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量からはじめる

太郎  負の数と負の数をかけるとなぜ正の数になるのか. これをどのように示すのか,改めて考えるとなかなかうまく示せません.

南海  それはときどき寄せられる質問だ. かつても青空学園の掲示板に,なぜ $(-1)\times(-1)=1$となるのか, これをどのように説明すればよいのかという質問があった. 同じようになぜと改まって聞かれると答えに窮する問いがある. どうして分数の商は

\begin{displaymath}
\dfrac{b}{a}\div \dfrac{d}{c}=\dfrac{b\times c}{a\times d}
\end{displaymath}

のように割る方の分子分母を逆にしてかけるのか,という問いだ.

私が教員をはじめた頃,クラスのなかに分数計算ができない生徒が何人かいた. そこで分数の計算の手続きの再確認をやろうとすると, 今度は,それはできるという生徒が面白くない.早く先に進んでくれという. 若かった私は大いに悩んだものだった. そこであるとき, 分数はできるというがなぜ分数の乗法は分子と分母をそれぞれかけ, 除法は割る側の分数の分子と分母を逆にして同様の操作をすればよいのか. それはなぜだか理由が説明できるか? こちらから質問した. 答えられるものがいなかった. そこでもういちど,数の乗法や除法を,基本に立ちかえって授業した. 今度は誰にとっても初めてのことなので,みなよく聞き考えた. ここから私の授業が進んでいったのだった.

これは貴重な経験だった. どんなクラスにも,わからない生徒とすでに理解している生徒がいる. そのとき,やり方がわかっている生徒にその方法の根拠を問う. 多くの場合,わかっているかいないかの違いは, やり方を知っているかいないかの違いに過ぎず, 方法の根拠まで理解していることは少ない. そこで一歩原則に立ちかえり,方法の根拠から一緒に考える. これは,受験生に数学を教える今も,私の基本的な授業方法である.

考えてみれば,青空学園でいろいろ作ってきたのも, 生徒に根拠を問う準備として, まず自分ではっきりさせておこうということが動機の一つになっている.

私自身についていえば, このときの授業の背景となる数学そのものを深めることは, そのときのままになっていてあまり進んでいない. 授業を思い起こし,そのうえでもう少しこの問題を深めたい.

太郎  『私の考え,私の願い』や『ウエブ上に草の根数学の広場を!』に書かれていますが,そういうことですか. 数学を教えるという仕事に興味がわきます.

南海  最初の2つの問題を考える一つの糸口は, 数が生まれた現場である量に立ちかえり,量から考えることだ.

太郎  量ですか.数学の授業では,余り量は聞きません. 「図形と計量」「量の微分積分」に量という言葉が出てくるくらいです.

南海  量を考えるというのは現実の世界にかかわることであって, 実はそこが数学が生まれてきた土台だ.

太郎  現実の世界を対象にするのは自然科学などではありませんか.

南海  いま言ったのはもっと一般的なことだ. 日月を数えたり,獲物の数を数えるのは,やはり現実の世界のことではないか. もちろん,現代では物理学と数学は分化してしまっているので, それは自然科学ではないかという疑問は当然なのだが.

近代物理学と数学でいえば,物理学の対象はすべて量の世界だ. ある意味では,物理というのは<量としてつかまれた世界>の科学だ. もちろん<量としていかにつかむか>自体が物理学であり, そこに物理学の発展もあった. 数学はまずはこの量の科学を数の言葉で書きしるすところからはじまった. 現実の世界に存在するもののある側面を,長さや重さといった量としてつかみ, それを数値化し,こうして量と数は発展してきた.

一方,数学は物理の言葉だけのことであるのか, そうではない.数学は独自の数学的世界をもち,その世界もまた大きく広がった. それもまた数学的な現実世界だ. それがおもしろいところだ. 人間がいかに抽象的に現実とは切り離されてところで考えても, そこに真実かあれがいずれは現実とつながる. 人間の脳自体がこの世界の物理法則の下にあるのだから, 当然といえば当然なのだが.

今日では量と数の分化が進み, 高校教科書等にもその影響があって,量はほとんど登場しない. しかし,計算の基本などを考えるときには, 量に立ちかえることでその仕組みを考えるヒントが得られる.

量の分類

この量だが,日本の「計量法」という法律には次のような量が載っている. 計量単位の統一は社会が組織されるための一つの基本事項である.
(目的)第1条 この法律は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もって経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とする。

(定義等)第2条 この法律において「計量」とは、次に掲げるもの(以下「物象の状態の量」という。)を計ることをいい、「計量単位」とは、計量の基準となるものをいう。

1.長さ、質量、時間、電流、温度、物質量、光度、角度、立体角、面積、体積、角速度、角加速度、速さ、加速度、周波数、回転速度、波数、密度、力、力のモーメント、圧力、応力、粘度、動粘度、仕事、工率、質量流量、流量、熱量、熱伝導率、比熱容量、エントロピー、電気量、電界の強さ、電圧、起電力、静電容量、磁界の強さ、起磁力、磁束密度、磁束、インダクタンス、電気抵抗、電気のコンダクタンス、インピーダンス、電力、無効電力、皮相電力、電力量、無効電力量、皮相電力量、電磁波の減衰量、電磁波の電力密度、放射強度、光束、輝度、照度、音響パワー、音圧レベル、振動加速度レベル、濃度、中性子放出率、放射能、吸収線量、吸収線量率、カーマ、カーマ率、照射線量、照射線量率、線量当量又は線量当量率

2.繊度、比重その他の政令で定めるもの

太郎  ずいぶんとあるのですね.

南海  そこで,ここに載っている量に2つの種類があることに気づくだろうか.

太郎  長さや質量は実数ですが,速さはベクトルです.1次元の量か2次元の量,ですか?

南海  いや,ここでいう速さは速度ベクトルの大きさの方を表している. 空間の次元でいえば,基本的には1次元の量であるとしてよい. これらの量の単位はどのようになっているか.

太郎  長さや面積の単位は m , g 等です. それに対して速さは$\mathrm{m}/秒$ ,密度は $\mathrm{g}/\mathrm{m}^3$等です. 単位が分数の形をしていないものと,しているものがあります. 単位が分数形の場合についてみると, 例えば「速さ」は1時間あたりの移動量であり, 密度は 1$\mathrm{m}^3$ あたり何g かを意味しています.

物理で物理量の性質を表すものとして,次元を習いました. 例えば長さの次元を L,質量の次元を M ,時間の次元を T とすると, 速度の次元は $\mathrm{L}/\mathrm{T}$であり, 密度の次元は $\mathrm{M}/\mathrm{L}^3$です. このように同じ量でも次元で見ると, 分数形になっているものとそうでないものがあります.

南海  そう,速さや密度などの量は2つの量の商から定まる. これらの量を1あたり量,または内包量といおう. 長さや面積といった量と1あたり量との,量としての内在的な違いの一つは, 加法性があるかないかということである. 加法性というのは,2つのものを重なりなく合併したとき, 対応する数値も和になる,という性質である,

太郎  確かに1mの棒と2mの棒を重なりなくつなぐと3mになります.

南海  加法性をもつ量を外延量といおう.

太郎  それに対して,2%の濃度の食塩水と5%の濃度の食塩水を加えると,2%と5%の間の数値になり和にはなりません.

南海  それが内包量だ. このように量は現実の第一段階の抽象であり, 量は抽象的な数学と現実を結びつけるものだ. だから, 量から考えることは数学が現実から離れてしまわないために必要なことだ. そこで, 少し昔の授業をふり返ったうえで,量と数について考えてみよう.

 


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