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不変式としての判別式

耕介  『数論初歩』の「2次無理数の展開と判別式」のところに次の事実が出てきました.

無理数$\omega_0$が2次方程式$ax^2+bx+c=0$の解であるとき, これと対等な無理数 $\dfrac{p \omega_0 +q}{r \omega_0 +s}$ を解にもつ2次方程式を $a'x^2+b'x+c'=0$とする. 二つの2次式の判別式を$D$$D'$とすると,$D=D'$である.

ある無理数$\omega_0$に対し,無理数$\omega_1$$ps-qr=1$であるような整数$p,\ q,\ r,\ s$を用いて $\omega_1=\dfrac{p \omega_0 +q}{r \omega_0 +s}$と表されるとき, この二つの無理数 $\omega_0,\ \omega_1$は互いに対等であるというのでした. $\omega_0=\dfrac{s\omega_1-q}{-r\omega_1+p}$なので, これをもとの方程式に代入し, 得られた$\omega_1$の満たす2次方程式を決める. その判別式をとるのですが,証明を読んでみると, $p,\ q,\ r,\ s$が整数であることは使っていません. 要するに,元の2次方程式$ax^2+bx+c=0$$x$に, $ps-qr=1$であるような$p,\ q,\ r,\ s$によって作られる $\dfrac{sx-q}{-rx+p}$を代入し,分母を払って整理すると 新たな2次方程式 $a'x^2+b'x+c'=0$が得られる. 二つの2次式の判別式は変わらない,ということを言っています.

南海  $x$ $\dfrac{sx-q}{-rx+p}$に置きかえて得られた方程式の判別式が, この変換で変わらないことに気づいたのはすばらしい. $p,\ q,\ r,\ s$は整数でなくてもよいばかりでなく, 複素数一般でもかまわない.

数学では,何らかの変換を行ったときに, それに対して不変なものを見出し, 不変なものが作る集合の構造を考えることが,大変重要である. 不変な量,不変な関係を明確にすることが, 数学的現象を考えるうえでもっとも基本的な方針だ.

正確な定義はこれからおこなっていくが, このような変換によって不変な式を一般に不変式という.

耕介  2次方程式$ax^2+bx+c=0$から,先の方法で別の2次方程式 $a'x^2+b'x+c'=0$を作る.その判別式${b'}^2-4a'c'$を, もとの係数$a,\ b,\ c$で表すと,結局$b^2-4ac$に戻ります.

一定の係数の変換に対し判別式は不変である,ということですね.

南海  そうだ. 今日は, 高校数学の背景のひとつなっている不変式について, 高校数学と地続きなところから考えはじめよう,

$ps-qr=1$であるような任意の$p,\ q,\ r,\ s$に対して, $x$ $\dfrac{sx-q}{-rx+p}$に置きかえ分母を払って2次式を作る. 係数は変化するが,判別式は変わらないという条件を考える. $p,\ q,\ r,\ s$$ps-qr=1$を満たすことと, $s,\ -q,\ -r,\ p$$sp-(-q)(-r)=1$を満たすことは同値であるから, この条件は, $ps-qr=1$であるような任意の$p,\ q,\ r,\ s$に対して, $x$ $\dfrac{px+q}{rx+s}$に置きかえ分母を払って2次式を作っても, 判別式は変わらない,という条件と同値だ.

そこで$x$ $\dfrac{px+q}{rx+s}$に置きかえ分母を払って 2次式を作ることで不変性を確認していこう.

2次方程式を

\begin{displaymath}
f(x)=ax^2+bx+c=0
\end{displaymath}

としよう. 改めて,方程式の変換と判別式の不変性を確認しよう.

耕介  判別式は$D=b^2-4ac$です.

南海  この$x$ $\dfrac{px+q}{rx+s}$を代入し分母を払って得られる新たな2次方程式を

\begin{displaymath}
a'x^2+b'x+c'=0
\end{displaymath}

とする.つまり

\begin{displaymath}
(rx+s)^2f\left(\dfrac{px+q}{rx+s}\right)=a'x^2+b'x+c'
\end{displaymath}

だ. この2次式の判別式$D'$を実際に計算してみてほしい.

