南海 以上の議論を,整式の場合に行おう,というのが今日の主題だ.
ここで,整式の整数論がどのように成りたつかを考えていくのだが, 少し準備的な考察が必要だ.
それは係数をどこにとるかだ.
太郎 有理数係数とか,実数係数とかですか.
南海 普通は実数を係数とする整式全体を考える. このような実数係数の整式の集合を,変数を明示して と表そう.
以下のことは で考えても,有理数係数にかぎってで考えても, また複素数で考えとしても同じことである. そこで,を有理数の集合, 実数の集合,複素数の集合のいずれかを表すものとし, これからはに係数をもつ整式の集合を考えることにしよう.
ただし, 整数係数で考えるときはまた別であることには注意したい.
の整式は,つぎの除法の基本性質をもつ. ここでは整式 の次数を表す.
証明
ならば でよい.
のとき,
とする. と の 次の項をそれぞれ
とする.
これが1組しかないことを示す.2組あったとする.
ところが一方, だから, .これは矛盾.
ゆえに等式(1)が成立するのは, のときのみである. このとき, となる.□
南海 まず,整数の場合と同じように, 整式が整式の倍数であるとは, を満たす整式が存在することと定義する.
整式の場合も割り算ができ, をに対して,をで割った商と余りが一意に確定することから,
がの倍数であることは, をで割った余りが0であることと同値である.
太郎
因数分解は
南海 その通りだ.
このように,約数や倍数,因数分解は,定数倍の違いを除いて決まる.
太郎 の中で,0でない定数は逆数もまた整式です. 逆数もまた整式となるのは0でない定数にかぎります. では0でない定数が単数なのですね.
南海
0および定数でない整式は少なくとも定数と を約数を持つ. これら以外の約数を真の約数という. 真の約数を持たない整式を 既約 という.
既約かどうかは,定数倍しても変わらない.
既約な整式というのは,整数での素数と同じ役割を果たす.
ここで注意.
既約かどうかは,係数をどこで考えるかによって異なる. 例を挙げてほしい.
太郎 は
南海 そう.だから既約かどうかは係数をどこにとるかで変わり, 整式固有の性質ではない.
太郎 だからあまり素数とはいわないのですね.
南海 さらに整数のときと同様に,公約数,公倍数が定義される. 整数では倍を除いて考えるところを, 整式では0でない定数倍を除いて考えることにすれば,まったく同じである.
公約数や公倍数は整数の場合と同じである. 2つの整式とがある.
最大公約数とは,との公約数のなかで, 次数が最も大きいものをいう. 最大公約数が定数のとき, とは互いに素であるという.
最小公倍数とは,との公倍数のなかで, 次数が最も小さいものをいう.
太郎 最大公約数も最小公倍数も定数倍を除いて一つに定まる.
南海 それは証明が必要だ. それを含めて次の定理の証明を整数の場合にならって構成してほしい. 簡単のために,やなどで整式を表すことにする. すると整数の場合の証明が,ほんの一部の手直しでそのまま使える. どこを直せばよいか考えてみてほしい.
南海 (1)を示してほしい.他はそれをもとに『数論初歩』と同様に示される.
太郎 整数の場合を手直しするところは, 絶対値を次数で考えるところです.
証明
の最小公倍数を
とし, を任意の公倍数とする.
を で割った商を ,余りを とすると
南海 この定理の証明においても, 「除法の原理」が基本定理として用いられてることがわかる.
南海
さて,整式を既約な整式の積に分解して,
は異なる既約な整式, は正の整数である.
このとき整数と同様に次の定理が成り立つ.
整式の場合も素因数分解の一意性という. 基本的な定理である.
太郎 この証明は整数の場合と同じですね. ここでも,除法が論証の根拠になっているのですね.
南海 そこでだ.整数の因数分解の一意性の証明にならって, 整式の場合についても,除法を用いないツェルメロの方法による別証明をしてみよう.
因数分解の一意性の別証明
異なる因数分解をもつ整式の集合を考える. この集合に属する次数が最小の整式をとする. は相異なる2つの因数分解をもつ.それを
また, のいずれも のいずれとも異なる. なぜなら,もしなら, これを約せばより小さい次数で,異なる因数分解をもつ整式が得られ, がそのような整式のなかで次数最小であることに反する.
とする.
とすると,
適当な定数を
ここで整式を
このの因数分解における因数 はの倍数ではない. なぜならもしの倍数ならがの倍数となり, 互いに異なる既約な整式であることに反する. よってこの因数分解には現れない.
一方は
よっての2つの因数分解は相異なる因数分解である.
なので, が異なる2つの因数分解をもつ次数最小の整式であることと矛盾した.
したがって異なる2つの因数分解をもつ整式は存在しない.□
南海 もう一つ,整数の場合と同様に, 証明に除法が使われる基本定理を紹介しよう.
南海 これが,整式のイデアルの定義だ. 整式のイデアルはある整式の倍数全体になる,ということだ.
太郎
証明
条件から である. その結果,なら である.
そこでの要素のうち, 次数最小の整式をとる.
の任意の要素をとり,それをで割る.
ここでもしならが次数最小の要素であることに反する. よって,つまりの任意の要素はの倍数である.
したがって が示せた.□
南海 これを用いると次のことが示される.
太郎 整式の場合,余りが有限個ではないので部屋割り論法を用いる 方法はうまくいかないようです.
太郎
,
が
に属せば
したがって定理9より は,に属するある整式の倍数の全体である. とする.
一方
つまり
太郎 ユークリッドの互除法も同じようにできるのですか.
南海
簡単のために整式 の最大公約数を と書く. 演習問題にしたものあがるのでやってみてほしい.
太郎 解いてみます.
(1)
, とします.
, .また , とします.
一方
つまりが示された.
(2)
を で割った商をとすると,余りがなので
(3)