{31}&a_{32}&a_{33}
\end{array}$ で, 左上から右下方向にとるときは符号は正, 左下から右上方向にとるときは符号は負ということで,覚えやすい.


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