耕介 

\begin{displaymath}
a\left(\dfrac{px+q}{rx+s}\right)^2
+b\left(\dfrac{px+q}{rx+s}\right)+c=0
\end{displaymath}

分母をはらってまとめると,

\begin{eqnarray*}
&&(rx+s)^2f\left(\dfrac{px+q}{rx+s}\right)\\
&=&
(ap^2+bpr+cr^2)x^2
+\{2apq+b(ps+qr)+2crs\}x+(aq^2+bqs+cs^2)
\end{eqnarray*}

です.したがって
\begin{displaymath}
\left\{
\begin{array}{l}
a'=ap^2+bpr+cr^2\\
b'=2apq+b(ps+qr)+2crs\\
c'=aq^2+bqs+cs^2
\end{array}\right.
\end{displaymath} (1)

となる.$ps-qr=1$なので

\begin{eqnarray*}
D'&=&\{2apq+b(ps+qr)-2crs\}^2-4(ap^2+bpr+cr^2)(aq^2+bqs+cs^2)\...
...qrs\}b^2+4ac\{2pqrs-(p^2s^2+q^2r^2)\}\\
&=&(ps-qr)^2(b^2-4ac)=D
\end{eqnarray*}

確かに二つの2次方程式の判別式は等しい.□

南海  今は変換された係数から直接計算したが, 根の方から考える別解がある.

\begin{displaymath}
ax^2+bx+c=0
\end{displaymath}

の根をそれぞれ $\alpha,\ \beta$とする. 変換された方程式の根はどのようになるなか.

耕介  $f(x)$

\begin{displaymath}
f(x)=a(x-\alpha)(x-\beta)
\end{displaymath}

と因数分解されます.だから

\begin{eqnarray*}
(rx+s)^2f\left(\dfrac{px+q}{rx+s}\right)&=&
a(rx+s)^2\left(\df...
...q}{-r\alpha+p}\right)
\left(x-\dfrac{s\beta-q}{-r\beta+p}\right)
\end{eqnarray*}

より

\begin{displaymath}
a'=a(-r\alpha+p)(-r\beta+p)
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
a'x^2+b'x+c=0
\end{displaymath}

の2根を $\alpha',\ \beta'$とすると,

\begin{displaymath}
\alpha',\ \beta'
=\dfrac{s\alpha-q}{-r\alpha+p},\ \dfrac{s\beta-q}{-r\beta+p}
\end{displaymath}

です.

南海  判別式を根で表し不変性を確認してほしい.

耕介  $f(x)=ax^2+bx+c$の解と係数の関係から $b=-a(\alpha+\beta)$ $c=a\alpha\beta$なので, 判別式は

\begin{eqnarray*}
D&=&b^2-4ac=\{-a(\alpha+\beta)\}^2-4a^2\alpha\beta\\
&=&a^2(\beta-\alpha)^2
\end{eqnarray*}

となる.同様に

\begin{displaymath}
D'={a'}^2(\beta'-\alpha')^2
\end{displaymath}

となる. よって

\begin{eqnarray*}
D'&=&{a'}^2(\beta'-\alpha')^2\\
&=&\{a(-r\alpha+p)(-r\beta+p)...
...-(s\beta-q)(-r\alpha+p)\}^2\\
&=&a^2(ps-qr)^2(\beta-\alpha)^2=D
\end{eqnarray*}

となる.□

根の変換の方から示すとこのようになりました.

南海  その通りで,この方法はそのまま一般化できる. 判別式というものの定義も,係数からするのではなく, 根からおこなう.

その前に,2007年の入試問題をひとつ紹介しよう. この問題では方程式を $ax^2+bx+c=0$の代わりに $ax^2+2bx+c=0$と置いている. われわれも後半ではこのように置く. この2は ${}_2\mathrm{C}_1$なのだが, 係数をこのようにする方がより複雑なときは計算がきれいになる. $2b$をひとかたまりにして係数の変換を考えると, これまでの考察との関連を読み取ることができる.

演習 1 (07一橋)   解答1
数列 $\{a_n\},\ \{b_n\},\ \{c_n\}$

\begin{displaymath}
\begin{array}{ll}
a_1=2,\ &a_{n+1}=4a_n\\
b_1=3,\ &b_{n+...
...n+2a_n\\
c_1=4,\ &c_{n+1}=\dfrac{c_n}{4}+a_n+b_n
\end{array}\end{displaymath}

と順に定める.放物線 $y=a_n x^2+2b_nx+c_n$$H_n$とする.
  1. $H_n$$x$軸と2点で交わることを示せ.
  2. $H_n$$x$軸の交点を$\mathrm{P}_n$$\mathrm{Q}_n$とする. $\displaystyle \sum_{k=1}^n\mathrm{P}_k\mathrm{Q}_k$を求めよ.

