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実数の構成

構成することの意義

実数は,公理的に構成される.このように構成し,そうすることで直線を連続性の下に近似し,物理現象を数学的に記述する基礎とする.このような課科学的認識の基礎にある構成された数学的対象の存在の重要性,これは $\epsilon-\delta$論法が教えられないこと以上に,まったく教えられることはない.ほんらいつぎのことが伝えられなければならない.

実数への要請

実数,これが解析学が展開されるもっとも基礎の部分をなす.実数に求められる性質は,全順序体であるということに加えて,以下の内容が加わる.今はまだこのような性質をもつ数学的対象としての実数が存在するかどうかはわからない.それを踏まえたうえで,以下,実数を$\mathbb{R}$で表す.

連続性

実数はまず順序体でなければならない.しかし順序体ということでいえば,有理数の集合$\mathbb{Q}$もまた順序体である.同じ順序体で有理数と実数を分けるのは連続性である.

連続とはいうまでもなく「つながっている」ということである.この世界が連続であるかどうか,それはわからない.物質に最小の単位があるのであれば,それが素粒子であれ,より小さいものであれ,その単位以上には分解できないのだから,棒を二つに切るのに任意のところできるというわけにはいかないことになる.切断に関して棒が連続であるとはいえない.

移動という観点から見れば,あそこからここまで不連続に移動したとは考えられないように思われる.途中を飛ばして移動できるとは思われないからだ.しかしこれも連続な座標系が,連続な時間とともに固定されていることを前提にするからいえるのである.もし時間が不連続なら,移動が連続であることに意味はない.

このように連続という概念は,考えれば考えるほど難しい.連続について深く考えようとする人は『無限と連続』(遠山啓,岩波新書)のような書をぜひとも読んでみてほしい.

数学では現実世界の連続性に関する思弁的な議論はしない.数学の対象としての連続なものを準備し,それを用いてこの世界を近似してつかむということだ.準備された連続なものを用いて現実を近似するのである.普通は$\sqrt{2}$を有理数$1.4142$で近似するという.実は実数を準備しそれを用いてこの世界を連続な世界として近似するのだ.近似する側の実数は,そのために何が要請されるのか.

上限,下限

順序体$\mathbb{R}$の空でない部分集合$A$がある.$A$の任意の要素$a$に対して

\begin{displaymath}
a\le r
\end{displaymath}

となる実数$r$$A$上界という.

ここでさらに,上界が存在することを上に有界という. 上界に最小値が存在すれば,それを$A$上限といい$\sup A$と表す.

同様に, 下界が存在することを下に有界という. 下界に最大値が存在すれば,それを$A$下限といい$\inf A$と表す.

連続の公理

次の公理を連続の公理という.

\begin{displaymath}
順序体の空でない部分集合Aが上に有界であるなら,Aの上限\sup Aが存在する.
\end{displaymath}

連続の公理を満たす順序体を実数体と言い$\mathbb{R}$と記す.その要素を実数という.

このような公理を満たす集合が構成される.それには2つの方法が知られている.

カントールの方法

カントールは,以上の準備の下,基本数列を定義し,そのある同値類の集合として実数を定義した.
     数列$\{a_n\}$が性質

\begin{displaymath}
任意の正の実数\ \epsilon\ に対し,\ N<m,\ n\ な...
... \right\vert<\epsilon\quad
となる\ N\ が存在する.
\end{displaymath}

をもつとき,これを基本数列またはコーシー数列という.

集合$R$を有理数からなる基本数列$\{a_n\}$の集合とする. $R$に属する二つの基本数列 $\{a_n\},\ \{b_n\}$において

\begin{displaymath}
\lim_{n \to \infty}\left\vert a_n-b_n\right\vert=0
\end{displaymath}

が成り立つとき,二つの基本数列 $\{a_n\},\ \{b_n\}$には関係〜が成り立つとする. 関係〜は同値関係である.

$R_C=R/〜$を実数とする.

デデキントの方法

有理数$\mathbb{Q}$が二つの集合$A$$B$の和集合で,$A$の任意の要素$a$$B$の任意の要素$b$の間につねに$a<b$が成り立っているとき,これを$(A\vert B)$と書いて「切断」と呼ぶ.$A$$(A\vert B)$の下組,$B$を上組という.

$A$から$B$か,$B$から$A$かへ1つの要素を動かしてそれを$A',\ B'$とするとき$(A'\vert B')$も切断になるなら,同値,すなわち

\begin{displaymath}
(A\vert B)〜(A'\vert B')
\end{displaymath}

とする. 切断の集合の同値関係$〜$による商集合 $R_D=\{\ (A\vert B)\ \}/〜$を実数とする.

二論は同等

二つの実数の構成法はずいぶん異なっている.

カントールによって基本数列を用いる構成では,数の大小関係(順序)を一切使わず,二つの数の間の距離のみを用いている.つまり距離による完備化である.逆に順序は改めて定義しなければならなかった.そのうえで埋め込まれた有理数体の大小関係を用いてアルキメデスの原則が成り立つことを示し,それを用いて上限の存在を示した.

これに対して,デデキントの切断は,二つの有理数の間の距離(長さ)のような概念を一切使わず,ただ数の大小関係(順序)しか使わない.順序を用いた有理数の完備化である.したがってただちに上限の存在は示せた.つまりアルキメデスの原則は定義からの帰結である.

二つの定義は同値である.それはいくつかの準備の後に示される.定義の同値性は,実に心揺さぶられることではないか.

どのような公理を立てるのかがなぜそんなに問題になるのか.それは公理相互の関係を解明し,可能なかぎり一般的で前提の少ない公理系をうち立て,公理相互の関係を研究すること自体が,実数というものの本質を研究することである.

数学的現象は事実として存在する.それを公理系で捉えようとする.公理は絶対的真理ではなく,数学的な対数学的な対象を捉えるための方法であり,公理相互の関係の中にその対象の本質的が顕れている.





Aozora 2018-08-09