南海  さて一般的に考えるために,多項式の判別式の定義からはじめよう.

\begin{displaymath}
f(x)=a_0x^n+a_1x^{n-1}+a_2x^{n-2}+\cdots+a_{n-1}x+a_n
\end{displaymath}

とする.

耕介  係数はどのようなところからとるのですか.

南海  一つの体を固定すればよいのだが, とくに断らなければ複素数体としよう. または,係数は文字のままであるとしてもよい.

定義 1 (判別式)
代数学の基本定理によって$n$次方程式$f(x)=0$$n$個の根をもつ.それを

\begin{displaymath}
\alpha_1,\ \alpha_2,\ \cdots,\ \alpha_n
\end{displaymath}

とする.$f(x)$

\begin{displaymath}
f(x)=a_0(x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_n)
\end{displaymath}

と因数分解される. この$n$個の根と最高次の係数$a_0$を用いて判別式を定義する. つまり,

\begin{displaymath}
D=a_0^{2(n-1)}\prod_{1\le i<j \le n}(\alpha_i-\alpha_j)^2
\end{displaymath}

を方程式$f(x)=0$,または多項式$f(x)$判別式という.

耕介  判別式は,根をどのように入れ替えても変わりません.

南海  そう.あとで詳しく見るが,根の対称式であり, ちょうど$a_0^{2(n-1)}$を乗じていることによって, もとの整式の係数から作られた整式になる. また,方程式$f(x)=0$が重根をもつための必要十分条件が $D=0$であることは,判別式の定義から明らかである.

例として,$f(x)=x^3+px+q$の判別式を求めて見てほしい.

耕介  これは『数学対話』「三次方程式」にあります.

例 1.1  
3次方程式 $x^3+px+q=0$ の三つの解を $\alpha,,\ \beta,\ \gamma$ とする. $a_0=1$なので

\begin{displaymath}
D=(\alpha-\beta)^2(\beta-\gamma)^2(\gamma-\alpha)^2
\end{displaymath}

である. 根と係数の関係から

\begin{displaymath}
\alpha+\beta+\gamma=0,\quad
\alpha\beta+\beta\gamma+\gamma\alpha=p,\quad \alpha\beta\gamma=-q
\end{displaymath}

よって

\begin{eqnarray*}
(\alpha-\beta)(\beta-\gamma)
&=&-\{\beta^2-\beta(\alpha+\gamma...
...-(3\gamma^2+p)\\
(\alpha-\beta)(\gamma-\alpha)&=&-(3\alpha^2+p)
\end{eqnarray*}

\begin{eqnarray*}
∴\quad
D&=&-(3\alpha^2+p)(3\beta^2+p)(3\gamma^2+p)\\
&=&-\{p...
...=&-\{p^3+3\cdot(-2p)p^2+9\cdot(p^2)p+27q^2\}\\
&=&-(4p^3+27q^2)
\end{eqnarray*}

この式は見たことがあります. $f(x)=x^3+px+q$のとき,$f'(x)=3x^2+p$です. $f(x)$が極値をもつ場合,つまり$p<0$のとき. 極値は

\begin{eqnarray*}
f\left(\sqrt{-\dfrac{p}{3}} \right)&=&
-\dfrac{p}{3}\sqrt{-\df...
...t{-\dfrac{p}{3}} \right)
&=&-\dfrac{2p}{3}\sqrt{-\dfrac{p}{3}}+q
\end{eqnarray*}

です.ですから,極値の積を作ると

\begin{displaymath}
q^2-\left(\dfrac{2p}{3}\sqrt{-\dfrac{p}{3}}\right)^2
=\dfrac{27q^2+4p^3}{27}=-\dfrac{D}{27}
\end{displaymath}

となります. ここに判別式が現れるのですね. 極値が0になることと重根をもつことが同値です. この式はこの同値性を表しています.

これは2次式で $f(x)=ax^2+bx+c$をとると, $f'(x)=2ax+b$ $x=-\dfrac{b}{2a}$で極. 極値は

\begin{displaymath}
f\left(-\dfrac{b}{2a}\right)=-\dfrac{D}{4a}
\end{displaymath}

となることに対応しています.

南海  そう. さて,判別式は,$n$個の根の番号をどのようにつけ替えても,変わらない. つまり$n$個の根の対称式である. 次節で基本定理の系1で示すように次のことが成り立つ.

$D$$f(x)$の係数 $a_0,\ a_1,\ \cdots,\ a_n$$2(n-1)$次の整式である.
このことはここでは認め,判別式の不変性を先に確認しよう.

$ps-qr=1$であるような2次行列 $\sigma=
\left(
\begin{array}{cc}
p&q\\
r&s
\end{array}\right)$ をとり, $f(x)$に対して,

\begin{displaymath}
\bar{f}(x)=(rx+s)^nf\left(\dfrac{px+q}{rx+s} \right)
\end{displaymath} (2)

とおこう. 後で定める記号からいくと $f^{\sigma^{-1}}(x)$となる.

\begin{displaymath}
\bar{f}(x)
={a_0}'x^n+{a_1}'x^{n-1}+{a_2}'x^{n-2}+\cdots+{a_{n-1}}'x+{a_n}'
\end{displaymath}

とおく.

\begin{eqnarray*}
&&\bar{f}(x)
={a_0}'x^n+{a_1}'x^{n-1}+{a_2}'x^{n-2}+\cdots+{a_...
...(px+q)^{n-1}(rx+s)
+\cdots+a_{n-1}(px+q)(rx+s)^{n-1}+a_n(rx+s)^n
\end{eqnarray*}

であるから,各係数 ${a_0}',\ {a_1}',\ \cdots,\ {a_n}'$はもとの係数 ${a_0},\ {a_1},\ \cdots,\ {a_n}$の1次式であり,
\begin{displaymath}
\left(
\begin{array}{c}
{a_0}'\\ {a_1}'\\ \cdots\\ {a_n}'
...
...{array}{c}
{a_0}\\ {a_1}\\ \cdots\\ {a_n}
\end{array}\right)
\end{displaymath} (3)

となる$n+1$次の行列$A$が定まる.

耕介  2次方程式の場合では,関係式(1)が成り立つので,

\begin{displaymath}
A=
\left(
\begin{array}{ccc}
p^2&pr&r^2\\
2pq&ps+qr&2rs\\
q^2&qs&s^2
\end{array}\right)
\end{displaymath} (4)

です. 2次の場合から考えると, 不変式というのは, 係数 ${a_0},\ {a_1},\ \cdots,\ {a_n}$の整式であって, それらを ${a_0}',\ {a_1}',\ \cdots,\ {a_n}'$に置きかえても 不変なものをいうのですね.

南海  その通りである. 正確には,根の変換から定まる変換での不変式なので, 方程式の不変式といおう.

定理 1
$f(x)$の判別式は ${a_0},\ {a_1},\ \cdots,\ {a_n}$の整式であるが, この式を, ${a_0}',\ {a_1}',\ \cdots,\ {a_n}'$に置きかえ, そこに,変換(3)で定まる ${a_0},\ {a_1},\ \cdots,\ {a_n}$ を代入しても,不変である. つまり,判別式$D$は変換(3)で不変である.

南海  2次の場合と同じであるから,証明をやってみてほしい.

耕介  はい.

証明

簡単のため$a=a_0$とする.

\begin{displaymath}
f(x)=a(x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_n)
=a\prod_{k=1}^n(x-\alpha_k)
\end{displaymath}

となるので,

\begin{eqnarray*}
(rx+s)^nf\left(\dfrac{px+q}{rx+s} \right)
&=&a(rx+s)^n\prod_{k...
...p)
\prod_{k=1}^n\left(x-\dfrac{s\alpha_k-q}{-r\alpha_k+p}\right)
\end{eqnarray*}

したがって $\displaystyle {a_0}'=a\prod_{k=1}^n(-r\alpha_k+p)$であり, $\bar{f}(x)=0$の根が $\dfrac{s\alpha_k-q}{-r\alpha_k+p}\ (k=1,\ 2,\ \cdots,\ n)$ となる.だからその判別式を$D'$とすると,定義によって

\begin{eqnarray*}
D'&=&\left\{a\prod_{k=1}^n(-r\alpha_k+p)\right\}^{2(n-1)}
\pro...
...a^{2(n-1)}\prod_{1\le i<j \le n}(ps-qr)^2(\alpha_i-\alpha_j)^2=D
\end{eqnarray*}

となります. 確かに,判別式は不変である. この結果,係数の変換,つまり(4)で定まる $A$による係数の変換(3)の方から考えてもやはり不変である. □


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